回りくどい帰結

来条恵夢

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結婚

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 雪季セッキは、自分が何をやっているのかよくわからなくなってきていた。
 ちゃんと謝るのは事務所に戻ってからとして、もしも何か入り用の物があればと会社に電話したところ、笹倉ササクラからげられたのは、アキラから預かった伝言だと断った上での、料理の準備の要請だった。ちなみにその時、英は来客のの対応の最中だった。
 仕事放棄を悪いと思うなら、今日は社員みんなで酒盛りをするから家で支度をよろしく、と。
 悪いと思うが、その償い方は既に会社員をずれている気がしてならない。これがまだ雪季が料理人だというならわからないでもないが、ただ日常的に料理をするというだけでしかない。

「お邪魔しまーす、いい匂いー!」
「お腹すいたー」

 口々にあいさつやひとごとめいたものを言いながら入って来るのは、総勢六名。男女三人ずつ。数えるともなしにその数を数えて、雪季は首をかしげた。

「社長は?」
「遅れるから先始めとけって。お酒とデザートは買って来たけど、本当に料理…何これどこで調達して来たやつ?」

 重そうに紙袋を下ろした中原ナカハラが、面白いようにぽかんと口を開けた。わかりやすくてありがたい。英のように分かりにくいのと始終顔を突き合わせていると、ほっとする。
 大皿に適当に盛っているのは、それほど手の込んだものではない。
 取り分けて食べやすい方がいいかと、海老のすり身をパンに挟んで揚げたタイプの海老トーストや、温野菜のゼリー寄せ、玉葱と人参のマリネをハムで包んだもの、ビスケットとトーストしたパンの耳と数種のディップ、おでん、いなり寿司、などなど。
 買い物の時間を入れても昼過ぎからでそれなりに余裕があったものだから、品数だけは増えてしまった。

「うわー、雪季君、また大量に作ったねー」
「え、作っ?! これ全部雪季くんが作ったの?!」
「嫁に来てほしいんだけど、断られちゃった」

 笹倉のからかう口調の言葉を聞き流して、どこか所在なげな四十万シジマからデザートの箱を受け取る。種類豊富なケーキなので、そのまま冷蔵庫に移動した。

「雪季君、俺は適当に切り上げて帰るけど、他は泊まるって言ってるんだが…大丈夫か?」

 三浦ミウラが、いくらか申し訳なさそうな表情をしている。
 会社で一番の年長者だが、そこに責任を感じる必要はないのではないか。して今回は、雪季の失態のせいなのでこちらの方が申し訳なくなる。

「先に聞いてたから布団と寝間着は用意してますよ。真幸マサキさんと四十万さんは同じ部屋でいいんですよね?」
「部屋に引き上げられるかが怪しいと思うが」
「…風邪を引くかどうかは、さすがに自己責任で」

 苦笑を浮かべた三浦に、雪季も似たような表情を返す。
 カウンター向こうを三浦の肩越しに見遣ると、笹倉と葉月ハヅキはさっさとソファーに席を確保し、山本もやや強引に座らせている。中原はまだ立ち尽くしていて、黒縁眼鏡の四十万が少し距離を置いて所在なげにたたずんでいた。

「帰るときは声をかけてください、車出します。車は…」
「大丈夫、四十万に駅まで送ってもらうよ。あいつ飲まないから」

 社用車がここにあるとなると英はどうやって帰って来るのかと思ったが、どうとでもするだろう。タクシーの深夜料金でも、さしてふところが痛むでもないはずだ。
 それよりも、どうしたものかと言葉を探しあぐねる。このままでは、なし崩しに飲み会だか食事会だかが始まってしまいそうだ。全員に届くように、声を張る。

「…今日は、すみませんでした。仕事の途中で抜け出してしまって」

 ご迷惑をおかけして、という言葉は呑み込んでしまった。実際問題、雪季がいなかったところで多少雑用がとどこおったとしても、さして問題もなかっただろう。
 下げた頭を戻すと、戸惑うような視線に迎えられた。それに雪季も困惑していると、笹倉と三浦が譲り合うように目でやりとりして、三浦が口を開いた。

