回りくどい帰結

来条恵夢

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誕生日

2

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 ローテーブルの上には、黒々としたガトーショコラが大きく一切れとカラメルソースをたっぷりと浴びたプリンが一つ。それぞれ、皿の中央に鎮座している。他には、湯気の立つティーカップ。
 食事はたっぷりと摂ったはずなのに、どちらも控えようとは言わなかった。むしろ、こちらがメインではある。本来。

「バレンタインが誕生日だと、プレゼント―とかって言ってチョコレートもらったりしなかった?」
「それをされるためには、まず誕生日を把握されないと駄目だしチョコレートなりプレゼントなりをもらえるほどの好意を寄せてもらってないと駄目だろ」
「ええーユキちゃん充分にかっこいいし可愛かわいいのにー?」
「…前半ともかく最後なんだ」
「ユキちゃんはたまにすごく可愛いよ?」
「嬉しくない」

 フォークで割り取ったガトーショコラは、チョコレートをたっぷりと含んで黒々としている。生クリームを添えると色の対比がきれいだが、うっかり買い忘れていたということで今日はない。しっかりとした噛み応えと、甘さとほろ苦さが広がる。
 料理はあまり得意ではない結愛ユアだが、お菓子作りは器用にこなす。雪季セッキとは逆だ。
 菓子が作れるなら料理だってできるだろうと言うと、ご飯のレシピは曖昧過ぎる、再現が難しい、と睨まれたことがある。ものによっては、ご飯作り慣れてないとまず作れないようなレシピだってあるんだから、と、何故か雪季が怒られた。
 その点、菓子類は程度と種類にもよるが簡単な物なら、材料と手順さえ間違えなければまずまずのものができるのだと主張する。

「ねえねえ、秘書ってどんな仕事してるの?」
「…多分、俺がやってるのはまともな秘書業じゃない気がする」
「そうなの? じゃあとりあえず、ユキちゃんのやってる仕事ってどんなの?」

 ただの雑談なのか取材も兼ねているのか。後者なら、あまり役に立てる気はしない。それでも、少し硬めの蒸しプリンをすくい上げ、何をどう話したものかとつか考える。

「基本的には、社長が自由人過ぎるからあいつと他の社員の連絡係」
「…んんん?」

 フォークをくわえたまま行儀悪く首を傾げる結愛に苦笑をこぼして、雪季は紅茶を一口飲んだ。ついでに、結愛のティーカップが早くも空になっているのに気付いてポットからそそぐ。

「基本的には人に会って、どういった人材が欲しいとかどういったところで働きたいとか、派遣会社みたいなことをやっているわけだ」
「うん、それは聞いた。ツナグ、だよね。日本語さえわかれば結構ストレートな会社名」
「ああ。そういった希望を把握するためにはある程度頻繁に連絡を取っている方が有利だろ。だから、人と会ったり世間話したりっていうのも業務の一環になる」
「うわあ疲れそう…。ああ、そういったことのスケジュール管理ってこと?」

 それなら普通の秘書業務だろうなと、わからないなりにも雪季は思う。結愛も、そう思ったからの言葉だろう。
 雪季は、首を振った。

「それは、大体本人がやってる。他の社員に振るとか誰を同行させた方がいいとか、そういった判断も。移動や会うのに丁度いい場所なんかも、相談されることもあるけど大体あいつが決めることが多い。ただ、その予定を勝手に変更する事が多くてな」
「ああ! この間、ユキちゃん追っかけて来ちゃったみたいに?」
「…そうだな」

 厭な具体例を把握されている。

「だから、そういった変更をすぐに他の社員に伝えて…わざわざそのためのアプリ作ってあるのに、使わないんだよなあいつ…」
「そういうのって、わかってないと困るものなの?」
「…真柴マシバが担当の編集者に連絡取ろうとして、携帯端末にかけても出ないし折り返しもないし、会社にかけても誰も所在を把握してなかったら?」
「困る。ああー、なるほど、困る。駄目。せめて、ぼやっとでいいからいつまで連絡つながらないのかくらい知りたい」
「だろ」

