回りくどい帰結

来条恵夢

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誕生日

1

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「ユキちゃん、誕生日おめでとう!」

 扉を開けた途端とたんの満面の笑顔に、しかし雪季セッキは、そっと身を引いて、閉めた。

「えっ、ちょっ、ユキちゃん?! なんで!?」
「…とりあえずちゃんとした服を着て頭をけ。なんで来る時間判ってるのに風呂に入ってるんだ」

 なるべく声を押さえて、ぎりぎり中には聞こえるだろう大きさでげる。
 まだ寒の戻りもあって人によっては真冬と呼ぶだろう時期に、いくら暖房が入っているとはいえ、大して保温性もない室内でTシャツ一枚はいくらなんでも薄着だ。しかも、寝間着にでもしているのかくたびれた一着。
 冷静に扉を締められただけ、褒めてほしい。寒風が頭も冷やしてくれる。

「ちょっと時間配分間違えちゃって、確かにこんな格好は悪いと思ったけど、」
「身だしなみがどうこう言う前に俺もそこそこ健全な男だってことを思い出してもらえるとありがたい」

 ぴたりと、どうにか扉を引き開けようとしていた動きが止まる。いで、軽い足音が逃げるように去って行く。雪季は、大きく息を吐いて扉に額をつけた。
 たったこれだけのやり取りに、ひどく疲れた。一日の仕事を終えた後だが、その疲れの比ではない。
 数分後、おずおずと戸が押され、困ったような恥ずかしがるような結愛ユアの顔がのぞいた。もこもこした素材のパーカーを、首までジッパーを引き上げて着込んでいる。髪も、ドライヤーを使ってとりあえず乾かしたのか、たばねてはいるがふわふわと遊んでいる。

「あの…誕生日おめでとう、ユキちゃん…」
「ありがとう」

 一歩室内に入ると、暖房の温かさにほっとする。石鹸の匂いが漂っているが、そこにはもう無視を決め込む。
 いつものローテーブルに先導しながら、結愛はちらちらと雪季を見て来る。雪季とてきまりは悪いのだが、さてどうしたものか。とりあえず荷物を部屋のすみに下して腰を下ろすと、結愛が意を決したように顔を上げた。

「ユキちゃんてっきりそういう風には私のこと全然見てないと思ってて。えと、あの、だから、えーと…」
「あのな。限度ってものがある。お前だって、俺が上半身裸で立ってたら――」

 そう言ってから、相手が結愛であることに気付く。多分、実際そんなことがあれば、どこからか紙と鉛筆を探し出してすぐさまスケッチを始めるに違いない。別の例を探す。

「裸でベッドにでも寝転んでたらさすがに意識するだろ」
「何で言い変えたのユキちゃん。…いや、いい、うん、わかってるなんでかってわかってる…!」
「なるべく昼に来るようにしてる理由もちゃんとわかっててほしかった」
「うう…実は結構を気を遣われてた…! ちゃんと女の子扱いされてた…!」
「…そう言われるほどしてたかと言われるとどうかとは思うが」

 何故、誕生日に食事に誘われてこんな反省会のようなことになったのだろう。きっと今まで棚上げにし過ぎたむくいだろうとは思うものの、よりにもよって今日でなくても、とも思う。
 先日の、結愛の兄への交際偽装の礼も兼ねて、毎年時期は前後しても祝ってくれる雪季の誕生日の祝いを今年は当日に、と言ってくれたまでは良かったのだが。
 聞けば、今朝方原稿を完成させて昼近くまで泥のように眠り、泊まり込みだったアシスタントを送り出し、お取り寄せの食品をある程度食べられる状態に準備してまた一眠りしてしまい、慌てて風呂に入ったとのこと。

「そこまで無理して今日にすることもなかったのに」
「そう言って、この間のお詫びだってずーっと後回しになってたんだもん。ユキちゃんの誕生日なんだから、少しくらいの無理だってするよ。…そのへんの無理を、見せずにすめば良かったんだけどね…それだけの時間はちゃんとあったはずなのに…」
「…ありがとう」

