回りくどい帰結

来条恵夢

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梅雨

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 大粒ではないが雨具無しは厳しいような雨をしのぐ傘をたたんでから、入り口付近に傘立てがないことに気付き、雪季セッキはそっと引き戸に手を掛けた。まさか店内に置いてあるのだろうかと思ったが、見当たらない。
 店の中では天井まで届く棚からはみ出るほどに本をはじめとした紙類が詰め込まれているので、濡れた傘を持ち込むのは考え物だ。
 仕方なく雪季は、邪魔にならないよう気をつけながら傘を店外の壁に立てかけ、中に踏み入る前に、ハンカチでざっと上着の雨粒を払い落した。そうして、後ろ手に扉を閉めてからようやく、店の奥に声をかける。

「こんばんは、お邪魔します」
「…おー。どうした何かあったか」

 突き当りのレジの更に奥からのそりと顔を覗かせた店主は、眠っていたのか、まぶしげにまばたきを繰り返しながら手を振った。
 思わず、呆れ混じりの声が出る。

「古本屋に本を見に来たんですが」
「なるほど」

 くあぁ、と音が聞こえて来そうな大きなあくびをして、進士シンジはレジの横を抜けて棚に挟まれた通路に出て来た。やはり寝ていたのか、片手でき回す髪が少しはねている。
 見るまでもなく大体の時刻は判っていたが、腕時計を確認する。三時過ぎ。デジタルではなく文字盤のものだが、二十四時間制で表記したところで同じ三時だ。

「何か探しに来たか? タイトル言ってもらったらわかるかも」
「特に探しているというほどでは。ぶらっと見に来ただけで。…こんな時間まで空けていて、誰か来るんですか?」
「たまに閑人ひまじんが」

 そう言って雪季を指差す。なるほどと納得するが、一応反論してみる。

「これでも、働いた帰りです」
「こんな時間まで? ブラックだな」

 街金の社長に言われたくない。
 雪季は、左手に下げたビニール袋を持ち上げて示した。瓶と缶詰なので持ち重りがする。見れば、手にしっかりと食い込んでいる。雨だからとビニールの袋にしたが、はじめに差し出されたように紙袋にした方が良かったかもしれない。

「ちょっとした手伝いです。閉店まで居たのでこの時間。片付けはもう少しかかるみたいですけど、先に帰らせてもらえました。ついでに、中途半端に余った酒と期限切れの缶詰ももらって来て」
「貧乏学生みたいなことしてんな。居酒屋?」
「バーです」

 簡単な説明で場所の見当はついたどころか行ったこともあるようで、つまみが乾き物と缶詰だけなのがちょっとつまらないんだよな、とこぼした。そうして、「ん?」と首をかしげる。

「なんでそんなとこでバイト?」
「以前少し働いていて、今も月一くらいで入れてもらってるんです。あそこ、立地が良くて」
「…なあ、スノーホワイトって活動再開してたりするか?」

 情報収集に、という意図は伝わったようだが、思いがけない問いかけについ眉根が寄る。気付いた進士は、もう一度片手で髪を掻き回し、深々とため息を落とした。

「少し話すか。奥、上がってくれ。とりあえず店閉めるわ」
「…こんな時間ですけど、何か食べますか? 缶詰と酒ならありますけど」
「おお、頼む。あるもん適当に使ってくれ。毛布くらいならあるから、酔いつぶれて寝ても…今の本業は? 明日日曜か。週休二日?」
「とも限らないけど、明日明後日と休みです。ついでに、この間の上司が泊まりで出かけてるのでこうやって羽を伸ばしてます」
「羽根の伸ばし方おかしくないか?」
「人それぞれですから」

 狭い通路を進士とすれ違い、言われた通りに奥に進む。
 障子しょうじへだてられた部屋はたたみ敷きで、今雪季が入って来たところと台所につながっているところとの出入口以外は本棚と本が圧倒的な存在感を放っている。納まりきらなかった分は畳に積み上げられていて、隅に押しやられたちゃぶ台に乗せられたノートパソコンは、スリープモードになっていた。
 作業をしながら寝落ちたのか、部屋の隅の毛布は折りたたまれたまま使われた気配がない。
 缶詰をせめて加熱しようかと覗き込んだ台所は、ここだけ入れ替えたのか、IH調理器と冷蔵庫が案外新しい。食器棚まであって、不揃ふぞろいな食器が何枚か収まっていた。

「…IHか」

 ガスコンロなら直火じかびで缶を温めればいいが、IHは使えないのではないだろうか。会社の給湯室もIHではあるが、あちらで缶詰を温めようとしたことはないので試したことはない。小鍋でもないかと見ると、何故か、卵焼き用のフライパンと一人用の土鍋だけがあった。
 冷蔵庫を開けると、パックに入ったままの卵が数個。

「氷くらいはあったはずだけど、あるか?」
「…卵焼き、好きなんですか?」
「ん? ああ、それ。俺じゃなくてじじいが。せっかくあるから使ってるだけで、別に好きというほどでも。まあとりあえず、適当に調味料入れて焼いたらそれなりに食べられるしそこそこ満腹感も出るし」
「今、ここで寝起きしてるんですか?」
「そこそこ」

 どうにもつかめない人だなと思い、そんな人のプライベート空間にあっさりと踏み込んでしまった自分もどうだろうと、雪季は首を傾げた。どうしてこうなった。
 改めて、周囲に癖のある人間しかいないような気がするが、うっかりそんなことを口にすれば同類だろうと言われるような気もして、諦めて呑み込む。
 そんなことよりも、と、料理の算段を立てる。妙な思考に陥るよりは、食べることを考える方がまだ建設的な気がする。

「…ホタテのオムレツと…パンかクラッカーありますか? 卵とクリームチーズもらいますね」

 進士が戸棚からクラッカーの箱を引っ張り出すのを横目に、冷蔵庫から卵を三つと個包装のクリームチーズをいくつか取り出し、ホタテの水煮缶と顆粒の鶏ガラスープの素、さば缶をいい加減伸び切ったビニールの袋から取り出す。
 酒は、炭酸水が見えたから、ハイボールでいいだろうか。ビールの缶も冷えていた。
 卵焼き用の長方形のフライパンに鯖缶を開けて軽く温め、クリームチーズと混ぜる。それを小鉢に盛って、ざっと洗った玉子焼き機には、鶏がらスープとホタテを混ぜた卵液を流し込み、ゆるく焼き上げた。こちらは皿に乗せ、野菜が欲しいところだが何もないのであきらめる。

手際てぎわいいなあ」
「慣れですよ、こういうのは。ハイボールでいいですか?」
「カクテルは作ってくれないのか、バーテンさん?」
「ハイボールだって立派なカクテルですよ。その前に、不熱心な学生バイト程度の腕前なので、バーテンと名乗るのはおこがましいです」

 中央に異動したちゃぶ台につまみとグラスを並べ、ハイボールを作ったが、進士はまず湯気の立ったオムレツに手を伸ばした。フライパンが小さかったため小さく何度かに分けて焼いたうちの一つを、まるごと箸で取ろうとして落としかけている。
 雪季は、さっさとハイボールに口をつけ、こんなものかなと首をひねる。
 ロックアイスなので冷蔵庫の製氷機の氷を使うよりは美味しいかもしれないが、果たしてちゃんと味の違いが分かるかといえば怪しい気がする。生憎あいにくとレモンもなかったので、本当に残り物のウイスキーを炭酸水で割っただけだ。
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