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邂逅
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浮上した意識に、まず、口の中のべたつきを感じた。次いで、少し痛む頭。身動きして、体が重いことを感じる。
目を開けるともはや見慣れた自分の部屋で、頭の中に引っかかりを感じて、開けたばかりの目を一度閉じる。そのまま、再び眠りに捕まりそうにもなった。
…いつ部屋に。
思わず飛び起きて、重くて痛む頭に手を当てて呻く。おそらくは雪季の人生で二度目の、しっかりとした二日酔い。
昨夜、ウイスキーらしき酒をストレートで飲み干したところから記憶がない。部屋には、自力でたどり着いたのかまさか英が運んでくれたのか。
以前酔い潰れたのは、酔った様子を知りたかったために師に見てもらっていてのことだった。そのときは、突然電池が切れたように眠り込んだということだったが、今回は、何か妙なことをやらかしていないかがとても気になる。
そう考えたところで、はたと、雪季は動きを止めた。
師。秦野峰明。昨夜英が言ったことが本当であれば、雪季の母の、兄。
父も母も両親は亡く、他の血縁も薄いと聞いていた。実際、両親が殺された時も、遺産を横取りしようとするような親戚が沸いて出ることもなかった。
だがもしもそうなのであれば、秦野が雪季を引き取った時の口実は、偽装ではなかったということになる。
一度会った方がいい、とは思うものの、全く気は進まなかった。事実であれば、秦野は、実の妹を殺したのだろうか。知っていて。あるいは、気付かずに。
とりあえず起きようと、もう一度体を起こす。今度はそろりと、重い頭を刺激しないように気を付ける。早く口を漱ぎたいし、水も飲みたい。
どうにかリビングにたどり着いてうがい歯磨きや洗顔やを一通り済ませ、薬缶を火にかけてから冷蔵庫を開ける。麦茶はまだ作っていなかったと気付いて、ストックの水のペットボトルを引っ張り出した。
そうやって人心地ついてようやく、今が何時なのかが判っていないと気付く。
慌てて見た時計は、いつもであれば会社に着いて仕事も始めている時間だ。血の気が引く。これまでに英の姿はなく、雪季の携帯端末はキッチンカウンターに置かれていた。タップすると、英からのメッセージが届いている。
『出張の疲れが出て雪季休むって言ったら慣れない海外で俺の世話させられたんだから仕方ないって納得された俺の扱いが酷い』
他にも、会社の面々からそれぞれにメッセージが届いていて、どれも快く急な休みを受け容れてくれたばかりか、ゆっくり休むようにとのねぎらいまでもらう。ありがたいと思う反面、申し訳なくも思う。
白湯で顆粒の葛根湯を飲んで、スポーツ飲料のペットボトルを出し、湯で半分くらいに割る。科学的効果の程は知らないが、これが雪季の二日酔いや脱水症状の対処法だ。
この場合、プラセボ効果というものがあるのだから、効くと思い込んでいた方がお得だ。ただ、いつもはごく軽い二日酔いなので、今回もこれで効くのかはやや不安があって、効果は半減していそうだが。
半分に薄まったスポーツ飲料をコップに二杯ほど飲み干し、覚悟を決める。
『はーい、おはよう、雪季くん?』
「……おはようございます。あの、笹倉さん」
『何?』
「俺じゃなかったら」
『みんなの番号くらい登録してるわよ。気付いてなかったの?』
会社の固定電話に掛けたのに、まるで個人端末にかけたかのような気軽さで出られて、どうにも拍子抜けする。
「今日、すみません。今からそちらに向かいます」
『社長から休みって聞いたわよ? 上司が許可出したんだから休んじゃいなさいって。一月も海外で社長のお守りで疲れたんでしょ。あ。有給は消費するけどね』
「…ありがとうございます」
確かに、旅疲れではないが一旦折り合いをつけなければ出社したところで役に立つ気がしない。明日明後日は公休日なので、次の出勤日までにはどうにかしたいところだ。
結局、改めて休むことを断って通話を終えた。
ソファーに寝転んで、まだ痛む頭と重い体を抱える。日本を留守にしている間に季節は進んでいて、夏布団から冬布団に替えないといけないなとぼんやりと考える。ただ、日本よりも滞在していたヨーロッパの方が気温は低かったせいか、まだ暑さの残る日差しに油断をしそうにもなる。
いろいろと、本調子ではないのだろう。昨日戻ったばかりで、影響はないと思っていたが時差も堪えているのかも知れない。
薄めたスポーツ飲料をペットボトルから直飲みして、軽く目をつぶる。このまま眠ってしまえそうだ。
基本設定のまま変えていない音で、携帯端末が着信を知らせた。
無視しようかとも思ったが、仕事関係での要件かも知れず、どうにか腕を持ち上げる。端末は胸元に抱えていたので、実は動作はそれほど必要ない。
それなのに億劫に感じるのだから、病気ではないが普段の健康の素晴らしさが身に染みる。
『電話していい?』
「ん?」
電話と言いつつ、WEB会議のアドレスが張り付けてある。結愛からのメッセージだ。珍しい上に、通常であれば仕事中の時間だと知っているはずだが。
指先で操作して、初めて使うシステムだったのでダウンロードや多少の調整をして、繋ぐと部屋着姿の結愛が映し出された。位置から察するに、仕事机の上にノートパソコンを置いているのだろう。
