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閑話
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結愛の手作りプリンと、英と雪季が買ってきたクッキーやチョコの詰合せ、チーズなど、最後の雑炊までたっぷりと鍋を堪能した後には多すぎる軽食を並べ、三人は再度炬燵に足を潜らせた。
結愛はしっかりと酔っているようで、あるいは夜のテンションなのか、妙にはしゃいでいる。英もいくらか回っているのか、いつもに比べてとげがない。
まったりと、とりとめもない、寝るときには忘れていそうな会話が行き交う。だから、雪季のそれもふとした思い付きだった。
「真柴。…幽霊が、人を突き落とそうとする理由って何だと思う」
唐突な言葉に、結愛は首を傾げ、一旦ティーカップを置いた。
「落ちたら、怪我? 死ぬ?」
英の薄い笑みが張り付いたままなのを視界の隅で認めながら、クッキーに手を伸ばす。
「よっぽど悪運が強くなければ、死にそうな場所」
「うーん。まあ定番は、恨みだよね。うらめしやーって」
でもそれじゃないんでしょ、と続ける。
「…雪季?」
「まあ聞いてろ」
崩れないままの笑みは、不自然ではないせいで逆に不自然になっている。
考え込んでいる結愛は、今は気付いていないだろう。ただ、おそらく見えてはいるだろうから、後になって気付くかもしれない。だからといって、それほど問題はないだろうと、雪季は勝手に決め込む。
結愛が、真っ赤なハイビスカスティーを傾ける。
「実は、他にもっと危険なのが迫ってたとか?」
「助けるためだと?」
「うん。でも、結局危ないんじゃ意味ないか。突き落とした後、空中で受け止めるつもりだったとか? ちょっと無理があるかな」
チョコレートを口に放り込み、首を傾げる。
「えーと。前に読んだ小説で、死後の世界があるっていうのがあったんだよね。こっちとあっちは干渉できないけど、あるのは確かで、向こうでも普通に生活できて…中国の、冥界ってわかる? 本当に普通に、こっちと同じような世界があるっていう感じ。死んだ人しかいないってだけで。あ。そもそも、それって知り合い? 無差別?」
「とりあえず、知り合いってことで」
「だったら、善意かも知れないね」
「え」
思わずというようにこぼれた英の言葉を、それほど気を止めず合いの手のように受け止めて、結愛はカップの淵に指を滑らせる。ほぼ無意識だろう。
「例えばその人がつらそうに見えて、もうこっちに来ちゃったらいいじゃない、って。感覚としては、喘息の子どもに空気綺麗だから田舎においでよーって誘うみたいな?」
英に真顔で見られる。なんだこれ、と、声が聞こえる気がしたが気のせいだろう。
「つまり、襲った相手を助けようと思ってのことだと」
「大切に想ってる人とかだったら、なくはないんじゃないかな。親しい人を連れて行っちゃうっていうの、理不尽だと思ってたんだよね。ただ寂しいからとか、死んでそういう判断が生きてる人とは変わっちゃったんじゃないかっていう解釈もあるけど、向こうが安楽だからむしろ親切で呼ぶ、なんてこともあるかも」
仔リスのようにクッキーをかじって、これ美味しいね、と笑顔になる。雪季がお茶のお代わりを注ぐと、それにも笑顔を返した。
そこで、英が黙り込んでいるのに気付いたようだった。
「えーと…ごめん、やっぱり変?」
「…え?」
「その…ユキちゃんとだと、結構、こう、唐突だって言われるやり取り普通で。いろんな人に脈絡ないとか言われちゃうんだけど。ちゃんと会話しろってよく言われる…」
「あー…いや、ちょっと吃驚しただけ。雪季がいきなり妙なこと言い出したと思ったら、真柴さんも乗って来るし。驚いたけど、別に…会話として成り立ってると言えば成り立ってるんじゃないかな」
