回りくどい帰結

来条恵夢

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「たくさん作ったから、良かったら持って帰ってね」
「アシスタントの人たちと食べたらいいんじゃないのか?」
「ユキちゃんに作ったんだもん。要らないならいいけど、ご飯作ってくれるお礼に。全然足りないけど」
「…ありがとう」

 プリンを型から外して皿にあけると、さらりとしたカラメルソースが流れ落ちる。ババロアは、プリンとの違いを出すためかいちご味だった。丸い型にまっているので切り分ける。
 それらとティーカップを持って戻ると、丸テーブルにはチョコレートとスナック菓子が広げられていた。

「待て、全部開けるな、食べたくなってからにしろ」
「そう? 残ったら、タッパーとかに入れとけばいいと思うけど」
「まあそうだけど」

 やや不服そうながら、大人しく手を止めた。そうして素直に、ティーカップに手をのばす。

「…ごめんね。こんな愚痴ぐちに付き合わせて」
「酒飲みたいって言うから何事かと思ったけど、このくらいなら全然。ただ真柴」
「ん?」
「あまり人前で飲むなよ」

 ティーカップを抱えたまま、悪戯いたずらがばれたかのように上目遣うわめづかいに雪季セッキを見る。

「…私、お酒弱い?」
「いつも以上にすきだらけになる」

 くっ、と漫画の登場人物のように声を上げ、チョコレートのかかったビスケットに手をのばした結愛ユアは、何故か少しむくれたようだった。ぽいと、口に放り込んでかみ砕き、飲み込んでからハーブティーで口の中に水分を足す。

「ユキちゃんは強いよねー」
「強いというほどではないけど…弱くはないとは思う」
「なんか言い方ずるい」
「そう言われても」

 いくらかは努力のたまものなので、つい苦笑になる。
 ふと気づくと、テーブルに半分片頬をつけた状態で、結愛がじっと雪季を見つめていた。首の筋を傷めそうな姿勢だ。そう思って声をかけようとした雪季よりも早く、結愛が口を開く。

「ユキちゃんも、愚痴ぐちっていいんだよ?」

 飼われている小動物のように、黒々とした眼が真っ直ぐに雪季を射抜いた。

「いつも私が助けてもらって、振り回して、ユキちゃんは笑って付き合ってくれるけど、ユキちゃんだっていくらでもわがまま言っていいんだよ? たまにはご飯おごれーとか高い酒呑ませろ―とか、できるかどうかわからないこともあるだろうけど、…仕事が不規則で返事すらできないときもあるかもだけど…何でも言ってくれていいんだよ、っていうか、言ってほしい。ユキちゃんが優しすぎて、甘えすぎて、いつか愛想尽かされるんじゃないかって、時々怖くなる」

 言葉が出て来ない。
 言った本人は眠たげにまぶたを下ろしかけていて、半ば寝言ねごとのようなものなのかもしれないが、雪季は酔っぱらうほどには飲んでいない。だから、聞いてしまった言葉は受け取るしかない。
 負担になっているのだろうかと、思う。
 きっと結愛が雪季に与えてくれたものは、どれほど食事の世話やストーカーの撃退やを繰り返しても釣り合うものではない。ただ、そう考えているのは雪季であって、結愛は気付いてもいないのだろう。雪季も、どれだけ言葉を尽くしたところで伝わる気がしない。
 負担になるのなら、結愛の身の安全を考えても、離れた方がいいのだろうか。遅すぎる決断だとしても。

「…真柴マシバ。寝るなら、ベッドに行った方がいい」
「んん…連れてって…」
阿呆あほう。自分で行け」
「ユキちゃんのけちーなんでー」
「…襲うぞ」
「いいよー。ユキちゃんなら」

 眼は開けたものの、半眼でまだぼうっとしている。雪季は、とりあえずティーカップを手放させ、他の皿類もなるべく遠ざけた。
 そうして、駄々だだをこねる結愛を見下ろして、ぼんやりと考える。

