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邂逅
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小鍋のおじやを二人で平らげると、赤色の鮮やかなハイビスカスティーと雪季が買ってきた三種のベリーのロールケーキを並べる。
よくよく考えると、結愛の食べる量は英よりも多いかもしれない。体は、結愛の方がずっと小さいのだが。
「…ユキちゃん何か言いたいことでも?」
「え。いや。なんで」
「ふうん? …ベリーがちょっと酸っぱそうだから、はちみつたっぷりがいいかな」
何をどう察したのか雪季を軽く睨み付けてから、瓶入りのはちみつにさじを差し入れ、たっぷりとすくい上げる。滑らかに零れ落ちるはちみつは太い糸のようになかなか切れないが、素早くさじを一回転させて切り、たっぷりとすくったはちみつも落とさず、ハイビスカスティーに沈める。
見かけはふわふわと動きのゆったりとしていそうに思える結愛だが、こういった手際はいい。料理も、結愛は雪季の腕を褒めてくれるが、結愛自身が作れないわけではない。
ただ、作ることや食べることを面倒に思ったり忘れてしまうことが多いだけで。
「なに?」
「え?」
「じっと見るから」
「ああ…。いや、真柴って実は器用だったなと思って」
「ユキちゃんは案外ズボラだもんね。はちみつ、入れようか?」
ズボラだの大雑把だの雑だのと、言われたところで自覚があるので否定できない。雪季は、大人しくカップを結愛の前に押し出した。
「旅行、楽しかった?」
「…まあ、それなりに」
「一月まるまるって贅沢だよね。あ、でも仕事込みだった? だったら、それはそれで大変?」
「いや…俺はただ連れ回されただけだから。半分は休みってことで、河東にいろいろ案内してもらったし。生きたガイドブックみたいな奴だよ」
「それはちょっとひどいかも」
言いつつ、結愛は笑う。どこか見覚えのある表情だと思ったら、母が、学校であったことを話したときに浮かべた笑顔に似ていた。そのことで、妙なむずがゆさを感じてしまう。
だが考えてみれば、似たような状況なのかもしれない。
昨日帰国したばかりだが、雪季は英とヨーロッパ周遊旅行に出ていた。同窓会の後に英が出した案は冗談では終わらず、夏休みと仕事を絡めて丸一月。結愛のいなかった旅行の話をするのは、立ち入ることのできない学校の話を家族にするのと変わらないのではないだろうか。
ぼんやりとそんなことを考えながら、促されるままに取り留めなく話をしていく。写真やメッセージのやり取りはしていたから、それらも見ながら、なかなか尽きることがない。
「湿度のせいか、空気が違うのが印象に残ってる。あと、空港はその国の匂いがするっていうのも少しわかった気がする」
「へえ。いいなあ、私も行ってみたくなるなあ、海外。でも言葉がわからないからなあ…みっちり英語の授業あったのに、英語すら喋れないし聞き取れないし。第二外国語で取った中国語に至っては、どうにか簡体字に読めるのがある程度だし」
「言葉に関しては、俺も全然。単語がいくつか拾える程度」
なんとなく顔を見合わせて、期せずしてため息が重なった。
「河東君、何か国語喋れるの?」
「さあ…英語とイタリアとフランスドイツあたりは、流暢に喋ってた。俺には区別がつかないのもあるし、片言や単語程度ならもっとある気がする」
「…多言語喋れる人の頭の中ってどうなってるの…?」
「さあ…」
もう一度、ため息が被る。
言語習得は一種の才能ではないだろうかと雪季は思う。耳がいい人は覚えやすいとも言うが、音感も関係するのだろうか。何かの集まりで耳にした英の歌は結構様になっていた。雪季は、人前で歌いたいと思ったことはない。
結愛は、ロールケーキを平らげてチョコレートのかかったクッキーに手を伸ばした。
「河東君並みに喋れる人が一緒にいても、やっぱりちょっと怖いな。ずっと一緒ってわけじゃないもんね。ユキちゃん、困ったりしなかった?」
「…状況にもよるけど、互いにどうにか意思疎通しようって気があれば、なんとなくどうにかはなったような。通訳アプリもあったし。そう言えば、スリの子と海を見ながら屋台で買ったミートパイみたいなのを並んで食べたな」
「ええ? スリ? スリってスリ? 財布するやつ?」
「そのスリ」
何それ聞いてない、と、勢いよく言われて苦笑する。
英と別行動でふらふらとしていた時に、おのぼりの観光客と思われたのか、少年に財布を狙われた。雪季は異国の地には慣れていないが、人の気配はわかる。
阻止はしたもののなんとなく気になって、だが言葉が通じず、英に連絡して来てもらうまで、流れでそういうことになった。
やって来た英には、少し笑われた。
「ドラマだね」
「ドラマ?」
「うん。絵になる感じ。その子は、今は?」
「英がバイトみたいなの紹介してたから、そのまま運と根気があればスリはやめるんじゃないかと」
「海外でまでそういう斡旋できるの? あ。でも、そうだよね、仕事込みで海外旅行いったんだから伝手はあるのか」
「みたいだな」
「河東君良い人だね」
邪魔にならなければ、多少の意地悪はともかく、英は概ね「良い人」だ。だから間違ってはいないのだが、その一言でまとめてしまっていいものなのかは疑問が残る。
どんな表情になっていたものか、結愛が苦笑した。
「まだ、友達じゃないって言う?」
「…どうだろうな」
「お。ちょっと進歩したね」
からかうように笑う。
結愛が本当に姉だったらよかったのに、と一瞬だけ思って、雪季は、すぐに心の中で首を振った。たとえ血がつながっていたからといって、その関係が良好だからといって、つながりが切れるときは切れる。
