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邂逅
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結局会社には寄らず、ほぼ空っぽの冷蔵庫のために買い物を済ませ、そういえば英に夕飯をどうするか聞いていなかったと気付いたところで玄関の空く音がした。
酒が入っているのか、足音はやや鈍い。
「ただいまー。いろいろ貰ったからあとよろしく」
「…生ものは?」
「あー…なんか果物並みに甘いトマトとかなんとか。あと多分エビ?」
あやふやな言葉に諦めて、カウンターに置かれた二つの紙袋の中身を取り出していく。
結局、トマトと剥きエビの他にも、生のライチと真空パックのカツオのたたきもあった。他には、チーズや酒瓶、菓子類や乾き物のつまみ類。ショールとシャツまで入っている。
「…せめて食品とは分けろよ」
「えー何もらったか覚えてないけど変なのあった?」
ショールを示すと、草木染で手織りとか言ってた、と返してくる。それを覚えてるならもらったことも覚えておけ、と思うが、雪季は黙って紙袋に戻して英に突き返す。
「夕飯は」
「この時間に帰ってきて済ませたとかないだろ」
時計は、ちょうど夕飯時。早めに片付ければない時間でもないが、帰国を知らせるついでに久々に会った友人たちと食事を済ませたとしては、確かに早すぎる。
「明日からしばらく外食続きだしさ。何、俺に食わせる飯はないとか言う? ぐれるぞ?」
「いや…なあ、河東」
「ん?」
「俺、ここ出た方がいいかもしれない」
「…………何言ってんの」
完全に温度の抜け落ちた目が雪季に向けられる。雪季は、棚に背が当たって後ずさっていたことに気付いた。間にカウンターがあって助かったと思ってしまったことに気付いて、ひやりとする。
だが、どこかぼんやりと漂っていた思考が、一言零れ落ちたことでまとまっていく。
「俺の来歴を知って、近くにいる人を狙うような奴がいないとは言い切れない。考えなしだった」
「今更過ぎるだろ。何か言われた。雪季がわざわざ会いに行くなんて真柴さんくらいで…会社に寄って誰か会ったとか。それか偶然昔の知り合いにでも会ったか」
ただ淡々と、一切の起伏なく紡がれる言葉はいろいろなものが削ぎ落ちていて、思い付きを並べているというよりもどこかに書かれたものを読み上げているかのようで、酷く不気味だ。
考え事をしているはずなのに、焦点がずっと雪季に合ったままなのも一役買っている。
「変わらないだろ。誰が何の目的で来ても雪季が守ってくれれば」
「だから。そもそも俺に護衛の技術はないし、巻き込むのはお前だけじゃない」
「俺以外は仕事じゃないのに」
「っ、そういう問題じゃないだろ!」
「そういう問題だ。俺にとっては。…雪季は俺じゃないことばっかり見てる」
少し落ち着きたくて、雪季は深呼吸をした。一度深く、目をつぶる。
話の持って行き方を間違えただろうか。そもそも、雪季自身がついさっきようやく思い至ったことだった。スーパーで買ってきた食材も、一食や二食分ではない。当然のように、ここでの生活を続けるつもりで帰って来ていた。
結局、甘えているだけだ。
「…悪い。もう少しちゃんと考えてから話す。俺も少し、混乱してた」
がらんどうだった英の目に、少しばかりの色が灯る。不思議そうに、知らないものを見る子どものような視線。
「何かあった?」
「…食べながら話す。すぐ作るから…まだ手も洗ってないだろ。ショールとシャツもちゃんと片付けろよ」
「うん」
珍しく素直な返事を残して、くるりと踵を返す。離れたのを確認して、雪季は深々と息を吐いた。そのまま座り込みかけて、ゆるりと頭を振って、食材の袋へと向き直る。
トマトは切って、ライチはざっと洗ってかごに盛る。エビは三分の一ほどを冷凍庫の急冷ルームに放り込み、残りの半分に片栗粉をまぶし、残りは薄力粉と卵の液にくぐらせてフリッターもどきにする。あとは野菜を切って、鶉の卵の水煮と片栗粉をまぶしたエビとで八宝菜を作る。
ごはんは出かける前にセットしていたので、そろそろ炊き上がる。残った食材は冷蔵庫や冷凍庫に収納した。
他にチーズとサラミや雪季には名前のよくわからないもらいものをいくつかあけて並べると、夕飯というよりもすっかり酒のつまみを並べた状態になった。
「いいにおい」
「何か飲むか? あと、八宝菜丼にするけどお前は? 分けるか?」
「ご飯最後じゃないんだ?」
「先にしっかり腹に入れておきたくて。最後がいいならお前のは後に回す」
「いいよ一緒で」