 いっそもう、それでもいいのかもしれない。
 結愛をそういった意味で「好き」なのかはわからないが、抱くことはできるだろう。このまま理性を捨ててしまえば、ひと時の記憶とぬくもりと、踏み切れなかった別れが手に入るのではないか。
 結愛が我に返るのは、コトを終えた後か、及ぶ前か。

 一度強く目をつぶり、雪季は、結愛に手をのばした。――前髪に隠れた、おでこのあたりを指先ではじく。

「いっ?!」

 勢いよく跳ね上がった頭の反動で、低い丸テーブルの下で天版に膝を打ち付ける音と振動がした。大きく見開かれた眼は、じわりと水気をたたえ、恨みがましく雪季に向けられる。

「痛い」
「馬鹿なこと言うからだろ。目が覚めたなら自分で移動しろ」
「ユキちゃんの意地悪」
「あのな。前にも言ったが、どれだけ親しくても俺は男だし、理性が飛ぶときもある。わざわざそのきっかけを作るな」
「だから別に…ユキちゃんならいいって」
「お前がちゃんと考えて俺と付き合いたいと思うならともかく、勢いで一足飛ばしにそういう関係になってみろ。お互い気まずくなって、相手が連絡してくれたら、なんて思ってるうちに益々ますます連絡がとりづらくなって、気付けば数年や十数年ってておかしくない。下手をすれば、それっきりってことだってあり得る」
「う。……そんなことないって言いたいけど実際のところどうかわからない……いくらなんでもと思うけど…お水ください…」

 水のグラスは下げてしまっていたので、一度キッチンに取りに行く。その間に結愛は、今度はテーブルにあごを乗せ、置かれた生首のように座っている。これはこれで、首を傷めそうだ。

「水」

 音を立ててグラスを置くと、眼だけがそれを追う。益々生首じみて、雪季は、強くならないように気を付けて結愛の頭をでるようにはたいた。

「飲むならちゃんと起きろ」
「はーい」

 重たげに頭を上げて、背筋を伸ばす。やはりまだ眠たげで、見ていて少し恐い。また頭を打ち付けたり、後ろにひっくり返ったりしないだろうか。
 自分が随分と子ども扱いをしていることに気付いたが、正にぐずる子どものような様子なので、まあいいかと向かいに腰を下ろす。

「真柴」

 結愛は空になったグラスを置いて、何、と、声には出さずに首をかしげて先をうながす。

「前に、家族になりたいって言ってくれただろう。俺の姉ならよかったのにって。嬉しかったよ。でも考えてみれば、いつからかわからないけど真柴は、俺にとってはもう身内みたいなものだった。家族に優しくするのに、少なくとも俺は、理由を必要としない」
「…ユキちゃんほんとに時々真面目に恥ずかしいこと言うよね…」
「…恥ずかしい台詞セリフなら真柴の方がずっと慣れてるはずだろ」
「漫画と現実を一緒にしない! 書くのと言うのとじゃ大違いだからね?! 私日常生活で漫画に書くような台詞そんなに言わないからね!? っていうかそもそも思い浮かばないし!」
「説得力がない」
「そんなことない…と…思いたい…」

 最後には力なく消えた言葉に、雪季は肩をすくめて返した。
 漫画と現実は確かに別物ではあるが、考えてみれば、雪季の語彙はかなりなところを結愛の漫画と読んだ小説から得ているはずなので、分かちがたいものになっているだろう。
 人の感情をフィクションに学んだというアキラと似たようなものだ、と気付いて、雪季は内心頭を抱えた。英は否定したが、やはり似た者同士なのではないだろうか。

「まあとにかく、真柴が気付いてないだけで俺だって色々とお前から受け取ってる。単純な話、こうやって話してるだけで面白いと思う。友人付き合いなんてそんなもんだろ」
「そう…かなあ…」
「そろそろ帰る。片付けしなくて悪いけど」
「ご飯作ってもらったし、そのくらいはちゃんとできる。あっ、プリン」
「ああ、もらって帰る。ありがとう」

 雪季がそう言うと、結愛は、ふわりと笑った。
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