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邂逅
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「母が死んで父が私を施設に入れて、すごいこんな世界あるんだ、って結構感激したんですよね。勉強とか毎日の生活とか、え、あれ、生きるのって楽しいんだなーって」
カラカラと音を立ててグラスの中の氷を回しながら、白旗の声は揺るがない。先ほどまでの世間話同様に、どこか楽しそうにさえ聞こえるくらいだ。
視線は、とりあえずはグラスに向けられている。まだ三分の一くらいは残っているコーヒーとミルクの混じった液体と、四角い氷の詰まったグラスに。
「そうなったのが小四の終わりくらいで、四年近く小学校通ってたんですけど、学校の先生だって色々気付いてたはずなのに、何にもしてくれなかったんです。それなのに、人はみんな平等なんだとかそれぞれ正義を持って生きようだとか、そのときは何も考えなくて聞き流しましたけど、施設入って人らしい生活をするようになってようやく、何言ってんの? ってなりましたよ。私を助けてくれたのは親でも教師でも国の職員とかでもなくて、いやまあその後の施設の生活に関しては感謝してますけど、でも、あの時の私を助けてくれたのって、母を殺してくれた人なんですよね」
そこでようやく、白旗は視線を雪季に向けた。声音と同じように、それまでの平静さは何ら変わらない。
「中原さんって、仲介やってる秦野さんの後継者候補みたいなのだったんですよね? スノーホワイトの素性って知ってたりしません?」
ほんの一瞬、雪季は呼吸を止めた。
そのことに気付いたのかどうか、白旗は思い出したようにカフェラテを一口すすり、ちょっとおなかすいて来たけど今からケーキは重いかなあ、と呟きつつメニューを手にする。
「チーズケーキ、半分こしません?」
「…いや、俺はあんまり腹減ってない」
「そうですか。うーん…。シュークリーム買ってきます。戻ってきたら、聞かせてくださいね」
軽やかに立ち上がり、財布だけを手に、カウンターに向かう。雪季はその背を見送って、どう応えるべきなのかを、このまま席を立つことも選択肢に入れながら考える。
それでも、白旗がどこまで何を知っているのかもわからないのだから、このまま逃げることはできないだろうとも思う。少なくとも、それではただ「秦野の後継者候補」を肯定してしまうし、スノーホワイトに関しても知っていると言うようなものだ。
いろいろと考えているうちに、白い皿にでっぷりとしたシュークリームを乗せて、白旗が向かいの席に座る。
「ショーケースの中だと小さい気がしたのに、実際見ると結構大きかったです。一口いりますか?」
「お一人でどうぞ」
「はーい。シュークリームですしね、薄い皮とほとんどクリームなので、実は楽勝です」
そう言って、幸せそうにかぶりつく。思考の止まらない雪季の目の前で、シュークリームはみるみる姿を消していく。最後に粉砂糖のついた指先をぺろりと舐め、しまった、という顔をしてから紙のおしぼりで手をぬぐった。
カフェラテをストローを避けてグラスに口をつけて飲み、満足そうに微笑む。そこでようやく、もう一度雪季にきちんと視線を向けた。
「中断してごめんなさい。あ。何者だって顔してますね。基本的にはさっき紹介した通りです。大学二年生で、就活のこと考えなきゃって思ってるのも本当です。副業があるからいまいち身が入らないのはあるんですけど、ちゃんとしたとこに就職して真っ当なお給料もらえるなら多分それがいいですしね」
「副業…というのは、聞いても大丈夫?」
にこりと笑み、隣の椅子に置いていたカバンからペンと手帳を引き抜いて、さらりと何かを書きつけて雪季に向けた。
『白雪』
「知ってます? 活動始めたのが多分中原さんが今のとこ就職した前後くらいなので、もしかしたら知らないかもって…白雪姫とかって逃げないでくださいね。ほんとは、この名前で活動したら向こうから声かけてくれないかなって思ってたんですけど、反応がないので、こうやって関係者らしき人に訊いてみました」
「雑用をしてた程度だから、詳しいことは知らない。この名前に関しても、風の噂程度しか。目的がそれだとしたら、そちらでも役に立てそうにない」
「就活のことも目的の一つですよ? スノーホワイトに関しては、直接お礼言えたらいいなーってくらいで。向こうは、私の母のことなんて覚えてないかも知れないし、そもそもお仕事だろうからそんなに期待はしてなかったです。むしろ、副業がこれなので、真っ当に就職できるでしょうかとかそういうのの相談に乗ってほしかったっていうのが本音です」
