回りくどい帰結

来条恵夢

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文化祭

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 確かにこれならガーデンパーティーもできるだろう、という広さの庭のある家が並んでいる。
 田舎でなら珍しくない光景なのかもしれないが、いや、その場合は田畑や山との境界があいまいになっていそうだが、贅沢なことだとひがむわけでもなく雪季セッキは思った。
 葉月ハヅキからのメールには、いくつかの訂正や注釈とともに地図もしっかりと添付されていた。
 訂正は、アキラが朝から電源が切られる少し前までいた場所と、メールが送られただろうときに居た場所とは少し違うということ。
 近所ではあるようで、雪季は仕組みをよくは知らないもののGPSでそこまで精確に判っただろうかと思ったが、流すことにした。
 何かもっと他の手段なのかもしれないし、知らないうちに技術はもっと発展していたのかも知れない。いずれにしても、雪季には知ったところであまり意味のないことだ。
 注釈としては、それぞれの家の持ち主や家族の経歴など。結果、先に滞在していた方は、ガーデンパーティーの会場でまず間違いないだろうということ。
 そして、現在いる可能性が高い方の場所の持ち主は、二十年ほど前に息子を亡くしていて、その子どもは当時八歳。英や雪季たちと大体同世代。
 現在、夫は死去し、暮らすのは一人残された妻と住み込みと通いの使用人が二人。妻は、子どもを失ってから通っていた精神病院に、夫を亡くしてからは通わなくなっている。
 そこから思い浮かぶぼんやりとした推測は、映画の見過ぎだろうか。

「…これ、監視カメラの映像とかじゃないのか…?」

 一緒に送られてきた使用人の写真をもう一度見て、雪季はひっそりとため息を吐く。
 入手経路も気になるが、通いの女性の方はともかく、住み込みの方は、写真を見るだけでもガタイがいいのが判る。どこから取ったものか身長も書かれているが、英よりも高く、おそらくは体の厚みも大分違う。雪季の体格とは、くらべたくもない。
 さてどうしたものかと、一度件の家の前を通り過ぎながら考える。そもそも英がいるのかもわからないし、いるとすれば、正面から訊いて答えてもらえるとも思えない。
 どうやってか葉月が入手して送ってくれた警備会社との契約内容は、この規模の家でならごく普通の水準だ。
 監視カメラが多すぎることも、赤外線が隙間なく敷き詰められていることもないが、適度には配置されている。昼間に住人が滞在していても、警備システムは作動しているようだ。
 いっそ、それらを作動させて様子を見るかどさくさ紛れに忍び込むか、警備会社の人間を装って、作動があったとして入り込むか。後者は、制服の手配やもう一人ぐらい人がほしいので準備に時間がかかる。

 結局雪季は、もっとシンプルな方法をった。

 カメラと赤外線の配置を教えてもらい、死角を狙っての侵入と観察。そのついでに、SNSで近所の小学生が「お化け屋敷」と噂しているという情報ももらった。それは要るのか。
 窓を開け放ち、日差しをたっぷりと浴びながら笑顔でティーカップを傾ける英を見つけた時には、一瞬、拍子抜けした。
 向かいには、白髪勝ちの七十前後に見える女性。だが葉月の情報が正しく彼女が一人残されたこの家の主人であれば、まだ六十手前だったはずだ。
 雪季の位置からは横顔しか見えないが、深々としわの刻まれた顔が、英に向けて柔らかな笑みを形作っている。
 よく見えないが、椅子に座る英の腰から下は大判のブランケットかショールのようなものに包まれている。考えすぎかもしれないがあれが目隠しであれば、ロープや鎖での拘束程度ならまだいいが、足を折られていたりすれば大分厄介だ。
 さてどうしたものか、と考えていると、不意に英が何気ない風に視線をめぐらせた。一瞬、雪季と眼が合ったような気がした。

「おかあさん、今日、僕の友人が訪ねて来るって言いましたよね?」
「…そう、だったかしら…?」 
「そうですよ。もうそろそろのはずなんだけど、迷子にでもなってるのかな。ほら、文通で仲良くなって」
「…そうね。そう。あなたにちゃんとお友達がいて、ほっとしたのよ」

 不自然にならない程度に声を張り上げた英に、つられたのか、女性の声も多少大きくなってかろうじて聞き取れる。
 これは、気のせいではなくやはり眼が合っていたなと確信する。雪季は、そっと日向ひなたの二人から遠ざかり、慎重に敷地の外へと移動した。
 それにしても、面倒なパスを投げないでほしい。
 文通とは古風な、と思ったが、あの女性が英を息子と思い込んだ上で色々と認知に支障をきたしているのであれば、下手にインターネットを持ち出してややこしくしたくなかったのだろう。おそらく、あの年代の人は、自分専用のものがあったかはともかく学校に通い出した頃には情報端末が身近にあった雪季らの世代とは色々と感覚が違うだろう。そのあたりの知識がごそりと抜け落ちている可能性もある。
 とりあえず、葉月に現状を報告して、駅前で見かけた和菓子店で手土産を見繕みつくろう。ある程度チェーン展開している店なので、偶然被ってしまったとしてもそれほどおかしくはないはずだ。
 まあ、手土産を忘れて慌てて買ったと言ってもいいだろうが。「息子」の「友人」が多少礼儀知らずでも、むしろ微笑ほほえましく思われる可能性すらある。
 レジに行く前に携帯端末が鳴って、葉月だろうかと取ると、河東カトウの名が表示されていた。一旦、店を出る。

