回りくどい帰結

来条恵夢

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文化祭

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 現在の日本社会では、銃は入手に手間取り足もつきやすい。それでも、便利な道具ではあるので師に扱いを学びもしたのだが、使うのはやめておけと言われた。要は、コントロールの問題だ。
 大きな的にとりあえず当てればいいだけならどうにかなるが、精確に狙って当てるとなると手に負えない。狙いすぎて、かすめることすらできなくなる体たらくだった。
 それを見事に披露した射撃と的当ての出来栄えで、り合って勝利を収めた結愛ユアは上機嫌になっていた。

「意外ー…でもないか、ユキちゃん案外大雑把だもんね?」

 目分量では難しい菓子作りに失敗している有様ありさまを知られているだけに、言い返せない。料理も、実は毎回味付けは安定していない。
 それだけに、スリーポイントシュートが決まったことには雪季セッキ自身が驚いた。ボールを投げたままの格好で、呆然と立ち尽くす。

「ユキちゃん凄い!」

 結愛に飛びつかれ、我に返る。
 ちなみに結愛は、三回挑戦のすべてを外している。そもそも、ゴールの近くにすら届いていなかった。バスケットボールって結構重い、というのはぼやきなのか文句なのかわからない。
 そして結愛は大げさに喜んでくれるが、雪季も三回中最後の一回しか入れられていない。
 それなのに結愛は大喜びで、シュートが入ればもらえるという景品を並べた男子生徒の眼がやや恨みがましいのは、きっと気のせいではないだろう。

「おひとつどうぞ―」
「ああ…真柴マシバ、選ぶか?」
「せっかくなんだから、記念にユキちゃんが選んだ方がいいよ」

 記念に。
 雑多に並べられたストラップやコンパクトミラーといった小物は、不要品を持ち合ったのか百円ショップででも購入して来たのか。何にしても、他愛たあいのない雑貨ばかりだ。それでも、そこに記憶や想いをたくせば、それだけで特別な「何か」になる。
 それが、雪季にはおそろしかった。記憶も、思い出も、まる一方でそれだけで重いのに、更に重みを加えるなんて。

「――これを」

 スーパーのレジ横にでも置かれていそうなのど飴が目に入り、手に取る。
 応じて、ありがとうございましたー、と言った生徒は、もう次の勧誘へ移ろうとしている。邪魔にならないよう、その場を離れる。

「…ユキちゃん?」
「ん」
「ユキちゃん」

 校庭から校舎に戻る道の半ばで、結愛は雪季の手をつかんだ。立ち止まり、見上げる眼は何かを言いたげで、言ってしまっていいものかとの躊躇ためらいまでありありと見せている。
 どのくらいそうしていたのか、ポケットに入れていた携帯端末が震え、そっと結愛の手を振りほどいたときには、体温が移っていた。

『今日は帰れそうにないので、夕飯はいいです。怒らないでね? 英』
「…は?」
「ユキちゃん?」

 妙な文面のメールに思わずこぼれた声に、結愛が何事かと顔を寄せる。さすがにメールを覗き込もうとはしないが、近い。

「…悪い、ちょっと電話かけてくる」

 なるべく人のいない端のあたりを探して、葉月ハヅキの番号を選ぶ。出なければ、メッセージでなら応じるだろうか、とも考えていたが、あっさりと回線がつながる。

『はーい? どうかした?』
「…今、大丈夫か? パソコンの前?」
『へ? うんまあ、パソコンの前…何、またシャチョーなんかやらかしたん?』

 少し違うが、話が早い。
 視線の端で結愛が所在なげに佇んでいるのを申し訳なく思いながらも、厭な予感しかしない。

「普通なら送らないようなメールが来た。河東カトウの所在地ってわかるか?」
『んー…あ、今電源落ちてる。ログは…メール送った一瞬かな、その場所ならわかる。午前中いたのと同じ所っぽい』