そんなことに縋るよりは、つながり続ける努力をすべきなのだろう。
よくよく考えると、結愛の食べる量は英よりも多いかもしれない。体は、結愛の方がずっと小さいのだが。
「…ユキちゃん何か言いたいことでも?」
「え。いや。なんで」
「ふうん? …ベリーがちょっと酸っぱそうだから、はちみつたっぷりがいいかな」
何をどう察したのか雪季を軽く睨み付けてから、瓶入りのはちみつにさじを差し入れ、たっぷりとすくい上げる。滑らかに零れ落ちるはちみつは太い糸のようになかなか切れないが、素早くさじを一回転させて切り、たっぷりとすくったはちみつも落とさず、ハイビスカスティーに沈める。
見かけはふわふわと動きのゆったりとしていそうに思える結愛だが、こういった手際はいい。料理も、結愛は雪季の腕を褒めてくれるが、結愛自身が作れないわけではない。
ただ、作ることや食べることを面倒に思ったり忘れてしまうことが多いだけで。
「なに?」
「え?」
「じっと見るから」
「ああ…。いや、真柴って実は器用だったなと思って」
「ユキちゃんは案外ズボラだもんね。はちみつ、入れようか?」
ズボラだの大雑把だの雑だのと、言われたところで自覚があるので否定できない。雪季は、大人しくカップを結愛の前に押し出した。
「旅行、楽しかった?」
「…まあ、それなりに」
「一月まるまるって贅沢だよね。あ、でも仕事込みだった? だったら、それはそれで大変?」
「いや…俺はただ連れ回されただけだから。半分は休みってことで、河東にいろいろ案内してもらったし。生きたガイドブックみたいな奴だよ」
「それはちょっとひどいかも」
言いつつ、結愛は笑う。どこか見覚えのある表情だと思ったら、母が、学校であったことを話したときに浮かべた笑顔に似ていた。そのことで、妙なむずがゆさを感じてしまう。
だが考えてみれば、似たような状況なのかもしれない。
昨日帰国したばかりだが、雪季は英とヨーロッパ周遊旅行に出ていた。同窓会の後に英が出した案は冗談では終わらず、夏休みと仕事を絡めて丸一月。結愛のいなかった旅行の話をするのは、立ち入ることのできない学校の話を家族にするのと変わらないのではないだろうか。
ぼんやりとそんなことを考えながら、促されるままに取り留めなく話をしていく。写真やメッセージのやり取りはしていたから、それらも見ながら、なかなか尽きることがない。
「湿度のせいか、空気が違うのが印象に残ってる。あと、空港はその国の匂いがするっていうのも少しわかった気がする」
「へえ。いいなあ、私も行ってみたくなるなあ、海外。でも言葉がわからないからなあ…みっちり英語の授業あったのに、英語すら喋れないし聞き取れないし。第二外国語で取った中国語に至っては、どうにか簡体字に読めるのがある程度だし」
「言葉に関しては、俺も全然。単語がいくつか拾える程度」
なんとなく顔を見合わせて、期せずしてため息が重なった。
「河東君、何か国語喋れるの?」
「さあ…英語とイタリアとフランスドイツあたりは、流暢に喋ってた。俺には区別がつかないのもあるし、片言や単語程度ならもっとある気がする」
「…多言語喋れる人の頭の中ってどうなってるの…?」
「さあ…」
もう一度、ため息が被る。
言語習得は一種の才能ではないだろうかと雪季は思う。耳がいい人は覚えやすいとも言うが、音感も関係するのだろうか。何かの集まりで耳にした英の歌は結構様になっていた。雪季は、人前で歌いたいと思ったことはない。
結愛は、ロールケーキを平らげてチョコレートのかかったクッキーに手を伸ばした。
「河東君並みに喋れる人が一緒にいても、やっぱりちょっと怖いな。ずっと一緒ってわけじゃないもんね。ユキちゃん、困ったりしなかった?」
「…状況にもよるけど、互いにどうにか意思疎通しようって気があれば、なんとなくどうにかはなったような。通訳アプリもあったし。そう言えば、スリの子と海を見ながら屋台で買ったミートパイみたいなのを並んで食べたな」
「ええ? スリ? スリってスリ? 財布するやつ?」
「そのスリ」
何それ聞いてない、と、勢いよく言われて苦笑する。
英と別行動でふらふらとしていた時に、おのぼりの観光客と思われたのか、少年に財布を狙われた。雪季は異国の地には慣れていないが、人の気配はわかる。
阻止はしたもののなんとなく気になって、だが言葉が通じず、英に連絡して来てもらうまで、流れでそういうことになった。
やって来た英には、少し笑われた。
「ドラマだね」
「ドラマ?」
「うん。絵になる感じ。その子は、今は?」
「英がバイトみたいなの紹介してたから、そのまま運と根気があればスリはやめるんじゃないかと」
「海外でまでそういう斡旋できるの? あ。でも、そうだよね、仕事込みで海外旅行いったんだから伝手はあるのか」
「みたいだな」
「河東君良い人だね」
邪魔にならなければ、多少の意地悪はともかく、英は概ね「良い人」だ。だから間違ってはいないのだが、その一言でまとめてしまっていいものなのかは疑問が残る。
どんな表情になっていたものか、結愛が苦笑した。
「まだ、友達じゃないって言う?」
「…どうだろうな」
「お。ちょっと進歩したね」
からかうように笑う。
結愛が本当に姉だったらよかったのに、と一瞬だけ思って、雪季は、すぐに心の中で首を振った。たとえ血がつながっていたからといって、その関係が良好だからといって、つながりが切れるときは切れる。
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