回りくどい帰結

来条恵夢

文字の大きさ
64 / 130
相談

4

しおりを挟む
 保存容器からいわしの梅煮を小皿に移しかけて、もうそれほど量がないからいいかとそのままローテーブルに移動させる。皿は棚に戻し、はしと、薄焼きのお猪口ちょこを一緒に。
 冷蔵庫から出した日本酒は、どこのスーパーにでもありそうな見慣れた紙パックのものだ。たまに、料理酒にも使う。

「ただいまー。何飲んでるんだ?」
「…お帰り」

 紙パックを指し示すと、興味もなさそうな曖昧な声が返った。
 デートだと出かけて行ったが、泊まって来なかったのかとやや憮然ぶぜんとした思いを抱える。いい加減慣れてきたが、自分に関心のある人間が常に近くにいるのは鬱陶うっとうしい。
 おそらく、と雪季セッキは思っている。結愛ユアでさえ、始終一緒にいれば自分は疲れるだろう。
 日常生活に支障があるほどの疲れではないし、ただの他人が近くにいるのとどう違うのかと問われても困るところだが、違和感を感じるというのが一番しっくりと来る感覚だろうか。

「雪季、酒好きだよなー」
「…まあ、それなりに」
「きっかけは?」

 ローテーブルの角を挟んだいつもの位置に腰を落とし、小鰯を手でつまみながら、何気ない風に訊いて来る。
 変な奴だと改めて思う。そんなことを訊いてどうするのだろう、とも。

「体質が合ったのもあると思う。二日酔いになったこともほとんどないし。それでも、はじめはそんなに美味うまいとも思わなかったけど、慣れてくると味の違いもわかってきたし、合わせる食べ物で感じが変わるのも面白いと思って」
「へえ」

 先ほどと同じような曖昧な声なのに、興味がしっかりと雪季に向いているのが判って、わりが悪い。雪季は、お猪口を一息にあおった。

「アルコールっていうのは結局のところ、毒なんだ」
「…ん? んん?」
「毒物。急性アルコール中毒ってあるけど、そもそも毒性がなければそんなことにもならないだろ。毒を薄めて、わざわざ金払って身の内に招いてるんだから考えてみれば馬鹿馬鹿しい話だ」
「まあ言われてみれば?」
「酒の強い弱いは、もちろん分解酵素の量や代謝や肝臓の機能状態の問題もあるけど、慣れの問題でもある。酒豪の多い地域っていうのは、その土地で暮らす人のDNAのかたよりもあるだろうけど、どの程度飲んでいるかっていうのも大きいと思う。早い話、子どものころから飲酒の習慣がついてれば、慣れて強くもなる。強いというか…馬鹿になってるっていう感じだと思うけど。ドラッグだって、慣れてくるとはじめの量じゃ効かなくなるっていうだろ。同じようなものだ。その代わり、早死にはするかもしれないけどな」
「雪季、実は酔ってる? 実は俺が帰って来るまでに結構飲んでた?」

 量自体は、結愛の家でもそれほど飲んでいないし、帰宅して飲み始めたのはつい先ほどだ。ただ、普段はそれほど飲まない種類が中心だったからか、いつもよりも回りは早いような気はしている。
 アキラの表情は読めなくて、「酔っ払い」の雪季がどう映っているのかはよくわからない。どうでもいいことではある。

さぐりを入れるのに酒の席は丁度いいから、慣らすためにも結構飲んでた。飲めない体質じゃなくて、それどころかそれなりに好きになったのはさいわいだったと思う」
「あー…仕事の一環、だったのか」
「まあな」
「…今も?」

 何故か探るようになった言葉に、どうだろうとぼんやりと考える。
 義務感のようなものは全くない。ただこの先、やはりアルコールの提供も多い場所に英について出席することも多いだろうので、そういった場所で不始末をするわけにはいかないという思いはある。
 干したお猪口を、軽く音を立てて置く。

「趣味と実益」
「結局好きなんじゃないか」

 気付けば、鰯が姿を消していた。雪季も食べてはいたが、半分以上を英に食べられた気がする。

「飯食ってないのか?」
「食べたけど?」

 それなら人のつまみをるな、と思うが、言うだけ無駄なので放置する。
 作り置きの惣菜そうざいは明日補充するつもりだったので、他につまみになりそうな惣菜がない。チーズはあるが、今飲んでいる日本酒とはあまり合わないだろう。酒を変えてもいいが。

「つまみ作るけど、食べるか?」
「何?」
「ジャコとキャベツの炒め物」
出汁だし巻き玉子食べたい」
「わかった」

 それなら、いため物は二人分ではなく一人分より多いくらい。出汁巻き玉子は、いつもの二人分よりは卵一つ少ないくらいでいいだろうか。どうせ、炒め物にも手を出してくるだろう。
 胡麻ごま油を引いて先にジャコをカリカリになるまで炒めた後は、一度フライパンの熱を下げてからざっくり切ったキャベツと少々の塩昆布、鷹の爪を足して弱火で炒めるだけ。出汁巻き卵はいつもの手順で、二つのガス台で並べて焼けば同じくらいに焼き上がった。
 それぞれの皿を持って行くと、取り皿を出すよりも早く箸が伸びる。
 師の居酒屋での光景を思い出した。食べ盛りの大学生も常連の老人も、料理の皿を出すと即座に嬉し気に手をのばし、美味おいしそうに食べていた。