 無事にガーデンパーティーに出席していたなら、その場で何かあったのだろうか。
 ただの悪戯いたずらという線もないではないが、それなら、そう待たずにネタばらしが来るだろう。駆け付けさせておいて何事もなければ、雪季が相当腹を立てることくらいはわかっているはずだ。

「それ、送ってくれるか? 地図か何か、その場所に行けるように。周辺の建物とか所有者とかも判ればありがたい」
『わかった、送っとく。えーと…休みの日まで大変やな』
「お互い様だろ。悪いな、後で河東に休日手当でも請求していいと思う」
『りょーかい』

 通話を終えて結愛の元へ戻ると、一瞬ほっとしたように顔をゆるめ、心配そうなものに変えた。

「何かあったの?」
「…悪い、ちょっと用事ができた。まだ見て回るだろ? 申し訳ないけど、計都ケイト君に連絡を取って合流するか?」
「一人でもいいよ?」
「…大分、気の毒な目で見られるというか変わり者扱いされる気がするが」 

 いい年をした大人が一人で高校の文化祭見物というのは、例えば恩師に会いに来たついでにといったものであっても、いくらか珍しいのではないか。しかも結愛のことだから、一人になってもはしゃぐだろう。
 結愛も想像をめぐらせたものか、考えるように視線を泳がせた後、こくりと首を落とした。友人と見物をしている計都には悪いが、本当に厭なら断ればいいだけで、きっとあの弟は断らないだろうという気がする。
 雪季が手早く連絡を取り、わかりやすく校門での待ち合わせを決めた頃には、葉月からのメールも届いていた。

「悪かったな、ばたばたさせて」
「ううん、ここまで付き合ってくれただけで十分楽しかったよ。…あのね、ユキちゃん」

 校門が見えたあたりで、結愛が意を決したように雪季の眼を覗き込む。出会った時から変わらず、たじろぐほどに真っ直ぐだ。

「ユキちゃんが、あんまり欲しがらないこと、特に後に残るようなものを避けてること、知ってるよ。誕生日プレゼントだって、食べるものくらいしか受け取ってくれないから。…さっきの景品も、だから、飴にしたんだよね」

 気付かれていたのか、という思いと、気付いていただろうな、という思いと、どちらも持っていることに気付いて、雪季は半ば自嘲した。人間観察にけた結愛を、誤魔化ごまかせることはないだろうと思っていた。誤魔化されてくれているのだろうと。
 中身までは知らないだろうが、結愛は、雪季が決して話せないことを抱えていることにも、きっと気付いているのだろう。その上で、友人なのだと、大切なのだといつも態度や言葉で教えてくれる。

「別に、悪い事じゃないのかもしれない。でも…持つことを、怖がってるようにも思えて。ねえ、ユキちゃん。持たないからって、失わないことにはならないよ。私は、ユキちゃんに、おそれるよりも…いろんなものに出会うことを、楽しんでほしい」

 言葉が、声が、上手く出なかった。
 何かがつっかえて、ばらばらでまとまらなくて、何にもなってくれない。

「大外れの勘違いなら、笑ってくれていいよ。でも違うなら、私に手伝えることがあるなら何でも言ってね。こうやって近くにいるしかできないかも知れないけど、私はユキちゃんのことが大好きだし、きっと幸せになってほしいんだから」
「っ」

 思わず抱きしめそうになって、こらえる。人目があって、近くには結愛の弟もいるはずで。だが何よりも、考えることもなく動くことで、結愛に甘え切ってしまいそうなのが怖かった。頼り切って、依存して、執着して、そんなことをすれば何かを壊してしまう気がしてならない。
 そっと手を握られて、やわらかく微笑ほほえみかけられる。

「すぐじゃなくていいよ。ゆっくり、一緒に笑って生きていけたらいいね」
「…真柴」
「うん?」
「ありがとう」

 額に押しいだくように結愛の手を握り返したところを計都に目撃されていることが発覚したのは、ほんの数分足らずの後のことだった。
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