回りくどい帰結

来条恵夢

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 家に戻ると、アキラはまだ帰宅していないようだった。
 人と会うと言っていたが、そのまま泊まって来るのかもしれない。明日雪季セッキが休みなように、英も休みだ。正確には逆で、英が休みを取るから雪季も代休を取れたというべきか。
 結愛ユアにもらったガトーショコラの箱をとりあえずキッチンカウンターに載せて、下手に英が帰って来て絡まれないうちにこのまま寝てしまうか、甘口の酒でも一杯くらい飲んでから部屋に引き上げるかと、考える。

「…寝るか」

 ガトーショコラは常温で問題ないが、出しっ放しにして英に勝手に食べられると腹が立つので戸棚に収めておく。二人でどうぞ、と渡された丸ごとのワンホールではあるが、正直、言われた通りに英にも出すかは考え物だ。
 とりあえず部屋に行くかとカウンターを出たところで、携帯端末が鳴った。ズボンのポケットから引き抜けば、表示は「河東カトウ英」になっている。
 見透みすかされたようなタイミングでつい周囲を見てしまったが、ここにいるはずがない。

「…はい?」
『雪季ー、迎えに来てー』
「はぁ?」

 車は英が乗って行ったので、どこに行くにしても、バスか、駅まで出て電車に乗るしかない。バイクでも買いたいところだが、あまり荷物を増やしたくはなくて悩んでいるところだ。
 電話の向こうはざわめいていて、どこかの雑踏のようだ。

『飲まされちゃって、車運転できない』
「代行業者をたのめ。つかまらないなら、タクシーでも公共機関でも何でもあるだろ」
『そんなこと言って。うっかり俺が行き擦りの誰か捕まえてなぶり殺しにでもしたらまずいだろ?』
「は?」
『そのくらい気が立ってるってこと。位置情報付きの写真送るから、すぐ来て。わからなかったら葉月ハヅキが教えてくれるから』

 電話が切られ、すぐに写真が送られてきた。満月。
 雪季は溜息を噛み殺し、玄関に向かった。護衛仕事は引き受けたが、果たしてその護る相手は英だったのか英から誰かをということだったのか。もっとも、英の殺害を妨害すれば実行犯の誰かの罪を未然に防げるのだから、どちらでもあながち間違いでもないのかもしれない。
 …いや、大分違う気がする。
 結局溜息をついてしまったが、誰かが置いて行ったのかもらい物だろう折り畳み自転車で駅まで向かう。
 言葉が荒れている感じはなかったが、思い返せば、多少普段とは違った喋り方だったような気もしないではない。一体今度は何事だ。これがただの悪戯いたずらなら、とりあえず一度は殴ってしまうだろうなと思う。暴力では何も解決はしないのだが、多少の気晴らしにはなってしまう。
 葉月からメッセージが届いたのは、目的地まで一駅ほどの電車の中だった。

『せっくん、社長何かあった?』
『迎えに来いとは言われた、けど?』

 英からの写真を葉月にも送るか一瞬考えたが、それで葉月まで駆けつけては面倒なことになるような気がする。

『音声データ送って来た』

 圧縮されたデータが添付される。

『聞くな、保管しとけ、って』
『しばらくしたら合流できると思うから、とりあえず言われた通りに。落ち着いたら連絡する』
『よろしく』
『遅くなるかも知れないから寝てていいよ』
夜更よふかしは慣れてます』

 データは触らず、携帯端末を握る。本当に、何をやっているのか。
 電車が止まって扉が開くと駆け出し、改札を出る前に電話をかける。すぐ近くのはずだが、出るようなら見回して探すよりも早い。

『雪季』
「駅まで来た、東口。どこだ」
『歩道橋の隅の方。寝てる』
「はあ?!」

 言われて探せば、駅前の小さな広場のようになった場所から伸びた歩道橋の、手すりの根元だか欄干だかに寝転がっている人影がある。
 それなりに人通りはあるが、見て見ぬふりをされているのか単純に気付かれていないのか。格好からホームレスではないとわかっても、酔いつぶれていると思われれば関わり合いになりたがる人は少ないだろう。
 通話を切って短く駆けた雪季は、顔を覗き込み、つい先ほどまで話をしていたにもかかわらず呼気を確認してしまった。

「河東、立てるか」
「いやー大分無理?」

 英が寝転がったままでの会話は人目を引くので、とりあえずどうにか体を引き起こして座らせる。それでも目立つが、酔っ払いとその連れと思われればさほど注意はひかない。そこでようやく、コートも着ていないことに気付いた。
 何があったのかと問いただしたいところだが、ここで話し込むよりも連れて帰った方がいい。

「車はどこだ。鍵は」
「ここ。あっちのコインパーキング」
「…水でも買ってくるか? 悪いが、車までは歩いてもらわないと帰れないぞ」
「雪季頑張って俺かついでって」
「無理だ」

 雪季は体格の割には体力も筋力もあるつもりだが、くまで体格の割には、なので自分よりも大柄な英を担いで移動できる自信はない。そのくらいはわかっているはずだが、ただふざけているだけという様子でもない。
 一度立ち上がって、たたんで収納用のかばんに入れていた自転車を組み上げる。

