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邂逅
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いつの間にか日暮れの早くなっていた空の下、雪季は結愛の住居を後にした。
土産を渡しに来たはずなのだが、貰い物だとか多く買ったからだとかで、来た時よりも荷物が増えたかもしれない。実家か。聞いただけでしかないその感じを、どこかこそばゆく感じる。
このまままっすぐ帰るか、昨日はほとんど帰国報告と土産を渡すだけで終わってしまったので、一度会社に寄るかどうしようかと考えながら、改札へと足を向けた。
「あの…中原さん!」
「はい?」
声をかけられて振り向くと、小柄な女性がほっとしたように駆け寄ってきた。視線と気配は感じていたが、意外な正体に少し首を傾げてしまう。
「よかった、合ってて。違う人だったらどうしようかと…あ、わかりますか、シャングリラでバイトしてる…」
「ああ。うん、いつもお世話になってます」
「いえこちらこそ」
喫茶店のシャングリラのアルバイトの大学生、だったと思うが、嬉しげに声をかけられる理由は思い当たらない。単に、思いがけない場所で知り合いに遭遇してテンションが上がってしまったということだろうか。
それにしては、さすがに結愛の家を出たところからではないが、長く視線が張り付いていたような気がする。単に自信がなかっただけなのか意図があったのか。
「あの…。突然ですみません、少し相談に乗ってもらえませんか?」
「…はい?」
「そろそろ就活…就職活動のこと考えなきゃいけないんですけど、そのことで働いてる人の話とか聞けたらって…中原さん、まだ大学出てそんなに経ってないですよね?」
「あ。いや、俺、大学は行ってなくて、今のところも伝手とかコネみたいなもので」
失礼なことを訊いただろうか、と思ったのが判る様子に、雪季は柔らかく笑んで見せた。
「参考にならないかも知れないけど、少し話すくらいなら」
「ありがとうございます!」
深々と下げられた頭を上げさせて、駅の近くにあるチェーンのコーヒーショップに入った。奢り合いで少しだけ揉めて、結局、それぞれの飲み物分はそれぞれで払うことで落ち着く。
そういえばまだ名前も知らないですよね、という彼女の少し慌てたような言葉から、今更ながらの自己紹介が始まった。
白旗詩音と名乗った彼女は、文学部に通っているという。就活というから大学の三年生かと思えば、まだ二年生。
雪季の通っていた高校は、公立ではあるがかろうじて進学校の分類に引っかかっていて、生徒たちはほとんど考えるまでもなく大学や専門学校の進学を選んでいた。同じ学年で卒業後の進路が就職だったのは数人で、どちらでもなく言わばフリーターというのは、雪季だけだった。
それでも、雪季が関わった人や職場はそこそこ多岐に亘るので、話だけはいろいろと聞いたし、話のタネになるようにと仕入れたりもした。
「俺の同級生だと、三年くらいから始めてた気がするんだけど…それでも早いなって思ってたけど、今はもっと早まってるんだ?」
「んー、さすがに内々定とか出るのは三年生くらいからみたいですけど、早めに動いとかないと、インターンシップとかすぐ埋まっちゃって。教育実習行ったり、学芸員とか…資格関係の必修は三年四年で固まってたりするから、今のうちにせめて方向とか決めとかないと身動き取れなくなっちゃいそうなんですよね」
「大変そうだね。大学生って、もっと気楽なのかと思ってた」
「楽は楽ですよ。高校みたいに、そんなにきっちり宿題とか制服もないですし、バイトも自由にできるし。あ、私が行ってた高校、許可制だったんです。ちょっと目立つのとかお酒扱うとことかアウトで、管理されてるーって感じだったんですけど、大学生になったら一気にそういう制限なくなって、ちょっと吃驚しました」
どこまでも生真面目な印象を受ける話しぶりや、仕草。シャングリラでのバイト中も、どちらかと言えば古風な喫茶店にしっくりと納まっていた。
肩に少しかかって、どうにか一つに束ねられそうな長さの髪も、薄色ではあるが、染めているのではなく天然だと言っていたのを耳にしたことがある。
他愛ない言葉を交わしながら、やはり大学生の就職活動に関して、新聞やテレビにのぼる程度しか雪季には言えそうなことはないと判断する。
英に橋渡しすべきか、さっさと本題を促すべきか、どうしようとかと薄く浮かべた笑みの下で考える。
生真面目さは、彼女の本質の一端ではあるだろうと思う。ただそこに、それだけでない何か、歪な何かも感じ取れる気が雪季にはした。
そして、覚えのある名字。記憶の片隅に引っかかっていたそれ。
「教員採用試験は受けないの?」
「勧められたから資格は取ろうかなとは思ってるんですけど、実は、先生にあんまりいい印象ってないんですよね。ただの人なんだから仕方ないんですけど、それならそれで見せかけだけの公正さも出さなくていいのになって」
「…何かあった?」
「よくある話ですよ。うち、母が父に浮気されてから家事のほとんどを放棄してて。そんなだから余計に父は帰って来ないし、お手本もないままその環境で育っちゃったから、私もなにもできなくて。そんな状態で小学校に通い出したら、まあ、いじめられますよね。お風呂や歯磨きも適当で着替えることも少なくて、結構臭ってただろうなって思うし」
さらりと口にした言葉は、本題の導入のように思えた。合いの手を挟むでもなく、雪季は続きを待つ。