「何があったのかは、訊いても?」
「…友人に、少し問題があって…すみません」
「解決したのか?」
「はい。本当に、すみませんでした」

 謝る言葉のレパートリーがないな、と内心で溜息をつきながら、雪季は、空気が少しゆるんだことを感じ取っていた。身内の事故や病気の心配をしてくれていたのかもしれない。その後、呑気に料理を作っていたのだから可能性は低いと考えたとしても。
 だとすれば余計に申し訳なくなるし、それほどに心優しい人たちがよくもあの英のところに集まったものだと思う。

「雪季君、まだ有給ないからね。また給料引かれるけど、それは覚悟しといて」
「丸一日欠勤じゃないんですか?」
「昼過ぎまではきっちり働いてたでしょ」

 何故か笹倉に呆れたように言い返され、雪季はそういうものなのかと曖昧に頷きを落とす。
 葉月や中原あたりから何か言いたげな視線が刺さるのだが、口を開く気配はない。三浦と笹倉も言いたいことがあるとしても完全に呑み込んでいるのだろう。四十万と山本は、あまり話していないこともあってよくわからない。
 とりあえず、と、雪季はそれぞれに飲み物を用意する。そうこうするうちに、料理も適当にそれぞれの胃に消えていく。

「せっくん、食べへんの?」
「作りながらちょくちょくつまんだから。かきたま汁とコーンスープもあるけど、飲む人いますか?」

 実のところ、つまみ食いどころかそれなりにしっかりと食べた。使い勝手を知っている人たちなので冷蔵庫も勝手に開けるだろうと、食べ時の怪しい残り物を処分がてら早めに食事は済ませた。最悪、そのままここでの暮らしも終わるかも知れないと見込んでのことでもある。
 自分の墓穴を掘らせる、ではないが、送別会の料理を本人に作らせるくらいのことはやりそうだ。あのよくわからない興味だか執着だかがこれがきっかけで消え去ることもありそうだ。
 スープカップも汁椀も足りなかったのでマグカップに適当にそそぎ入れ、それぞれに手渡していく。やはり、何か言いたげに見られるのだが特にそれらしいことは口にしない。
 ソファーを女性陣が占領し、中原と四十万が対角に敷いた座布団に腰を下ろし、囲むローテーブルから離れたテーブルとイスに、三浦と、雪季が座っている。
 雪季は単にキッチンの出入りに一番近いからだが、三浦はのんびりと料理をつまみながら酒のグラスを傾けている。一人酒が妙に様になる人だなと、ふと思う。

「遅いな」
「…社長ですか? そう言えば、遅れるって、何か仕事で?」

 李と会う後は特に予定はなかったように思うが、変わったのかもしれない。
 チェイサー用に置いた二リットルのペットボトルから自分のコップに水を移しながら、雪季は今更ながらに、英抜きで社員たちとこんな風に過ごすのは初めてだと気付いた。
 笹倉と葉月はたまに遊びにも来るが、他は遠慮しているのか今までもそれほど来てはいなかったのか、雪季が引っ越してからこの家に泊まることもなかった。会社では、英にくっついているのが雪季の仕事のようなものなので、大体近くに英がいて、雪季が社員個人と向き合うことはあまりない。
 三浦はしばらく視線を泳がせ、息を吐いた。

「さあ。遅れるから始めてろって言っただけだし、雪季君に今日の事あんまり根掘り葉掘り訊くなって」
「あー! 三浦さん、言っちゃってよかったんですかそれ!」
「中原、うるさい。お前ただでさえ地声でかいんだから、押さえろ。あと勝手に人の会話を聞くな」

 らしくもない中途半端な口止めは、むしろ、訊けとあおってのことではないのか。何がしたいのかと雪季は内心で首を傾げるが、考えるだけ無駄かと早々に放棄する。

「この距離なんだから聞こえますよ! で、雪季君、具体的に何があったの今日? 手伝えることあるなら手を貸すよ、相談くらい乗るよ? 六法全書もついてるよ?」
「…いえ、本当に、解決したので…ありがとうございます。迷惑をかけてしまってすみません」