 これだけ各個人が携帯端末を持ち歩き、接続もそう簡単に途絶えないような状況が「当たり前」になってしまうと、人によっては、少しでも取りたいときに連絡がつかないだけでひどく腹を立てる。
 社長ヒトの予定なんて知らない、と言えればどれだけ楽か、でも言えない、という状況に同僚たちは何度もおちいっていたようだった。
 予定が判ったところで、こちらを優先しないのは何故かと言い出すやからもいるしそれでは間に合わないと言い出す人もいるが、何も知らず何とも答えようがない状況よりはましだ。
 少なくとも、平身低頭で謝り倒した後に実は角のコンビニに出かけていただけだった、という事態は減った。

「あとは、どうしても急ぐって言われて、俺が連絡を受けて合間を見つけてしらせるとか。社長が話してるだけだから、同席してても席を外しやすい」
「え、でも、難しそう」
「そうでもない。人によっては、秘書なんて視界にも入れてなかったりもするしな」
「ヴィクトリア朝の使用人みたい」

 どんな例えだ、と思うが、言い得て妙かもしれない。実際、そういった人にとって秘書はくまで使用人なのだろう。
 しかし改めて考えると、これだけ情報化が進んでネットワークが発達して、情報が大切と理解しているはずの人間がその時の気分次第で連絡を受け付けないというのは、どれだけの暴君だ。しみじみと腹が立ってきた。

「そもそも、あいつが小まめに連絡するなら必要もない役職なんだ」

 三浦たちは否定してくれるが、今まで秘書が居つかずとも会社が回って来たのが何よりの証拠だろう。
 いつの間にか結愛はガトーショコラを平らげていて、もう一切出すか迷ったのか、しばらく空の皿を見つめてからプリンを食べるべくスプンに持ち替えた。

「適材適所ってあるから」
「できないわけじゃなくやらないんだから、その言葉は違わないか」
「んー。でも」

 スプンを手にしたまま、考え込むようにその先を唇に当てる。

「わざとじゃないんじゃないかな? 他に集中してて気づかないとか、後でやろうと思って忘れてることってよくあるし、それが極端なだけかも。だったら、やらないんじゃなくてできないのかもしれないよ? それか…そのへんのことを小まめにやらないと迷惑がかかると思ってないか、迷惑がかかってもいいと思ってるか。前者だったら、実は自己評価が低いかもね」

 何人かが何度も必要性はいているはず、と言いかけて、案外言っていないかも知れないと気付く。あまりにも当たり前すぎて、当然わかるものとして細かくは言っていないかも知れない。だからといって、困っているということは告げているのだから迷惑をかけている自覚はあるはずだが。
 それとも、全て懇切丁寧に説明するべきなのだろうか。そうした上で、出来るのか出来ないのかを問いただすべきなのか。相手は一応上役のはずなのに、なぜ子ども相手のようなことを。
 雪季が眉間をんでいると、一旦スプンを置いてティーカップをつかんだ結愛が苦笑した。

「ていうかね、本当に普通の秘書とは違うかもしれないけど、ユキちゃんだって別に遊んでるわけじゃないんでしょ? 本当は要らないはずの仕事なんだって卑下することもないんじゃないかと思うよ。実際、みんなそれでスムーズに仕事できてるんでしょ?」

 そうはいっても、結愛には話せないこともある。
 雪季の今の仕事が護衛を兼ねていることと、それも含めてすべては単に雪季と関わりをたもつための口実にしているだろうことと。あの尾行を目の当たりにしていても、英の執着がそこまでとは思っていないだろう。
 さすがに英もそこまで考えて迷惑行為を繰り返していたとまでは思わないが、利用くらいはするだろう。

「…卑下まではしてない」
「そう?」

 それでも多少は気が楽になって、結愛の姉ぶった微笑に思うところはあるが、言わずにおいた。
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