白旗は、カフェラテのストローをくるりと回した。
土産を渡しに来たはずなのだが、貰い物だとか多く買ったからだとかで、来た時よりも荷物が増えたかもしれない。実家か。聞いただけでしかないその感じを、どこかこそばゆく感じる。
このまままっすぐ帰るか、昨日はほとんど帰国報告と土産を渡すだけで終わってしまったので、一度会社に寄るかどうしようかと考えながら、改札へと足を向けた。
「あの…中原さん!」
「はい?」
声をかけられて振り向くと、小柄な女性がほっとしたように駆け寄ってきた。視線と気配は感じていたが、意外な正体に少し首を傾げてしまう。
「よかった、合ってて。違う人だったらどうしようかと…あ、わかりますか、シャングリラでバイトしてる…」
「ああ。うん、いつもお世話になってます」
「いえこちらこそ」
喫茶店のシャングリラのアルバイトの大学生、だったと思うが、嬉しげに声をかけられる理由は思い当たらない。単に、思いがけない場所で知り合いに遭遇してテンションが上がってしまったということだろうか。
それにしては、さすがに結愛の家を出たところからではないが、長く視線が張り付いていたような気がする。単に自信がなかっただけなのか意図があったのか。
「あの…。突然ですみません、少し相談に乗ってもらえませんか?」
「…はい?」
「そろそろ就活…就職活動のこと考えなきゃいけないんですけど、そのことで働いてる人の話とか聞けたらって…中原さん、まだ大学出てそんなに経ってないですよね?」
「あ。いや、俺、大学は行ってなくて、今のところも伝手とかコネみたいなもので」
失礼なことを訊いただろうか、と思ったのが判る様子に、雪季は柔らかく笑んで見せた。
「参考にならないかも知れないけど、少し話すくらいなら」
「ありがとうございます!」
深々と下げられた頭を上げさせて、駅の近くにあるチェーンのコーヒーショップに入った。奢り合いで少しだけ揉めて、結局、それぞれの飲み物分はそれぞれで払うことで落ち着く。
そういえばまだ名前も知らないですよね、という彼女の少し慌てたような言葉から、今更ながらの自己紹介が始まった。
白旗詩音と名乗った彼女は、文学部に通っているという。就活というから大学の三年生かと思えば、まだ二年生。
雪季の通っていた高校は、公立ではあるがかろうじて進学校の分類に引っかかっていて、生徒たちはほとんど考えるまでもなく大学や専門学校の進学を選んでいた。同じ学年で卒業後の進路が就職だったのは数人で、どちらでもなく言わばフリーターというのは、雪季だけだった。
それでも、雪季が関わった人や職場はそこそこ多岐に亘るので、話だけはいろいろと聞いたし、話のタネになるようにと仕入れたりもした。
「俺の同級生だと、三年くらいから始めてた気がするんだけど…それでも早いなって思ってたけど、今はもっと早まってるんだ?」
「んー、さすがに内々定とか出るのは三年生くらいからみたいですけど、早めに動いとかないと、インターンシップとかすぐ埋まっちゃって。教育実習行ったり、学芸員とか…資格関係の必修は三年四年で固まってたりするから、今のうちにせめて方向とか決めとかないと身動き取れなくなっちゃいそうなんですよね」
「大変そうだね。大学生って、もっと気楽なのかと思ってた」
「楽は楽ですよ。高校みたいに、そんなにきっちり宿題とか制服もないですし、バイトも自由にできるし。あ、私が行ってた高校、許可制だったんです。ちょっと目立つのとかお酒扱うとことかアウトで、管理されてるーって感じだったんですけど、大学生になったら一気にそういう制限なくなって、ちょっと吃驚しました」
どこまでも生真面目な印象を受ける話しぶりや、仕草。シャングリラでのバイト中も、どちらかと言えば古風な喫茶店にしっくりと納まっていた。
肩に少しかかって、どうにか一つに束ねられそうな長さの髪も、薄色ではあるが、染めているのではなく天然だと言っていたのを耳にしたことがある。
他愛ない言葉を交わしながら、やはり大学生の就職活動に関して、新聞やテレビにのぼる程度しか雪季には言えそうなことはないと判断する。
英に橋渡しすべきか、さっさと本題を促すべきか、どうしようとかと薄く浮かべた笑みの下で考える。
生真面目さは、彼女の本質の一端ではあるだろうと思う。ただそこに、それだけでない何か、歪な何かも感じ取れる気が雪季にはした。
そして、覚えのある名字。記憶の片隅に引っかかっていたそれ。
「教員採用試験は受けないの?」
「勧められたから資格は取ろうかなとは思ってるんですけど、実は、先生にあんまりいい印象ってないんですよね。ただの人なんだから仕方ないんですけど、それならそれで見せかけだけの公正さも出さなくていいのになって」
「…何かあった?」
「よくある話ですよ。うち、母が父に浮気されてから家事のほとんどを放棄してて。そんなだから余計に父は帰って来ないし、お手本もないままその環境で育っちゃったから、私もなにもできなくて。そんな状態で小学校に通い出したら、まあ、いじめられますよね。お風呂や歯磨きも適当で着替えることも少なくて、結構臭ってただろうなって思うし」
さらりと口にした言葉は、本題の導入のように思えた。合いの手を挟むでもなく、雪季は続きを待つ。
白旗は、カフェラテのストローをくるりと回した。
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