その言葉を信じるなら、白旗はまさか当人に話しているとは思っていないのだろう。
それにしても、葉月に続いて二人目となると、師はよほど依頼を選んでいたのだろうかと思ってしまう。殺されることで、哀しんだり恨みに思うよりも気にされなかったり喜ばれたりする依頼を。
しかし、雪季は「白雪」がどれほど裏側になじんでいるのかも知らず、かといってここで聞き始めれば深みに嵌ることは目に見えていて、頭を抱えたくなった。
おまけに、白旗はそもそも勘違いをしている。
「直観です、きっと。とはいっても、元々はちょっとしたことで中原さんが秦野さんの手伝いしてたって知って、あそこでバイト始めたんですけどね。それで、なんだかいい人そうだなって」
「あぶなっかしい…」
「よく言われます。私はそんなことないと思ってるんですけど」
「いや、十分…。とりあえず、就職活動の方は河東に訊いてみようかと思ってた」
英もまともな就職活動などしていなかっただろうと思うが、逆に、人脈作りに最適とばかりに説明会を渡り歩いたりはしていたかもしれない。そうでなくても、友人知人への伝手はいくらでもあるだろう。
白旗は、うーん、と、短く唸った。
「社長さんですか」
「俺と同い年だし、別に話しにくいってことはないと思うけど」
「でもちょっと怖い人ですよね」
そういえば、白旗は英が母親と話していた時に居合わせたのだったと思い出す。他にシャングリラを利用したときに揉め事はなかったように思うから、あの一件のせいだろうか。
間違ってはいないので、否定はしづらいが肯定してもいいものなのか、と迷う。
「邪魔って思われたら、あっさり排除されちゃうんだろうなって。違いました?」
「いや…それは、あいつのお母さんへの態度から?」
「あー。そういえばあれが決定打ですかね。でもまあ、ほら私施設で育ったから、あの手の親って結構見ましたよ。邪魔だからって預けておいて、妹とか弟とか生まれたら世話役にするために引き取るって言いだして、でも結局戻されちゃったり。なのに、また呼ばれて喜んでついてっちゃって、また戻ってきたり。戻る度に荒むのが目に見えて、あーあ、って。向こうは便利に使おうとしてるだけなんだから放っておけばいいのにって思うんですけど、なかなか難しいみたいですね。親は簡単に子どもを捨てるのに、子どもが親を見限るのが難しいって、ちょっと理不尽ですよね」
世間話のように口にして、あれちょっと逸れちゃいましたね、と首を傾げる。
カラカラと音を立ててグラスの中の氷を回しながら、白旗の声は揺るがない。先ほどまでの世間話同様に、どこか楽しそうにさえ聞こえるくらいだ。
視線は、とりあえずはグラスに向けられている。まだ三分の一くらいは残っているコーヒーとミルクの混じった液体と、四角い氷の詰まったグラスに。
「そうなったのが小四の終わりくらいで、四年近く小学校通ってたんですけど、学校の先生だって色々気付いてたはずなのに、何にもしてくれなかったんです。それなのに、人はみんな平等なんだとかそれぞれ正義を持って生きようだとか、そのときは何も考えなくて聞き流しましたけど、施設入って人らしい生活をするようになってようやく、何言ってんの? ってなりましたよ。私を助けてくれたのは親でも教師でも国の職員とかでもなくて、いやまあその後の施設の生活に関しては感謝してますけど、でも、あの時の私を助けてくれたのって、母を殺してくれた人なんですよね」
そこでようやく、白旗は視線を雪季に向けた。声音と同じように、それまでの平静さは何ら変わらない。
「中原さんって、仲介やってる秦野さんの後継者候補みたいなのだったんですよね? スノーホワイトの素性って知ってたりしません?」
ほんの一瞬、雪季は呼吸を止めた。
そのことに気付いたのかどうか、白旗は思い出したようにカフェラテを一口すすり、ちょっとおなかすいて来たけど今からケーキは重いかなあ、と呟きつつメニューを手にする。
「チーズケーキ、半分こしません?」
「…いや、俺はあんまり腹減ってない」
「そうですか。うーん…。シュークリーム買ってきます。戻ってきたら、聞かせてくださいね」
軽やかに立ち上がり、財布だけを手に、カウンターに向かう。雪季はその背を見送って、どう応えるべきなのかを、このまま席を立つことも選択肢に入れながら考える。
それでも、白旗がどこまで何を知っているのかもわからないのだから、このまま逃げることはできないだろうとも思う。少なくとも、それではただ「秦野の後継者候補」を肯定してしまうし、スノーホワイトに関しても知っていると言うようなものだ。