 驚いて、反応がいくらかぎこちなくなる。面倒見のいい人だとは思っていたが、本当に、随分と気がいい。法律家とはいえ、言葉の最後がいまいち謎だが。
 見ると、中原は、わかりやすく口をとがらせた。

「そりゃしょっちゅうだったら困るけど。人数少ないし、何かあった時助け合うのはお互い様だろ」
「そうそう、カラオケで咽喉のどつぶして電話番すらできなくなったのもいたしねー」
「げ。ちょっ、それ俺いつまで言われるの?!」
「ずっとじゃない?」

 そりゃないぜあねさん、と中原は口走ったが、この二人は同い年ではなかっただろうか。仲がいいなと、ぼんやりと眺める。
 ふ、と、三浦が笑ったようだった。雪季がそちらに視線を向けると、同じようにローテーブルの一団を見ていた三浦も気付いて視線を戻した。目が合う。

「このところ、ようやく人が居ついて来たんだよ、これでも」

 このところ、ようやく、という言葉に心の中で頷きながら、雪季は実際には首を傾げて見せた。
 実のところ、英が殺害対象だった時に調べて、人の出入りの多い会社だと思ったのだが、下手に詳しいと知られない方がいいだろう。
 三浦は、傾けたグラスに口をつけてから、静かに語り出す。

「会社設立から残ってるのは葉月ちゃんだけで、俺は多少相談には乗っていたけど、社員というわけではなかったからね。それでも、今では俺が二番目の古株だ。次が笹倉さん、山本さんが二年くらいかな。中原と四十万が一年に足りないくらい。そもそもまだ設立から四年…まともに人を雇えるようになってからで三年くらいか。それにしても定着率が低い。特に秘書なんて、もう何人変わったか」
「そもそも、秘書は必要なんですか? 他の人たちは自分で管理してますし、社長だって自分でできているでしょう?」

 会社組織に必ず秘書がいるわけではないはずだ。その役割を分担してはいるかも知れないが、専任で置くとなればそれなりに余裕のある会社ということになるのではないか。

「起業したばかりの頃はそれでも良かったし、部下が一人や二人ならそれでもいいだろうけどね。ワンマン経営ではあっても、意思疎通は必要だよ。河東カトウはそれが下手だから、仲介役としても秘書は必要だ」
「…三浦さんや笹倉さんがされるという案はなかったんですか?」

 人間関係が不得意な葉月はともかく、会社以前のつながりのあった二人は、それなりに英との付き合い方をわかっているように思える。それなら、二人がサポートすれば十分ではないのか。
 だが三浦は、苦い顔をした。

「短期間ならしのげるが、ずっととなると御免ごめんだな。俺は、河東は喧嘩をしない奴だと思ってるんだ」
「はあ…?」
「笑顔の下で点数表をつけていて、ゼロやマイナスになったらあっさりと切り捨てる。喧嘩というのは、ある程度まではコミュニケーションの手段だろう? 落としどころを見つけるためのセッションと言ってもいい。あいつは、それをする気が全くない。使えるものは使うが、使えるようにしようとはしない、と言ってもいいかな。もちろん、自分が変わるつもりもない」

 小学生の頃に読んだ児童書を思い出した。
 古事記に材を取った和製ファンタジーとでもいうべきそれには人同様に神が存在していた。その中で主人公が、神に対してゆるすことを知らない存在だとの感想をいだいていた。だから、人に対して厳しくおそろしいのだと。怒らせてしまえばそこで終わるのだから。
 どうしてあの本を読んだったのだろうと考えていると、雪季の表情に何を見出したのか、三浦は多少きまり悪げにグラスを揺らした。

「付き合う分には、そう悪いやつじゃない。話題は豊富だし遊び心もある。ただ、付き合うだけの価値がないと思ったら躊躇ちゅうちょなく切られる怖さはある。歴代の彼女やら秘書やらは、大体そこを見誤って捨てられてる。自分は大切に想われている、他の人とは違うはずだ、という勘違いだ」
「例外はない、ということですか」
「だろうね」