英はもらい物の中からプラムワインの瓶を引き抜き、蘊蓄を語るが雪季は聞き流した。基本的に、雪季は酒は好きではあるが、知識はあまりない。
英はすっかり飄々とした様子に戻っているが、雪季としては久々に「喰らった」気分が消えない。
酒が入っているのか、足音はやや鈍い。
「ただいまー。いろいろ貰ったからあとよろしく」
「…生ものは?」
「あー…なんか果物並みに甘いトマトとかなんとか。あと多分エビ?」
あやふやな言葉に諦めて、カウンターに置かれた二つの紙袋の中身を取り出していく。
結局、トマトと剥きエビの他にも、生のライチと真空パックのカツオのたたきもあった。他には、チーズや酒瓶、菓子類や乾き物のつまみ類。ショールとシャツまで入っている。
「…せめて食品とは分けろよ」
「えー何もらったか覚えてないけど変なのあった?」
ショールを示すと、草木染で手織りとか言ってた、と返してくる。それを覚えてるならもらったことも覚えておけ、と思うが、雪季は黙って紙袋に戻して英に突き返す。
「夕飯は」
「この時間に帰ってきて済ませたとかないだろ」
時計は、ちょうど夕飯時。早めに片付ければない時間でもないが、帰国を知らせるついでに久々に会った友人たちと食事を済ませたとしては、確かに早すぎる。
「明日からしばらく外食続きだしさ。何、俺に食わせる飯はないとか言う? ぐれるぞ?」
「いや…なあ、河東」
「ん?」
「俺、ここ出た方がいいかもしれない」
「…………何言ってんの」
完全に温度の抜け落ちた目が雪季に向けられる。雪季は、棚に背が当たって後ずさっていたことに気付いた。間にカウンターがあって助かったと思ってしまったことに気付いて、ひやりとする。
だが、どこかぼんやりと漂っていた思考が、一言零れ落ちたことでまとまっていく。
「俺の来歴を知って、近くにいる人を狙うような奴がいないとは言い切れない。考えなしだった」
「今更過ぎるだろ。何か言われた。雪季がわざわざ会いに行くなんて真柴さんくらいで…会社に寄って誰か会ったとか。それか偶然昔の知り合いにでも会ったか」
ただ淡々と、一切の起伏なく紡がれる言葉はいろいろなものが削ぎ落ちていて、思い付きを並べているというよりもどこかに書かれたものを読み上げているかのようで、酷く不気味だ。
考え事をしているはずなのに、焦点がずっと雪季に合ったままなのも一役買っている。
「変わらないだろ。誰が何の目的で来ても雪季が守ってくれれば」
「だから。そもそも俺に護衛の技術はないし、巻き込むのはお前だけじゃない」
「俺以外は仕事じゃないのに」
「っ、そういう問題じゃないだろ!」
「そういう問題だ。俺にとっては。…雪季は俺じゃないことばっかり見てる」
少し落ち着きたくて、雪季は深呼吸をした。一度深く、目をつぶる。
話の持って行き方を間違えただろうか。そもそも、雪季自身がついさっきようやく思い至ったことだった。スーパーで買ってきた食材も、一食や二食分ではない。当然のように、ここでの生活を続けるつもりで帰って来ていた。
結局、甘えているだけだ。
「…悪い。もう少しちゃんと考えてから話す。俺も少し、混乱してた」
がらんどうだった英の目に、少しばかりの色が灯る。不思議そうに、知らないものを見る子どものような視線。
「何かあった?」
「…食べながら話す。すぐ作るから…まだ手も洗ってないだろ。ショールとシャツもちゃんと片付けろよ」
「うん」
珍しく素直な返事を残して、くるりと踵を返す。離れたのを確認して、雪季は深々と息を吐いた。そのまま座り込みかけて、ゆるりと頭を振って、食材の袋へと向き直る。
トマトは切って、ライチはざっと洗ってかごに盛る。エビは三分の一ほどを冷凍庫の急冷ルームに放り込み、残りの半分に片栗粉をまぶし、残りは薄力粉と卵の液にくぐらせてフリッターもどきにする。あとは野菜を切って、鶉の卵の水煮と片栗粉をまぶしたエビとで八宝菜を作る。
ごはんは出かける前にセットしていたので、そろそろ炊き上がる。残った食材は冷蔵庫や冷凍庫に収納した。
他にチーズとサラミや雪季には名前のよくわからないもらいものをいくつかあけて並べると、夕飯というよりもすっかり酒のつまみを並べた状態になった。
「いいにおい」
「何か飲むか? あと、八宝菜丼にするけどお前は? 分けるか?」
「ご飯最後じゃないんだ?」
「先にしっかり腹に入れておきたくて。最後がいいならお前のは後に回す」
「いいよ一緒で」
英はもらい物の中からプラムワインの瓶を引き抜き、蘊蓄を語るが雪季は聞き流した。基本的に、雪季は酒は好きではあるが、知識はあまりない。
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