何か描いていたのかうつむいていた顔が、つながったことで音でも鳴ったのか、はじかれたように上げられる。
目を開けるともはや見慣れた自分の部屋で、頭の中に引っかかりを感じて、開けたばかりの目を一度閉じる。そのまま、再び眠りに捕まりそうにもなった。
…いつ部屋に。
思わず飛び起きて、重くて痛む頭に手を当てて呻く。おそらくは雪季の人生で二度目の、しっかりとした二日酔い。
昨夜、ウイスキーらしき酒をストレートで飲み干したところから記憶がない。部屋には、自力でたどり着いたのかまさか英が運んでくれたのか。
以前酔い潰れたのは、酔った様子を知りたかったために師に見てもらっていてのことだった。そのときは、突然電池が切れたように眠り込んだということだったが、今回は、何か妙なことをやらかしていないかがとても気になる。
そう考えたところで、はたと、雪季は動きを止めた。
師。秦野峰明。昨夜英が言ったことが本当であれば、雪季の母の、兄。
父も母も両親は亡く、他の血縁も薄いと聞いていた。実際、両親が殺された時も、遺産を横取りしようとするような親戚が沸いて出ることもなかった。
だがもしもそうなのであれば、秦野が雪季を引き取った時の口実は、偽装ではなかったということになる。
一度会った方がいい、とは思うものの、全く気は進まなかった。事実であれば、秦野は、実の妹を殺したのだろうか。知っていて。あるいは、気付かずに。
とりあえず起きようと、もう一度体を起こす。今度はそろりと、重い頭を刺激しないように気を付ける。早く口を漱ぎたいし、水も飲みたい。
どうにかリビングにたどり着いてうがい歯磨きや洗顔やを一通り済ませ、薬缶を火にかけてから冷蔵庫を開ける。麦茶はまだ作っていなかったと気付いて、ストックの水のペットボトルを引っ張り出した。
そうやって人心地ついてようやく、今が何時なのかが判っていないと気付く。
慌てて見た時計は、いつもであれば会社に着いて仕事も始めている時間だ。血の気が引く。これまでに英の姿はなく、雪季の携帯端末はキッチンカウンターに置かれていた。タップすると、英からのメッセージが届いている。
『出張の疲れが出て雪季休むって言ったら慣れない海外で俺の世話させられたんだから仕方ないって納得された俺の扱いが酷い』
他にも、会社の面々からそれぞれにメッセージが届いていて、どれも快く急な休みを受け容れてくれたばかりか、ゆっくり休むようにとのねぎらいまでもらう。ありがたいと思う反面、申し訳なくも思う。
白湯で顆粒の葛根湯を飲んで、スポーツ飲料のペットボトルを出し、湯で半分くらいに割る。科学的効果の程は知らないが、これが雪季の二日酔いや脱水症状の対処法だ。
この場合、プラセボ効果というものがあるのだから、効くと思い込んでいた方がお得だ。ただ、いつもはごく軽い二日酔いなので、今回もこれで効くのかはやや不安があって、効果は半減していそうだが。
半分に薄まったスポーツ飲料をコップに二杯ほど飲み干し、覚悟を決める。
『はーい、おはよう、雪季くん?』
「……おはようございます。あの、笹倉さん」
『何?』
「俺じゃなかったら」
『みんなの番号くらい登録してるわよ。気付いてなかったの?』
会社の固定電話に掛けたのに、まるで個人端末にかけたかのような気軽さで出られて、どうにも拍子抜けする。
「今日、すみません。今からそちらに向かいます」
『社長から休みって聞いたわよ? 上司が許可出したんだから休んじゃいなさいって。一月も海外で社長のお守りで疲れたんでしょ。あ。有給は消費するけどね』
「…ありがとうございます」
確かに、旅疲れではないが一旦折り合いをつけなければ出社したところで役に立つ気がしない。明日明後日は公休日なので、次の出勤日までにはどうにかしたいところだ。
結局、改めて休むことを断って通話を終えた。
ソファーに寝転んで、まだ痛む頭と重い体を抱える。日本を留守にしている間に季節は進んでいて、夏布団から冬布団に替えないといけないなとぼんやりと考える。ただ、日本よりも滞在していたヨーロッパの方が気温は低かったせいか、まだ暑さの残る日差しに油断をしそうにもなる。
いろいろと、本調子ではないのだろう。昨日戻ったばかりで、影響はないと思っていたが時差も堪えているのかも知れない。
薄めたスポーツ飲料をペットボトルから直飲みして、軽く目をつぶる。このまま眠ってしまえそうだ。
基本設定のまま変えていない音で、携帯端末が着信を知らせた。
無視しようかとも思ったが、仕事関係での要件かも知れず、どうにか腕を持ち上げる。端末は胸元に抱えていたので、実は動作はそれほど必要ない。
それなのに億劫に感じるのだから、病気ではないが普段の健康の素晴らしさが身に染みる。
『電話していい?』
「ん?」
電話と言いつつ、WEB会議のアドレスが張り付けてある。結愛からのメッセージだ。珍しい上に、通常であれば仕事中の時間だと知っているはずだが。
指先で操作して、初めて使うシステムだったのでダウンロードや多少の調整をして、繋ぐと部屋着姿の結愛が映し出された。位置から察するに、仕事机の上にノートパソコンを置いているのだろう。
何か描いていたのかうつむいていた顔が、つながったことで音でも鳴ったのか、はじかれたように上げられる。
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