回りくどい帰結

来条恵夢

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趣味

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「海外の方が良かったんじゃないのか」

 並べた布団のうちの奥にアキラを追いやって、雪季セツキはぽつりと言葉を落とした。
 海外の知人も多い英が、その選択肢を見落としていたとは思えない。日本の知人や犯罪組織と切り離すなら、海を渡るのが手っ取り早い。

「うーん、ちょっと試してみたいことがあって」
「…何を目論もくろんでる」
「大したことじゃないさ」

 ろくなことではない気がして、雪季は早々に布団にくるまった英をじろりと見降ろした。雪季はまだ、落ち着かないこともあって掛布団の上に座り込んでいた。部屋の電気も消していない。
 英はちらりと雪季に目をやって、壁に顔を向けた。

葉月ハヅキとか山本が、たまに言うから。漫画に救われたって。所詮しょせん、人の頭の中で考え出されただけのものだろ? ほんとかな、って思って。即効性があるのか知らないけど、本当ならちょっと面白いかと」
「それは…三津弥ミツヤ君が、葉月さんの部屋の漫画を読んで人生を前向きに考えるようになるかとかそういうことか?」
「山本みたいにドはまりしてそういうので頭一杯になるなら、色々解決するかな、と。時間かかるとしても、色々触れるなら国内のがいいだろ」
「そう都合よくいくか…?」
「さあ?」

 あんまりフィクションになじみのない人ほどフィクションの影響力を過大評価するんだよね、というのはいつか聞いた結愛ユアの嘆息だ。
 作り物と現実を混同するのも、普段あんまり「お話」を楽しまない人なんだよねえ、とも。

 結愛のことを、ほんの数時間前のことを思い出して、雪季は深々とため息をついた。

「…寝るか」
「うん。おやすみー雪季」

 背を向けたままの英はそう言って、頭から布団をかぶった。息苦しくないのかと思うが、放っておく。
 船室ではごく普通に布団に入っていた気がするから、この修学旅行の雑魚寝ざこねのような状態はさすがに近いと英も思っているのかもしれない。
 それならいっそ、部屋に戻ってくれないものかと雪季は思うのだが。
 とりあえず、豆電球を残して電気を消し、雪季はドアの方を向いて布団に収まった。目をつぶると、待ち構えていたように結愛の声が耳によみがえる。

『私と、結婚しない?』
『…正気か?』
『そこ?! 本気かとか冗談とかじゃなくってそっち!? だから私酔っぱらってないし寝不足でもないって言ったのに、先に!』

 結愛は不満げに口をとがらせ、しかし、真摯しんしな眼を雪季かららすことはなかった。

『本当は、ずっと不安だったんだよ。ユキちゃんは、連絡すればすぐに返事くれるけど、うちにだって来てくれるけど、どこに住んでるのかも、今の仕事が何かも教えてくれないから。仕事、バイト先とかに私が行ったりできないように、何をやってるかは言ってもお店の名前とかは絶対に言ってくれなかったよね。辞めた後で言うことはあっても、ユキちゃんが働いてるときはなかった』
『そうだったか?』
『そうだよ。今回は、河東カトウ君が来てなし崩しで判ったけど、今までは絶対教えてくれなかった。もしユキちゃんがどこかでひっそり死んでても、私はずっと、連絡ないなあ何か怒らせちゃったかなって待つしかないんだって気付いて、それがどれだけ怖かったかわかる?』
『…勝手に殺すなよ』
『極端なこと言ってるのは分かってる。でも、そうでしょ? ユキちゃんが病気になっても、怪我しても、死んじゃっても、だれも私には教えてくれない。ユキちゃん自身が言ってくれなきゃ、私には伝わらない。まだ、ユキちゃんが結婚してたらそれでもいいんだよ? ちゃんと家族がいて、私はただの友達の一人でそんなことに口出ししても鬱陶しがられるだけなら、それでも。どれだけ嫌がられても、私はユキちゃんの家族を通してどうなってるのかがいつかはわかるし、ユキちゃんが一人きりじゃないって信じられる』

