回りくどい帰結

来条恵夢

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夢中

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 ふっと意識が浮上して、上体を持ち上げた。そうして、机に突っ伏していたと気付く。
 机。
 合板の、何の変哲もない。

 ああ――教室か。

 放課後なのは、やや遠くから聞こえる雑多なざわめきや、人気のない教室の様子から、考えるでもなく感じられた。授業中に聞こえるざわめきよりもずっと無秩序で、力強い。そして、遠い。

 ――帰らないと。

 当然のように浮かんだ考えに、ああそうだった、と立ち上がろうとして、真向かいから見つめる青年に気付いて、ぎょっとする。相手は屈託くったくなく笑った。

「気付いた。このまま無視して帰られるかと思った」
「…なんで」

 混乱したままにこぼれ落ちた言葉に、イヤホンを外して首をかしげて見せる。イヤホンからは、聞き覚えのある音楽。それもそのはずで、つながった先にあるのは、自分の携帯端末だった。
 視線を辿たどって、青年は、ああ、と軽く声を上げた。

「何聴いてるのかと思って、寝てる間借りてた。結構古いの聴くんだな」
「…いや。ていうか。なんで」

 目の前にいるのは、クラスどころか学校規模での有名人だったはずだ。
 接点は、ただ、同じクラスというだけで、いや、それは去年か。今年は違うクラスだったはずだ。それなら猶更なおさら
 そういった人種はむしろけているはずで、どうしてこんな、友人みたいに目の前に座っているのか。
 机に置きっ放しの携帯端末を手渡され、受け取りはするものの状況がみ込めない。

「寝ぼけてる? 今日泊めてくれるって言っただろ。だから待ってたのに」
「泊める?」
「えー。本気で忘れてる? ちゃんと伯父さんにもオッケーもらっただろ」

 つい先ほど浮かんだ疑問が揺らぐ。揺らいだ分、別の確信が浮かび上がってくる。そうだった。目の前にいるのは友人で、泊りがけで遊びに来るのだったと。
 思い出してしまえば、何故忘れていたのかが不思議になる。

 首をひねっていると、半分呆れて半分心配そうな眼差まなざしを受けた。大丈夫だと、軽く手を振る。

 ――ええと。だから。

 携帯端末にはいつものように伯父からの買い物リストが届いていて、他に、冷蔵庫の中身を思い浮かべてリストを補強する。
 学校帰りの買い物はいつものことで、ただ今日は、そこに友人がくっついて来る。

「悪い。何か、ぼーっとしてた」
「伯父さんの店の手伝いとかで疲れてんじゃないか? バイト少し減らせば?」
「…バイトの話なんかしたか…?」
「ちょっ、なんかさっきも不審者見るみたいに見られたし、俺のこと忘れてない? ちゃんと名前言える?」
「…忘れてない。***」
「ああよかった、見知らぬ他人に戻されたらさすがにへこむ」

 明るく笑って、行こう、と立ち上がる。引っ張られるように、椅子を引いていた。
 何か、ふわふわとした心地がしている。友人。馴染なじみのない言葉のようで、わりが悪い。足元がやわらかなスポンジにでもめり込むような、妙な気分だ。
 それなのに、この校内有名人が友人だという確信は胸に居座っている。

「…なんで」
「んー?」
「なんで…泊まりに来るんだったっけ」
「…なんでって?」

 わざわざ足を止めてくるりと回り、目を合わせて来る。そのことにややひるみながらも、言葉を探す。
 居心地の悪いもやもやが居座っている。あるいは、酒に酔ったようなふわふわとした酩酊めいてい感。

「泊まりに来るような、何か、あったかなって…」
「ええー? 遊びに行くってだけで十分だろ? 理由要る? いやそりゃあえて言うなら、飯うまいし布団ふかふかだし」
「旅館じゃねぇ」
「あえてって言っただろ。だって、遊ぶのに理由って言われても」

 首を傾げる姿に、家に何もないと言っていたのを思い出す。どういう意味かわからずにいると、誰もいないし食べるものも大してないし、と。運が悪いと母親の彼氏に遭遇するのも面倒だ、とも。その流れで、伯父の居酒屋でご飯くらいならと言ったことがあって。
 するすると思い出される記憶に、どこか違和感を覚えながらも何がどうなのかがさっぱりわからない。
 やはり、スポンジにめり込んでいるかのようだ。それも、足だけではなく全身、思考すらもが埋まっているようで。

「…俺、なんか怒らせた?」
「え?」

 うかがうように覗き込む眼に、ついまばたきが増える。少し置いて、ふっと薄い笑みに変わった。

「違うっぽいな。良かったー、何かやらかしたかと思った。まだ寝ぼけてる?」
「…かも知れない」
「珍し」

 笑って、もう一度くるりと前を向く――と思いきや、隣に回って肩を抱き込まれた。

「さーさっさと帰るぞー」
「…歩きにくい」
「寝ぼけて溝に突っ込まないようにしてやってんだろー文句言うなー」

 何故かやたらと楽しそうに歩き出す。肩に手を回されているせいで、一緒に歩くしかない。またか、と思ってから、「前」がいつだったのかが思い出せないことに気付く。忘れてしまっただけだろうか。
 教室を出たところで、男子生徒と出くわした。

「あれ、今帰り?」
「おー。そっちも?」
「いやまだ途中。忘れ物取りに来て。…つくづく、不思議な組み合わせだよな、お前ら」
「えー?」 

 クラスメイトだったかな、と、ぼんやりと考えているうちに会話は進む。

「いやだって、中原無口な感じなのに。ああ、だから? 聞き役?」
「それ俺がしゃべりすぎだって言いたい?」
「そういうわけじゃないけどさー。お前らの会話が想像つかん」
「結構喋るけどなあ。なあ? …中原?」
「…え。俺?」
「聞いてねー」

 笑われて、その通りで否定もできず、どうしたものかと思っている間になんとなく二人の会話は終わり、気付けば、じゃあまた―と別れのあいさつで締めくくられていた。
 一緒にそれに応じていいものかと曖昧に立ち尽くしている間に相手は教室に入ってしまい、もう一度肩を押されて歩き始める。

「中原、あいつ苦手?」
「え。いや。よく知らない」

 隣で噴き出され、息がかかったのか耳が少しくすぐったい。

「二年も同じクラスなのにひどいなー」

 けらけらと笑う。
 ひときわ大きな違和感に、心の中で首を傾げる。先ほどから色々と、とりとめもなく違和感が湧き出ているが、これはどうにかつかめそうな気がした。

「…名前」
「ん?」
「名前…お前、俺のことなんて呼んでた?」
「何って…中原だろ。え、本気で大丈夫か?」

 足が止まっていた。覗き込んでくる目を避けて、肩に回された手も外す。見つめるかおは、ただただ心配そうだった。

「***」

 教室で口にした名前を、つぶやくように再度言葉にする。心配の色の上に、困惑がせられた。
 今となっては飽きるほどに見慣れた顔。だが、よく知るそれよりは少し幼い。そして何よりも、随分と「普通」だ。ごく普通の、好青年。その下を、決して見せようとはしない。

 なるほど、と、思う。
 きっとこれは――夢の中だ。
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