回りくどい帰結

来条恵夢

文字の大きさ
77 / 130
梅雨

しおりを挟む
「うわ、なんだこれ。うまい」

 鯖缶とクリームチーズのディップに目を瞠る進士に、笑みがこぼれる。喜んでもらえるのは、素直にうれしい。
 作り方を伝えると、案外簡単なんだなあとひどく感心したような声が返る。思えば、進士は、実際のところ本心かどうかはともかく、心からと思えるような反応が多い。そこが、妙に気安く思えるところなのだろうか。アキラもだが、人との距離の取り方がうまい。
 そうして一通り味を確かめるようにつまんでいくと、眼差しから笑みを引いた。グラスは片手にしたまま、真っ直ぐに雪季を見る。

「この頃、白雪シラユキって通り名で動いてる奴がいてな。十八番おはこは毒。…毒と言うか薬と言うか」
「広い意味では同じものですね」
「だな。で、依頼の受付に仲介人が立って、素性が分かりにくいのもお前と同じだ」 

 雪季が殺人を生業なりわいにしていた頃、仕事の受注は師に任せていた。最終的な決定権はゆだねられていたが、雪季のところに話が回ってくる時点で師の選別が入っていたし、条件のすり合わせや依頼人との面談などを雪季が行ったことはほとんどない。
 仲介人が入ること自体はそう珍しくもないが、極力正体を隠してくれていたのは、職を変えた今となると殊更にありがたかった。それでも多少の情報は流れていたしスノーホワイトとして雪季を知る者もいないではなかったが、女装を活用したことでいくらか目くらましにもなっていた。
 すきを突いての一撃必殺が多かったことと相俟あいまって、スノーホワイトは女性ではないかとの噂も流れていた。
 女性でもできそうな殺害方法であったためで、そして、毒殺というのも古来、非力な女性が選びがちな殺害方法だ。

「…それで、俺が復職したのではないかと?」
「そもそも名前が被ってたからな。スノーホワイトの実績を取り込もうとしたのかたまたまかは知らないが、両方を知ってりゃ、もしかして、くらいは考えるだろ」
「とりあえず覚えはありません」
「…そんなにあっさり手の内さらしていいのか?」

 雪季に向けられた眼は強いままで、それもそうだと思いながら、グラスを傾ける。

「初めて会った時」
「ん?」

 進士と初めて出会ったのは、仕事の障害になりそうだったラッツの様子を窺いに行った時。
 ほんの様子見のつもりだったから、むしろ風景に溶け込むかと脱ぎ捨てたばかりの制服姿でふらふらとしていたのに、何故か進士に勘付かれた。

「…父を思い出しました」
「…いや待て会った時って俺まだ二十半ば…」
「三十手前ですよね?」
「どっちにしても高校生の息子持つような歳じゃない!」
「中学生と間違えた癖に」
「それとこれとは関係ないだろ」

 本当に不満げで、少し笑ってしまう。そんな雪季に、進士はいよいよ口を尖らせ、たっぷりとディップを乗せたクラッカーを口に放り込み、グラスを傾ける。空いたところに、雪季が新しくそそぐ。
 雪季の父が、家で酒を飲むのは見たことがなかった。

「全然似てないんですけどね。年齢だって…今の谷崎さんと同じくらいかな。裏表のない人だったんですけど、ちょっと、笑い方が似てるんです」
「…お前の親父さんって」
「裏表がなさ過ぎて、社会を渡って行くのは不向きだったみたいです。俺が中学に上がる前に殺されました」

 なんとなく揺らしたグラスの中で、氷がからんと音を立てる。
 記憶の中の最後の方の父が、今の進士と同じくらいの年だということが奇妙に感じられる。雪季も、あと十年ほどでそこに追いつくということが信じにくい。
 父も母も、絶対的な「大人」だった。小学生の頃の親なんて、そんなものだろうと思う。それを実感を伴ってくつがえす機会は、雪季に来るだろうか。もう二人には、会えることはないままで。
 ぼんやりと自らの内にひたっていることに気づいて、もう一度からりと氷を鳴らして切り替える。苦笑がこぼれた。

「今の俺は、ただの一般人ですから。手の内をさらすも何もないですよ。それに、これまでのことでむくいを受けるなら仕方ないです」

 何故かぎょっとしたように目を見開いた進士は、数瞬でそれを打ち消し、深々とため息をついた。

「お前なあ。俺よりも十も若いってのに、投げやりなこと言うんじゃねえよ」
「…投げやりというつもりはないんですが」
「投げてるだろ、自分を。危なっかしい奴だとは思ってたけど、ここまでとはな」
「勝手に話を進めないでください」

