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梅雨
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目覚めて数瞬、自分のいる場所をつかみ損ねて、それでもすぐに古本屋の奥の私室だと気づいた。
耳には静かな雨音が聞こえ、ついでに、目覚めたのはどうも新聞配達の音だったようだと走り去る自転車の音に見当をつける。ビニールに包まれた新聞が、郵便の受け口か何かにあたって立てた音を聞いたような気がする。
ほの暗い室内を見回すと、ちゃぶ台は隅に立てかけられ、雪季の寝ているそこそこ近くに毛布からはみ出た進士が大の字になっていた。雪季自身は、タオルケットにくるまっている。
梅雨冷なのか、タオルケット一枚で少し寒さを感じるくらいなので、毛布とはいえ体の大半にかかっていなければ意味がない。風邪をひきそうで、そっと手を伸ばす。
「ん~…」
起こしたか、とつい手を引くが、目を開ける様子はない。結局、毛布を掛け直しても全く気付いた気配はなかった。
寝入る前に頭の辺りに置いた携帯端末で確認すると、横になってからまだ一時間ほど。このあたりの新聞配達は遅いなとぼんやりと考える。今日は特に用事はないので、寝直そうと目を閉じる。
雨音が耳に残る。覚醒を促すものではなく、眠気に寄り添うように意識を埋めていく。
――ねえ
どのくらい経ったのか、囁くような声が聞こえたような気がした。
目を開けようとしたが、ひどい睡魔に襲われた時のように瞼が持ち上がらない。思考もぼんやりとして、まだ半ば眠りの中にいる。雪季にしては珍しいような、夜毎の浅い眠りそのもののような、どちらともつかない感覚。
か細い雨音に紛れるように、何かを言われているような気がする。誰かがいるのか、確かめようにも眠ったままのような体は動いてくれない。
不思議と、危機感はなかった。
下手をすれば命にかかわるような状態だと過去の経験が訴えながらも、そういったものとは違うと何かが堰き止めるように。
そして、何かを話しかけられているような気はするのだが、何を言われているのかはよくわからない。声が小さいというよりは、電波がちゃんと合っていないラジオのようだ。
「うるせえなあ。いくら伝わらないからって関係ない奴に話しかけるなよ。しかも人んちで」
張り上げているわけでもない低い声は、淡々と響いた。怒っているわけではなく、ただ迷惑そうに、少しばかり窘めるような声色。
「ぼそぼそ喋られると余計に耳に残んだよ。安眠妨害だ、どっかいってくれ。どうせ数十年もすりゃあおんなじとこに行くだろ」
――そうね
ふっと息だけで笑ったような声が応えた、ような気がした。次いで、起き上がるような気配がしたが、そのころには雪季の意識は強く眠りに引っ張られていった。
そうして、珍しくも深い眠りに落ちた。
耳には静かな雨音が聞こえ、ついでに、目覚めたのはどうも新聞配達の音だったようだと走り去る自転車の音に見当をつける。ビニールに包まれた新聞が、郵便の受け口か何かにあたって立てた音を聞いたような気がする。
ほの暗い室内を見回すと、ちゃぶ台は隅に立てかけられ、雪季の寝ているそこそこ近くに毛布からはみ出た進士が大の字になっていた。雪季自身は、タオルケットにくるまっている。
梅雨冷なのか、タオルケット一枚で少し寒さを感じるくらいなので、毛布とはいえ体の大半にかかっていなければ意味がない。風邪をひきそうで、そっと手を伸ばす。
「ん~…」
起こしたか、とつい手を引くが、目を開ける様子はない。結局、毛布を掛け直しても全く気付いた気配はなかった。
寝入る前に頭の辺りに置いた携帯端末で確認すると、横になってからまだ一時間ほど。このあたりの新聞配達は遅いなとぼんやりと考える。今日は特に用事はないので、寝直そうと目を閉じる。
雨音が耳に残る。覚醒を促すものではなく、眠気に寄り添うように意識を埋めていく。
――ねえ
どのくらい経ったのか、囁くような声が聞こえたような気がした。
目を開けようとしたが、ひどい睡魔に襲われた時のように瞼が持ち上がらない。思考もぼんやりとして、まだ半ば眠りの中にいる。雪季にしては珍しいような、夜毎の浅い眠りそのもののような、どちらともつかない感覚。
か細い雨音に紛れるように、何かを言われているような気がする。誰かがいるのか、確かめようにも眠ったままのような体は動いてくれない。
不思議と、危機感はなかった。
下手をすれば命にかかわるような状態だと過去の経験が訴えながらも、そういったものとは違うと何かが堰き止めるように。
そして、何かを話しかけられているような気はするのだが、何を言われているのかはよくわからない。声が小さいというよりは、電波がちゃんと合っていないラジオのようだ。
「うるせえなあ。いくら伝わらないからって関係ない奴に話しかけるなよ。しかも人んちで」
張り上げているわけでもない低い声は、淡々と響いた。怒っているわけではなく、ただ迷惑そうに、少しばかり窘めるような声色。
「ぼそぼそ喋られると余計に耳に残んだよ。安眠妨害だ、どっかいってくれ。どうせ数十年もすりゃあおんなじとこに行くだろ」
――そうね
ふっと息だけで笑ったような声が応えた、ような気がした。次いで、起き上がるような気配がしたが、そのころには雪季の意識は強く眠りに引っ張られていった。
そうして、珍しくも深い眠りに落ちた。
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