「サドルに座れるか。無理なら、台車でも見繕みつくろって来る」
「…がんばる」

 肩を貸すが、手が多少熱っぽい気がする。
 おんぶお化けのように英に肩にしがみつかせたまま、雪季がハンドルを押す。珍妙な絵面だろうが、視界に入る限りでは写真を撮ろうとするような通行人はいないので密かに安堵する。こんな写真がネットの海に漂ってはたまったものではない。
 歩道橋が、自転車の利用も考慮してなのか車椅子を考えてなのか、スロープのような斜面が併設されているもので助かった。
 当たり前といえば当たり前だが下りの方が厄介で、何度か自転車や英ごと倒れそうになったしすれ違った人にさすがに眼を剥かれたりもしたが、どうにか地面までたどり着く。あとは、どうにか英に案内させて車を見つけ出した。
 後部座席に英を放り込む。

「水買って来るから、大人しくしてろ。他に何か要るか?」
「んーん」

 戻ったら眠っているかと思ったが、ドアを開ける音で気付いたのか眼を開けて、爆笑した。

「水って、水って、五百ミリじゃなくってそっち?! 家着くまでにそれ飲み干さないだろ!?」

 二リットルのペットボトルを渡し、車を出す。

「飲めるだけ飲んどけ。上でも下でも、出そうなら声かけろ。車内で出すなよ」
「…何があった、とかは訊かないんだ?」
「先に聞いておいた方がいいなら。話したいなら事故を起こさない範囲内でたのむ」
「アルコールプラス催淫剤?」

 事故を起こさない範囲内でと言ったはずだが。危うく急ブレーキをかけそうになった雪季は、抗議を呑み込んで目をらした。夜間の運転は見通しがかなくて、ただでさえ慣れないというのに。
 大きなペットボトルをラッパ飲みする英をルームミラーで一瞬確認して、続きの話が面倒なものにならないことを願いながらハンドルを握り直す。

「病院に寄った方がいいか?」
「あー…いや、まあ、多分? 大丈夫じゃないかなー心拍数おかしいとかはないし。体に力入らなくて、筋弛緩剤じゃねーのとか思ったけど」
「…病院」

 ただでさえ、怪しげなものが氾濫していそうな界隈だ。薬にはアルコールが入ると想定外の効果が出るものもあるので、そこの心配もした方がいいのではないのか。
 ミラー越しに眼が合ったが、全く感情が読めない。こちらを落ち着かせるためか笑みを浮かべるが、眼は変わらない。面倒くさい奴だ、と、雪季は嘆息する。

「知り合いか何かいないのか」
「大丈夫だって。俺、あんまり酒とか薬とか効かないと思われてるから量増やし過ぎただけじゃないかな」
「…余計にやばそうにしか聞こえないんだが…」

 そもそも、誰に盛られたのか。
 聞いたところでわからないしどちらかと言えば知りたくはない気がするのだが、聞いていないとまずいだろうなとも思う。護衛としては。こんな事態になっている時点で、既に護衛失格と言われても仕方がないような気もするが。
 英の携帯端末が鳴ったが、画面を確認して、伏せてしまった。

「出ないのか」
「謝罪だかまた口説くどかれるんだか、どっちにしても面倒臭い」

 深呼吸を一度、挟む。

「一服盛った相手からか」
「そ。…これ、名前言っといた方がいい?」
「………そうだな」
「言うけど、態度に出すなよ。会った時、わかりやすく威嚇したりするなよ。ライバル出現とか思って余計面倒なことになるだけだからな」

 つまりは雪季も知っている相手なのか、まだ会っていなくともこれから顔を合わせる可能性のある相手なのか。
 心底、知りたくはないがそういう相手なら知っておかなければならないだろう。対向車のライトに眼をすがめ、雪季は前の道を睨みつけた。

「そもそも、わかってて食べたし」
「はぁ?!」

 つい振り向いてしまい、ハンドルを揺らして蛇行する。慌てて、前を向いて真っ直ぐに走らせる。

「こっちはもう終わったつもりだったのにぐだぐだ言ってくるから、こんなん食べてもお前相手にちゃしねーよって言ってやりたくて」

 いっそ大人しく抱くなり抱かれるなりすれば早かったのではと思ってしまった雪季は、大分毒されている気がしてげんなりとした。
 運転中でなければ、頭を抱えているところだ。知りたくない。何も聞きたくない。

「なんでそんなのに会いに行くんだ…よりによってバレンタインに…」
「単に酒呑もうって話だと思ったんだよ。俺は予定入れてなかったのに、雪季今日はあの子のとこ行くって言うからさー」
「俺のせいみたいに言うな。そんなところまで背負い切れるか」
「来てくれたからいいけど」
「…葉月さんに送った音声ファイル、何だったんだ」
「ホテルでのやりとり色々。そのうち、切り札にでも使えるかと思って」 

 まだどこの誰だか知らないが、被害者のはずの英よりも相手が気の毒に思えてきた雪季だった。
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