 結愛が雪季のことを想ってくれていることはちゃんと伝わって、どうにか言葉を押し出すと、結愛はふわりとみを開いた。 

「よし、じゃあちょっと待っててね。すぐ用意するから」
「手伝う」
「本日の主役は座っててください。全部お取り寄せ品だから、ちょっとあっためたりするだけだし」

 そうは言っても、その温め方で味が変わったりもするのだが。雪季としてはそう思うが、任せることにした。気遣いは嬉しい。ただ、不器用ではないはずなのに手際や段取りが悪くてはらはらはしてしまうが。
 二種類のキッシュとシーフードグラタン、近所のパン屋のものだというパンも数種類、ローストチキンにほたてとかにのサラダといった洋風の食事。
 食べに出ても良いのだが、人目を避けたい雪季と出無精の結愛では、さして代わり映えもなく結愛の家で食卓を囲むことになった。
 酒が飲めないのは多少物足りないが、この部屋で酔うわけにもいかない。さっき、結愛に注意したばかりだ。

「今日仕上げたのは、季刊誌のやつか?」
「両方。机にコピーあるよ。読む?」
「後で」

 まだ食べ始めたばかりだ。それもそうだねと、さっそく立ち上がりかけた結愛が大人しく座り直す。グラタンをスプンですくい取り、湯気とチーズのにおいに頬をゆるめる。

「あのね、まだ企画段階なんだけど、新しい連載ができるかもしれないんだ。隔月誌で一年、単行本一冊分。その後は、結果次第でもうちょっと長い連載もできるかもって」
「…そんなに連載持って大丈夫なのか? 今の季刊誌と週刊誌はそのままなんだろ? 本の表紙なんかも描いてるし」
「んー。季刊誌が、ちょっと休刊になっちゃうんだよね。WEB連載に移るかもらしいんだけど、色々と先行き不透明で。そのまま実質廃刊になっちゃうかもだし、WEBに移ったら、今みたいにまとまった頁取っての話ってのは難しいかもしれなくて、もしかするとそのまま切られちゃうかもで」

 今もその雑誌は電子書籍としてはあるのだが、それとWEB連載とでは何かが違うのだろうか。こうやって言うということは違うのだろうな、と思いながらも、雪季にはよくわからない。

「でね、隔月でちょっと間が空くし、オムニバスみたいな感じでやれたら楽しいかなと思ってるんだけど、世界設定でちょっと悩んでるんだよね。読者層考えると現実的な方がいいんだけど、ちょっとファンタジー要素って言うか不思議要素入れたくて、でもそれって下手すると今の連載と被りそうだなーって。あっちはバトルだけど」

 ぱくぱくと食事をすすめながらも、淡々と考えを口にしていく結愛。ほとんど独り言だが、雪季はこういう話を聞くのが嫌いではない。楽しそう、というのとは少し違うのかもしれないが、全力で向かっているようなところが、少しばかり羨ましいとすら思う。
 料理の半分ほどがそれぞれの胃に収まったあたりで、はっと結愛が顔を上げ、雪季を見て固まった。

「ごめ…ユキちゃん…」
「漫画。決まったら、また読ませてくれ」
「…ユキちゃんの誕生日のお祝いなのに私が結局励まされてる…」
「…そうか?」

 クルミパンをむしりながら、大げさな結愛に首を傾げる。むしろ、優しい言葉の一つもかけられず、申し訳なく思いはするのだが。

「ごめん私の話ばっかりで。そう言えばユキちゃん明日休みって言ってたけど、平日だよね? 有給?」
「まだ有給発生するほど働いてない。代休」

 会社勤めの経験のない結愛ではあるが、以前お仕事ものの漫画を描いたときにいろいろと調べたらしく、真っ当な社会人としての生活を送っていなかった雪季よりもまともにそういった知識があったりする。雪季は、笹倉ササクラに言われるまで有給休暇の存在もいまいちあやふやで、入社から半年でその権利が発生するということも知らなかった。
 ふうんとうなずいて、サラダをつつき、結愛は意識せず爆弾を投げ込んだ。