 これは釘を刺されているのだろうか、と雪季は考える。それとも忠告なのか。どちらにしても似たようなものだが、だから気をつけろということなのだろうか。そのあたりを見極めて、距離を誤るなと。
 ただの同級生ならありがたい意見だったろうが、雪季もそのあたりはわかっているつもりで、だからこそいつ興味をなくして馘首を言い渡されても不思議はないと思っているので、せいぜいお互い大変ですねとでも言うしかない。
 三浦は、軽く肩をすくめた。

「雪季君も、わかってるんだろう?」
「どうでしょう。わかったところで、どうしようもない気もしますし。クビになったら、さっさと次の仕事を探しますよ」

 三浦は、虚を突かれたような顔になった。しばらく置いて、何故か笑い出す。
 かみ殺すように顔を伏せて肩を揺らす笑い方は、英がたまにやる仕草に似ていた。英には、おそらく当人は無意識のまま人を真似する癖があるので、三浦が本家なのかもしれない。
 話が途切れて、雪季は手持ち無沙汰に水をあおる。酒が飲みたいと思うが、何がどうなるかはわからないので素面しらふでいた方がいいだろう。残念ながら。

「雪季君は、自己評価が低い方?」
「いえ別に」
「…まあこういうのは、自覚は薄いものか」

 言外に、雪季の自己評価が低いと言い放っている。それはそれで失礼なのでは、と思いながら、一体この話はどこに着地するのだろうと首を捻る。

「もしも社長がクビだと言っても、解雇には予告義務があるから、簡単には辞めさせられない。早まらないように」
「…でもそれ、一月だけだし金額積めば問題ないんですよね? あいつならそっちを選ぶんじゃないですか? 怒ってました?」
「それがあまり読めなくて。少なくとも、今までの働きぶりを見ても、俺たちは残ってもらいたいと思ってる」

 その言葉を嬉しくは思うものの、どうしても苦笑いになる。

「残ったところで、社長が俺に価値がないと思えば、結局秘書業は務まらなくなると思いますよ」

 それでは意味がないでしょう、と続けると、三浦は酢を飲んだような顔をした。そうして、ゆっくりと首を振る。

「さすがは、あいつの友人をやっているだけあるな」
「…友人というわけでは」

 そしてその発言は、ひっくり返せば、三浦自身は英と友人付き合いをしているわけではないということになるのではないか。年は離れているが先輩後輩だからと言えばそれまでだが、一体どういう認識になっているのだろう。
 なにとはなしに、話に一段落ついたような空気が流れた。
 そこでタイミングよく玄関が開く音がして、これははかったものだろうかと雪季は思った。
 これだけ打ち明けた三浦がグルだとは思わないが、葉月あたりが通信機を持ち込むなり携帯端末を通話状態のままその辺りに転がすなりしていたのかもしれない。
 ただ、そうだとすれば、いよいよ何がしたいのかがわからない。雪季は、ため息を呑み込んだ。

「社長おかえりー」

 葉月を筆頭に口々に向けられた声に、適当に相槌あいづちのようなものを返しながら、英の視線は雪季をとらえた。温度のない眼だなと、雪季は思う。

「社長。今日はすみませんでした」
「…ちょっと話そうか。上で」
「はい」

 淡々とした声でしかないのに、気付けば静まり返っている。
 雪季は一旦、二階へと向かう英の背を見送って、キッチンの収納棚から水の500ミリペットボトルを取り出して後を追いかけて、気付いて振り返る。

「三浦さん、時間、大丈夫ですか?」
「え。あ。ああ…まだ、もう少しは」

 そこで一度、雪季はリビングを見回した。いつの間にか、空の酒瓶や缶が林立している。料理はまだ食い尽くされてはいないようだが、そのうち誰かが缶詰や乾き物を追加し始めるかもしれない。まだ飲むだろう。
 もう一度キッチンのカウンターの中に戻って、テーブルに置いているのと同じ水のペットボトルを取り出し、葉月のところへと持って行く。

「適当に酒飲んでる人に飲んませておいて」
「了解、おかーさん」
「…その呼び方やめてくれる?」

 吹き出した中原をつい睨みつけて、雪季は、ようやく英を追いかけた。
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