『――あの』

 とりあえず繋げた回線の先で、たっぷりと間を取ったかと思えば、また途切れてしまう。少なくとも、英ではない男性の声。

「どちら様ですか?」
『男?! あ…えっ…と』
「その端末の持ち主との関係は?」
『あの…あのっ、アキラ先輩を助けてください…!』

 雪季は、知らず、眉間をんでいた。得られる情報が少ない。河東の後輩だと言うが、一体どの時点での。そして何故そんな人物が河東の携帯端末を持っているのか。

『今どこですか、迎えに行きます!』

 頭痛をこらえて駅の名を告げると、すぐに行きます、と一声、切れた。
 これはもう顔を合わせて話した方がまだいくらかましだ、ということに期待したい。これで、顔を突き合わせても話が進まなければ色々と投げ出したい気分になりそうで厭だ。
 雪季は、葉月から送られた屋敷の住人の情報にもう一度目を通した。今のところ、雪季が知る登場人物で男は住み込みの使用人のみだ。年齢は、河東よりも二つ下。望月渡流モチヅキワタル。名字が主人と同じなのは、偶然か親戚か何かなのか。
 それほど考え込む間もなく、背の高い男が落ち着きなく周囲を見回しながら駅の改札めがけて駆け付けた。
 考えてみれば、こちらは葉月のおかげで写真を目にしているが、あちらは雪季の顔も容貌も知りはしないのではないか。二度三度と視線が素通りして、雪季は溜息をこらえた。
 電話をかけると、びくりと身を震わせる。そうして、画面に雪季の名が表示されたのを確認したのか、この手があったのか、と言うように目を見開く。わかりやすい。

「…あんたが…?」

 ようやく合流を果たした望月は、呆然とつぶやきを落とした。一体どんな相手を想像していたのか。少なくとも、一見華奢にすら見える雪季ではなかったのだろう。視線が雪季を見落としたのも、そのせいだろう。

「とりあえず、移動しようか。人目のないところの方がいいんじゃないか、お互い」
「…え。ああ…はい…」
「ざっと状況説明もしてもらえると助かる。あの馬鹿は監禁されてるのか軟禁されてるのか、自分で残ってるのか、どれだ」
「どっ…どうしてそれを…っ?!」
「…移動しよう」

 主人に対しては英の文通相手を迎えに、もう一人の使用人に対しては主人に買い物をたのまれたとして出て来たのであまり時間に余裕がない、ということなので適当に歩きながら話をする。これだけを聞き出すのに、既に疲れた。
 そこから更に根気良く、主人が本当に英を息子だと思い込んでいるらしいこと、もう一人の使用人がそうではないと知りながら主人の妄想を支えていること、現在英は足を拘束されてはいるが怪我などを負わされてはいないことなどを引き出していく。

「はじめは、オレが席を外した間にベッドに完全に拘束されてたんだけど、色々話してるうちに全部外させて、メール送らないと同居人が心配症だから警察呼ぶかもとかって一旦はこれも取り戻したし、返すのも山本さんじゃなくてオレに持たせたし、奥様と話してるの聞いてるとカウンセラーみたいだし、アキラ先輩、本当にすごくて」

 その凄い先輩に、雪季は休日に呼びつけられている。
 どこでどうスイッチが入ったのか、場違いな熱弁に、雪季はやや白ける。そこまで凄いのであれば、是非、一人で何事もなかったかのように切り抜けてほしいところなのだが。

「オレが…うっかり名前を呼んだから、こんなことになって…」

 おそらくは近所のガーデンパーティーからの帰りに、散歩中だった主人と望月に遭遇し、望月が驚いてつい「アキラ先輩」と声をかけ、そのことで主人が動転し、家に帰るのに手を貸した英が屋敷にとどめられているのが現状だ。
 彼女の息子も、漢字こそ違え、アキラという名だった。
 確かに名前としては珍しくない音だが、引きがいいと言うべきか悪いと言うべきか。いや、そもそもすべてが偶然とは限らないか、と、雪季は小さく溜息を落とした。
 望月から同僚の女性の話を聞き出すうちに屋敷の近辺にたどり着き、二人は一旦足を止めた。どうすればいいのかと、すがるような眼で見られて軽く肩をすくめて返す。

「正攻法で行けばいいんじゃないか?」

 雪季よりもずっと体格のいい青年は、何を言われたのかわからないとでもいうようにまばたきを繰り返した。 
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