「そっか、この間の土曜日に仕事って言ってたもんね」
「…真柴マシバ。言ってたって、誰が」

 雪季はそんな話をした覚えはない。厭な推測に精神的な頭痛を覚え、思わず額を押さえた。結愛は、不思議そうに雪季を見る。

河東カトウ君。直接喋ることはないけど、たまに、メッセージやり取りするよ?」
「…なんで」
「なんでって…雑談になんでって言われても」
「そうじゃなくて、なんであいつがお前の連絡先知ってるんだ?!」

 先日アキラが押し掛けた時に、会社の名刺は渡していた。そこには英の連絡先も載っている。だが、どちらかと言えば人見知りの気のある結愛がわざわざ連絡を取ろうとするとも思えない。英であれば気軽にそういったこともするだろうが、そのためには結愛の連絡先を知る必要がある。
 結愛は、何が起きているのかと驚くように目を見開いていた。

「えーと…チョコレート、送ってもらったから、そのお礼に連絡して」
「チョコレート」
「ユキちゃんが選んでくれたって言ってたけど、違ったの?」
「…二段重ねの、ボックス仕様の?」
「そう、それ。美味しかったよ?」

 たしかに、あの一件があった後に、そういったチョコレートを英の金で購入した覚えはある。
 迷惑をかけた同世代の女性にお詫びもねて贈る、甘いものは好きな人だ、と、確かに聞いた。割合オーソドックスなものが好きだ、という情報も、考えてみればあの時手土産にとケーキを買う時に英に訊かれて答えた結愛の好みだった。
 だからといって、と、雪季は頭をかかえる。勘弁してほしい。

「…あいつの口車には乗るなよ。美味しいものくれるからってほいほい呼び出しに応じたりするんじゃないぞ」
「え。ユキちゃん、ちょっとさすがにそれは私のこと何歳だと思ってるの。大体、雑談だけどほとんどユキちゃん絡みのことしか話してないし。そもそも河東君がユキちゃんの友達っていうくらいしか私に興味持ってないことくらいわかるし!」

 雪季の配慮をさっぱりわかっていなかった結愛に断言されたところで安心できない。その思いが顔に出ていたのか、結愛は頬を膨らませた。

「ユキちゃんの友達にこういうこと言うのは悪いと思うけど」
「友達じゃない」
「友達に、悪いと思うけど、河東君ってあんまり人に興味持ってないよね。動物とか虫とか観察するみたいな興味はあるかもだけど、対等に人として見てる感じがしない。高校の時の印象だけど。だから、今は単に私に興味がないだけかもしれないけど」

 そう言えば、と思い出す。
 結愛は以前、英をモデルにシリアルキラーのキャラクターをつくっていた。何も気付かずにいた雪季よりもよほど、見る目があったと思ったのだった。
 雪季が黙り込んだせいか、結愛は、やや慌てたように言葉を重ねる。

「ただ私がそう感じただけだから、違うかもしれないけど。でも、そう思えちゃうから、私はユキちゃんの友達じゃなかったら怖くてきっと近寄るのも避けちゃうような…ええとごめん、ユキちゃんは友達なんだし、こういうの言っちゃうのはなんだか駄目だとは思うんだけど」
「だから、あいつは別に友達じゃない」

 何度となく繰り返す羽目になった言葉だが、結愛はそれを聞いて、困ったような顔になった。そうして、聞き分けのない子どもに言い聞かせるように、ゆっくりと言葉を選ぶ。

「でもユキちゃん、河東君のこと好きだよね?」

 絶句した雪季に、ややあって結愛は、あ、と声を上げた。

「好きってえっと、親愛とか友愛とかそういうやつ。LOVEじゃなくて。…そこまで言い張るなら友情じゃないのかも知れないけど、ユキちゃん、ちゃんと対等に河東君を見てるし気にしてるし…この間の感じだけで言えば、河東君もちゃんとユキちゃんのことは対等な相手として見てると思うよ?」
「…どうかな」

 こぼれた声は、思ったよりも戸惑っているように聞こえた。
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