「雪季?」
「なんだ」
「いや…今ちょっと笑ってたけど、何かあった?」

 自覚はなかった。それだけに、やや呆然とする。数瞬置いて、英がまだこちらを見ているのに気付いて、ゆっくりと首を振る。

「なんでもない」
「そうすると、雪季が意味もなく笑う変な奴ってことになるけど。思い出し笑い?」
「…別にどうでもいいだろ」
「いいけど。珍しいなと思って」

 どうにもきまりが悪く、あからさまな逃げではあるが箸を手に取った。小皿にざっくりと取るが、ジャコが結構取りこぼれたのでキャベツを千切りにするか卵を入れた方が良かっただろうかと考える。
 考え込んで彷徨った視線が最終的に英とぶつかってしまい、しまった、と思うがもう遅い。

「あの子とご飯食べて来たんだろ。何かあった?」
「…いや。特に何があったわけじゃない」

 ない、が、少し考えてしまった。改めて、あるいはようやく、と言うべきだろうか。

 両親は既にく、近い親戚の存在も知らない雪季にとって、血縁でのつながりのある身内はいない。本当はどこかにいるのかも知れないが、両親の葬儀に出席することなくその後雪季を探そうもしなかった程度のつながりであれば、いないとしてしまって構わないだろう。
 だから後は雪季の認識だけのことで、身内と思えるのは師と結愛くらいのものだ。
 師に対してはきっと一方的なもので、英が馬鹿をしたおかげでまた縁ができてしまったが、それでもそのうち、ただぼんやりと思い出す程度になるだろうかと思う。何事もなければ、きっとあちらの方が先にこの世を去るのだろうし。
 結愛は――このところ、会うことも、連絡を取り合うことも増えている。
 生活が落ち着いてきたということもある。殺人業をやめてまだ一年もっていない。それなのに、人間慣れるものだなと、雪季はやや苦く思う。大切に想えばこそ、離れていなければならないのに。

「とうとう押し倒したとか」
「ない。…いっそその方が、話は早い気もする」
「…雪季やっぱり酔ってる? いつもと逆だな」

 興味深げに見詰められ、そういえば水を用意するのを忘れていたと気付く。別に、それだけで酔いが回ったわけではないだろうが。それ以前に、いつも当然のようにしていたことが抜けていたなら、その時点で既に酔っている。
 深々と、雪季は息を吐いた。

「酔ったついでに、少し相談に乗ってくれ」
「雪季が? 俺に? …大丈夫か? 薬かなんか探した方がいい?」
「…なんでそうなる」
「えーだってないだろ。雪季が俺にそんな可愛かわいいこと言って来るとかないだろ」

 ああうん酔っていたな、と、雪季は一度目をつむった。そうして、いつもの調子を呼び起こす。
 とりあえず水を飲んで、使った食器は洗って片付けて、さっさと寝よう。明日の朝はいつも通りに起きて走り込みがてら買い物をして、朝食と掃除洗濯を済ませたら作り置きの料理を始めよう。
 ざっくりと行動予定を確認して、立ち上がる。

「雪季?」
「酔っ払いにつき合わせて悪かったな。お前もそれ食べたら、さっさと風呂入って寝ろよ」
「…なんかもう酔っ払いじゃないっぽいんだけど。雪季さあ、実はひそかに超人じゃない?」
「はぁ?」
「熱出てもすぐ治るしインフルかからないしさっきまで酔ってたのに今全然その名残なごりすらないとか。ターミネーター的な何かとか言わない?」
「映画も見るのか」
「いつだったか誰かに付き合わされた」

 実写の映像はあんまり参考にならないんだけど、と、小説や漫画を人を知るための教材に使う英は、妙なところで勤勉さを見せる。
 そこは放置を決め込んで片付けにとりかかった雪季は、取っ散らかっていた思考も一緒にまとめてすみに追いやり、英に相談を持ち掛けようとした一つだけをすくい上げる。
 六月に誕生日を迎える結愛に、何を贈ったものか。
 あまり意味を持たないよう実用品か消耗品で、それでもそれなりにプレゼント感のあるもの。中学からの付き合いなので、いい加減ネタ切れしている。去年と同じになるが、焼き菓子かチョコレートの詰め合わせにでもしようか。

「雪季ー、相談って何だった?」
「…もういい」

 考えてみれば、英に女性への贈り物を訊いたところで「落とす」のに有効なものばかり勧められるのがオチだろう。目指すものが真逆だ。
 英の不満げな声を聞き流し、雪季は、結局手を放す気にはなれないのだなと苦く息を吐いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

離婚すると夫に告げる

tartan321
恋愛
タイトル通りです

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

熟女教師に何度も迫られて…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
二度と味わえない体験をした実話中心のショート・ショート集です

剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末

松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰 第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。 本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。 2025年11月28書籍刊行。 なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。 酒と肴と剣と闇 江戸情緒を添えて 江戸は本所にある居酒屋『草間』。 美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。 自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。 多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。 その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。 店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。

処理中です...