 結愛は雪季を責めているはずなのに、言葉にも目にも、怒りではなくかなしみがこもっているように感じられた。
 実際、今にも泣き出しそうに目も声もうるんでいた。

『…私は、ユキちゃんのお姉ちゃんになりたかった。そうしたら、さんざん甘やかしてあげるのに。家族なんだから縁を切ろうとしたって無駄だよって、お姉さんぶって言えるのに』

 母親をけたのは、父親に無理心中させられたということになっていることを知っているからだろうか。
 結愛の言葉を受け止めきれず、ぼんやりと聞きながら、雪季はそう思った。
 それとも単に、同い年だからそこまで離れているところに仮定を置きたくなかったのか。

 カップを握る結愛の手には力がこもっていて、指をいためないかと心配になった。

『気休めだってわかるけど、それでも、法的にユキちゃんと家族になれば、今よりはできることも増えるのかなって、本気で本当に考えてるんだから。その…ちゃんと夫婦になりたいっていうなら…それはそれで頑張るし…』

 つい吹き出しかけて、なんとかこらえた。

『今すぐじゃなくてもいいし、ちゃんと他に好きな人ができて家族ができるならそれでもいい。ユキちゃんが私のことをそういう風に見てないのは分かってるし。だけど…例えば、五十歳までお互いにまだ独身だったらとか、どうかな? さっきも言ったけど、私には愛情の種類がよくわからないから。少なくとも今、一番好きな人はユキちゃんなんだよ。ユキちゃんの、恋人にはなれないかも知れないけど家族になれたらと思う』

 あらためて。とてつもなく熱烈な告白をされた気がする。
 実際、結愛も恥ずかしかったのか、言ってすぐに、顔を隠すようにマグカップをあおっていた。しかし少し置くと、すっきりとした笑顔を見せた。

『今まで何回も言おうと思ったんだけど、言っちゃったら、もうユキちゃん、私と会ってくれないかと思って踏み切れなかったんだ。でも、河東君のところに就職して、ユキちゃんちょっと変わったね』
『…そうか?』
『うん。はっきりと何がどうとは言えないけど。この間二人でいた時も、何て言うか…自然な感じだった。前に、ユキちゃんがアシさんと被っちゃったとき、他人行儀っていうか…初対面だから当たり前かもだけど、なんだかピリピリした感じあったけど、河東君とはそんなことなかったね。ちゃんと友達なんだなって思ったよ。…仕事途中で尾行して来たのはどうかと思ったけど』
『言っとくが、あれで一番ひいたのは俺だからな』

 あはは、と笑って、結愛はようやくクッキーに手をのばしていた。そのまま気付けばいつものように雑談に流れていったが、帰り際にはしっかりと釘を刺された。

『ユキちゃん、繰り返すけど、私本気だからね。ユキちゃんの家族になりたい。もしくは、ちゃんと家族を作って。…でも、だからって私のこと避けて行方くらましたりしたら、全力を挙げてユキちゃん探すからね?』
『何をするつもりだ…?』
『とりあえず、SNSと連載誌のコメントやコミックのフリートーク欄で呼びかける。インタビューとかテレビ出演の話があったらがんがん受けて呼びかけも伝えてもらう。明らかにユキちゃんがモデルってわかるキャラクターで漫画描く。モデルいるってばらした上で。これだけやったら誰かユキちゃんを見つけてくれるかも。とにかく、ありとあらゆる方法を使ってユキちゃんを探す』
『…漫画家生命立たれても知らないぞ…』
『覚悟の上です。だから、ユキちゃんこそ覚悟してね』

 とびきりの笑顔を向けられて、雪季は結愛の家を後にした。その後で、三浦や三津弥のごたごたに巻き込まれ。この数時間で、もう腹いっぱいだ。
 それでも、考えずにはいられない。
 やはり結愛は、よく見ている。本人がどこまで自覚しているのかはわからないが、雪季よりもずっと、人を見ている。
 ただ、それで雪季を怖がって遠ざけようとしないことが不思議なのだが。それどころか、どうしてあれほどの好意を与えてくれるのだろうか。

 きっと、結愛がいなければ。
 雪季はもっと、楽に生きられただろうし、簡単に死ねただろうのに。
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