いろいろと考えているうちに、白い皿にでっぷりとしたシュークリームを乗せて、白旗が向かいの席に座る。
「ショーケースの中だと小さい気がしたのに、実際見ると結構大きかったです。一口いりますか?」
「お一人でどうぞ」
「はーい。シュークリームですしね、薄い皮とほとんどクリームなので、実は楽勝です」
そう言って、幸せそうにかぶりつく。思考の止まらない雪季の目の前で、シュークリームはみるみる姿を消していく。最後に粉砂糖のついた指先をぺろりと舐め、しまった、という顔をしてから紙のおしぼりで手をぬぐった。
カフェラテをストローを避けてグラスに口をつけて飲み、満足そうに微笑む。そこでようやく、もう一度雪季にきちんと視線を向けた。
「中断してごめんなさい。あ。何者だって顔してますね。基本的にはさっき紹介した通りです。大学二年生で、就活のこと考えなきゃって思ってるのも本当です。副業があるからいまいち身が入らないのはあるんですけど、ちゃんとしたとこに就職して真っ当なお給料もらえるなら多分それがいいですしね」
「副業…というのは、聞いても大丈夫?」
にこりと笑み、隣の椅子に置いていたカバンからペンと手帳を引き抜いて、さらりと何かを書きつけて雪季に向けた。
『白雪』
「知ってます? 活動始めたのが多分中原さんが今のとこ就職した前後くらいなので、もしかしたら知らないかもって…白雪姫とかって逃げないでくださいね。ほんとは、この名前で活動したら向こうから声かけてくれないかなって思ってたんですけど、反応がないので、こうやって関係者らしき人に訊いてみました」
「雑用をしてた程度だから、詳しいことは知らない。この名前に関しても、風の噂程度しか。目的がそれだとしたら、そちらでも役に立てそうにない」
「就活のことも目的の一つですよ? スノーホワイトに関しては、直接お礼言えたらいいなーってくらいで。向こうは、私の母のことなんて覚えてないかも知れないし、そもそもお仕事だろうからそんなに期待はしてなかったです。むしろ、副業がこれなので、真っ当に就職できるでしょうかとかそういうのの相談に乗ってほしかったっていうのが本音です」
その言葉を信じるなら、白旗はまさか当人に話しているとは思っていないのだろう。
それにしても、葉月に続いて二人目となると、師はよほど依頼を選んでいたのだろうかと思ってしまう。殺されることで、哀しんだり恨みに思うよりも気にされなかったり喜ばれたりする依頼を。
しかし、雪季は「白雪」がどれほど裏側になじんでいるのかも知らず、かといってここで聞き始めれば深みに嵌ることは目に見えていて、頭を抱えたくなった。
おまけに、白旗はそもそも勘違いをしている。
「直観です、きっと。とはいっても、元々はちょっとしたことで中原さんが秦野さんの手伝いしてたって知って、あそこでバイト始めたんですけどね。それで、なんだかいい人そうだなって」
「あぶなっかしい…」
「よく言われます。私はそんなことないと思ってるんですけど」
「いや、十分…。とりあえず、就職活動の方は河東に訊いてみようかと思ってた」
英もまともな就職活動などしていなかっただろうと思うが、逆に、人脈作りに最適とばかりに説明会を渡り歩いたりはしていたかもしれない。そうでなくても、友人知人への伝手はいくらでもあるだろう。
白旗は、うーん、と、短く唸った。
「社長さんですか」
「俺と同い年だし、別に話しにくいってことはないと思うけど」
「でもちょっと怖い人ですよね」
そういえば、白旗は英が母親と話していた時に居合わせたのだったと思い出す。他にシャングリラを利用したときに揉め事はなかったように思うから、あの一件のせいだろうか。
間違ってはいないので、否定はしづらいが肯定してもいいものなのか、と迷う。
「邪魔って思われたら、あっさり排除されちゃうんだろうなって。違いました?」
「いや…それは、あいつのお母さんへの態度から?」
「あー。そういえばあれが決定打ですかね。でもまあ、ほら私施設で育ったから、あの手の親って結構見ましたよ。邪魔だからって預けておいて、妹とか弟とか生まれたら世話役にするために引き取るって言いだして、でも結局戻されちゃったり。なのに、また呼ばれて喜んでついてっちゃって、また戻ってきたり。戻る度に荒むのが目に見えて、あーあ、って。向こうは便利に使おうとしてるだけなんだから放っておけばいいのにって思うんですけど、なかなか難しいみたいですね。親は簡単に子どもを捨てるのに、子どもが親を見限るのが難しいって、ちょっと理不尽ですよね」
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