回りくどい帰結

来条恵夢

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邂逅

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「話戻すけど、で、雪季セッキが会ってた元同業者って、誰?」

 いろいろと片付いた気分でいた雪季は、低くうめきかけた。それがあった。

「…タンパク質食べたい。食べるか?」
「え、それ何が出てくるの。食べるけど」

 時間稼ぎと、中華丼を食べたものの、アルコールのせいか食い出のあるものが食べたい気分だ。立ち上がるついでに、今日アキラがもらってきた酒を全て引き上げる。
 英の苦情を聞き流し、鶏肉のミンチと椎茸、生姜を少しばかりと大判の油揚げ一枚を冷蔵庫から取り出し、小鍋にだしを作る。椎茸と生姜を適当に刻み、ミンチと混ぜて二つに切った油揚げの中に詰め、それぞれに卵を割り入れる。空いている口を爪楊枝で留めて、だしで煮るだけの簡単総菜だ。
 煮込みの十数分が手持無沙汰で、とりあえず、あって困らない刻み野菜のストックを作っておく。
 適当なところで火を止め、皿に揚げを引き上げ、残っただし汁に片栗粉でとろみをつけて餡としてかければ完成。先程刻んだ中から、万能ねぎを少し振りかけた。
 コンソメやトマトソースで煮てもいいが、なんとなくだしの気分だった。

「何これ。餅巾着?」
「…おでんのタネの?」
「そう。あ、違う。煮卵?」

 英が割ったあげから、ふわりと湯気と生姜の香りが上がる。雪季も箸を取った。
 おいしそう、おいしい、と平坦に上がる声を聞きながら、さてどう話したものだろうかと考える。別にお互い、対立したいわけではない。それこそ、さっき英が言ったような妥協点探しだ。
 雪季のグラスを見ると、半分ほどに減っていた。素知らぬふりの英を睨み付けて、氷を追加する。

「…バイトの。シャングリラのバイトの、白旗シラハタさんってわかるか」
「白旗詩音シオンさん。大学二年だっけ」

 そもそも把握していたのか、葉月ハヅキから連絡が来て知ったのか。どちらにしても、二者択一のどちらをも既に押さえているのだろう。

「就職相談に乗ってやってくれないか」
「…うん?」

 はっきりと判る角度に首を傾げ、雪季を見つめた英は、しばし後、思い出したように四分の一ほど残っていたあげに箸を伸ばした。しっかりと咀嚼して、飲み込む。
 グラスが空いているのを見て、やや恨めし気に雪季に視線を向けるが無視をした。もう十分に飲んだだろう。
 食べ足りないのか残った餡を箸先でかき回しながら、英はややぼんやりとした眼を雪季に据えた。

「就職相談」
「ああ。働いている人の話を聞きたいらしい。俺は大学にも行ってないし一般的な就職活動はしてないから、参考になりそうな話はできなくて。お前だったら、直接参考になるような経験はなくても知り合いでも紹介できるだろ」
「…いや。えっと。それ、今日持ち掛けられたってこと? ってことは元同業者が白旗さんで合ってるんだよな? なんでそれで就職相談?」
「大学卒業したら一般企業に就職したいらしい」
「いやだからそういうことじゃなくて、なんで雪季がその相談に乗るんだよ?! 脅されてるとか雪季に限ってないよな? 俺につなぐとか何それ?」

 珍獣でも見たような顔をされ、観客もいないのに大げさだなと少し思う。

「無理か?」
「だからそうじゃなくて。こっちから関わり持つ必要ないだろ、それとも遠回しに俺になんとかしろって頼んでる?」
「遠回しじゃなく、頼んだそのままだ。お前に当てがないなら、四十万しじまさんか笹倉さんあたりに聞いてみる」
「…わかった、会う。俺はどこまで何を知ってたらいい?」

 妙な言い回しだと思うが、別段からかった風でもない。気遣ってくれるのかと、雪季はつい苦笑した。らしくない、と思うのは、さすがに悪いだろう。
 雪季はわずかに、首を傾げた。

「好きにすればいい」

 グラスを傾けると、かすかに甘く、少し置いて熱が落ちていく。英に視線を向けると、眼が合った。ずっと雪季を見ていたようだった。

「信頼…じゃ、ないよな。投げ遣りになってる?」
「別に。ただ、それなりに付き合いが続くならずっと隠し通せるとも限らないから、ばれたらそれでもいいかと思って。ただ…」

 がらんどうのようなひたむきなような視線から逃れるように目をらし、明日は出社日だったなとぼんやりと思いだす。時間はまだ遅くはないが、適当なところで切り上げなければ、このままずるずると飲み続けてしまいそうだ。
 結愛ユアと話し、白旗に会って、思ったよりも疲れていることも自覚する。旅行の疲れが残っている、というわけではないだろう。多少の影響はあるとしても。

「ただ?」
「…親を殺したと思ってる相手が俺だと知って、どう思うか…何をするのかは、わからない」
「その子は、なんでスノーホワイトを探してるかは言った?」
「…礼を言いたい、と」
「だろうな」
「でも、それが本心だとは限らない。探すなら、そう言った方が情報が集まると思ったかも知れないだろ。勘違で復讐されるのは嬉しくはなくても仕方がないとしても、誰かを巻き込むことになると…困る」

 軽く、英はため息をついて見せた。空のグラスを示して、無言で酒の追加を要求する。雪季は、ゆるりと首を振った。
 そうして、ん?と声を上げ、英が怪訝けげんそうに雪季を見る。
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