 ホタテのオムレツを切り取る。思ったよりも柔らかく、もう少し汁気を減らすべきだったろうかと考える。味は、缶詰と顆粒スープの素なので大体想像していた通りだ。
 対面の進士は、注いだばかりのハイボールを一息に傾ける。

「お前さ、子どもの頃は…なんて言うか、ちゃんとした家で、ちゃんと育って来ただろ」
「はあ…?」
「何の因果いんがであんな人でなしのおやっさんに弟子入りしたんだか知らねえけど、親だか親代わりだかに愛情注がれてただろ。そういう根っこのところがしっかりしてる奴はなんとなくわかる。こっち側は俺みたいな根っこが植わってないのが多いから、余計にわかりやすい。そりゃあ何不自由なく愛情もたっぷりに育てられても、こっちに転げ落ちてくる奴はいるけど…あの時はまだ俺も若かったんだな。そんなのを、面白いと思っちまったんだから」
「…年寄扱いすると怒るのでは?」

 話の行方が見えず、進士の空になったグラスを気にしながらも、雪季はゆっくりと自分のハイボールを飲み進めた。今注ぐとまた一気飲みしそうな気がするので、しばらく置いた方がいいだろうか。

「誰が年寄りだ。…でも俺も、俺なりに歳は喰って来たんだよ。お前に会った時に、面白がるんじゃなく叱り飛ばすくらいすべきだったんじゃなかったかって思うくらいには年取ったんだよ」

 真っ向から見据えられての発言に、雪季は、とりあえずグラスを置いてゆっくりとまばたきをして一度考えこみ、結局首を傾げた。
 そもそも進士と出会ったときは、敵対とまでは言わなくとも対抗はしていた。そんな相手に叱られたところで到底素直に聞き入れたとは思えず、そのままただ対立者として物別れに終わるよりも、こうやってなんとなくでも友好関係が続いている方が雪季としては有り難いのだが。

「…もしかして谷崎さん、酒弱いですか?」
「阿呆。このくらいで酔うか」

 そう言うが、どうにも眼がわっているような気がする。

「…お前がなんでだか…って、さっきの話からすると父親に似てるからか? なついてくれたのは知ってる。でも、どうしても俺が邪魔になればあっさり始末しただろ」
「仕事でもないのに人殺しなんてしませんよ」
「あーそうかい。じゃあ、俺を殺せって仕事が来たら、引き受けただろ」
「まあ…引き受けていれば、遂行しようとはしたと思います」
「なんでそうなるんだよ…」

 非常識なものを見る眼差しを向けられ、雪季は心外だと内心で憤慨した。
 非常識な反応であることはわかっているが、かつてラッツの代表者のような立場にいて、最終的にはそのとどめを刺した街金だか闇金だかの経営者に言われたくない。
 雪季の不満を感じ取ったのか、酒の催促さいそくをして、進士はがりがりと頭を掻いた。

「流れに乗りすぎだろ、お前。もう少し自分を大切にしろ」
「…何か無茶苦茶なことを言ってませんか?」
「こだわらなすぎるのもひたすら流れに身を任せるのも、自分をモノ扱いしてなきゃできねえよ。もうちょっと、自分に執着持て」
「…ないわけでもないですよ」
「どうだか」

 雪季自身のことなのに自信たっぷりに断言され、そういうものかと思いそうになるが、いやいや、と首を振る。

「今と以前では違います。多分、あの頃よりは谷崎さんのことを信頼してるんじゃないですか?」
「…多分に最後なんで疑問形」
「なんとなく」
「なんだそれ」

 進士は呆れたような表情になったが、少し薄めに作ったハイボールを一気に飲み干し、ふわりと力の抜けた笑みをこぼした。こういう、無防備に思える表情が漏れ出るところがモテる秘訣だろうなあと、不意に明後日の方向に思考が飛ぶ。
 空のコップを示されて、ウイスキーは尽きたのでカシスリキュールを炭酸水で割る。

「うわ、凄い色。何これ?」
「カシスです。甘いの平気でした?」
「作ってから言うなよ、平気だけど。…まあ、変わったならいいさ。俺なんかを信頼するあたり、まだ危なっかしいけどな」

 そういえば進士のこともあまり知らないのだと、今更に雪季は気付く。それでも、だからといってこの信頼が消えたりはしない。
 クラッカーにディップを塗り付けていると、さらわれた。

「関係ないならないでいいけど、変な影響もあるかもしれないからな。注意はしとけよ」
「はい、ありがとうございます」
「…返事だけは素直なんだけどなあ」

 別段、含みも反意も持っていなかった雪季は、納得のいかない思いで新しいクラッカーを手に取った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

とある男の包〇治療体験記

moz34
エッセイ・ノンフィクション
手術の体験記

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

処理中です...