ただ気遣ってくれただけの言葉だろうかと訊くように、結愛は雪季に視線を向けた。それも失礼と思ったのか、すぐに逸らしてしまったが。
「俺が振ったんだから、気にしなくていい。…真柴、それ」
「はい?」
雪季が伸ばした手は遅く、結愛が一息に飲み干したのは、ティーカップではなく雪季のグラスだった。中身は、赤酒。色だけは似ているが、れっきとした日本酒だ。
数拍置いて気付いたらしい結愛は、あ、と一言呟いて、こたつの天板に突っ伏した。
「あるこーるの味がする…」
「…今日はもう、水飲んで寝ろ。片付けはするから、鍵だけ閉めてくれ」
「ううう…ごめんなさい…」
「近くに置いてた俺も悪かった。河東、片づけたら帰るぞ」
あいている菓子類を片付けて、出していた小皿やグラスを流しへ運ぶ。その間に、英には結愛に水を飲ませるよう言い置いて、手早く片づけを済ませていく。
最終的に、多少よろめく結愛に見送られ、鍵がかかり、電話越しにちゃんと布団にもぐりこんだことを確認してようやく、雪季は駅に向かって歩き出した。
「雪季…合鍵持ってないのか?」
「身内でもないのに?」
「いやもうさ…十分だろ? 実はきょうだいでしたとか言われたら納得するぞ俺」
そうであれば、色々と感情の折り合いのつけようも簡単だっただろうにと、雪季は息を吐く。
しかし、身内の縁に薄いだろう英にそんな風に言われるのはいささか違和感があり、何か言ってやろうかとも思ったが、飲み込んだ。
考えてみれば、英と結愛は、途中からきょうだいと暮らすようになったという点では同じだ。血縁の有無や受け容れられ方は違うだろうが、それにしても、結果は大きく異なる。
当人たちが気付いているのかどうかは知らないが、英にしてみれば、得られたかもしれない情景を見せつけられるようなことにはなってしまわないだろうか。
「雪季? 怒った?」
「…いや」
「そっか。…幽霊。俺に聞かせたかったんだろ、ありがと」
「…真柴ならどう解釈するか知りたかっただけだ」
変質していようと善意ではないか、などという答えが得られるとの確信もなかった。ただ、結愛であれば恨み以外のものを考え着くのではないかとの期待はあった。
ただ、それだけだ。
「ここから帰るの面倒だなあ。途中で降りて、適当にホテルに泊まる?」
「この時期に探す方が面倒だろ。諦めろ」
「駅からが遠いんだよなあ。引っ越そうかな」
「…好きにしろ」
取り留めもなく言葉を交わしながら、寒風に吹かれつつ家路を辿った。
結愛はしっかりと酔っているようで、あるいは夜のテンションなのか、妙にはしゃいでいる。英もいくらか回っているのか、いつもに比べてとげがない。
まったりと、とりとめもない、寝るときには忘れていそうな会話が行き交う。だから、雪季のそれもふとした思い付きだった。
「真柴。…幽霊が、人を突き落とそうとする理由って何だと思う」
唐突な言葉に、結愛は首を傾げ、一旦ティーカップを置いた。
「落ちたら、怪我? 死ぬ?」
英の薄い笑みが張り付いたままなのを視界の隅で認めながら、クッキーに手を伸ばす。
「よっぽど悪運が強くなければ、死にそうな場所」
「うーん。まあ定番は、恨みだよね。うらめしやーって」
でもそれじゃないんでしょ、と続ける。
「…雪季?」
「まあ聞いてろ」
崩れないままの笑みは、不自然ではないせいで逆に不自然になっている。
考え込んでいる結愛は、今は気付いていないだろう。ただ、おそらく見えてはいるだろうから、後になって気付くかもしれない。だからといって、それほど問題はないだろうと、雪季は勝手に決め込む。
結愛が、真っ赤なハイビスカスティーを傾ける。
「実は、他にもっと危険なのが迫ってたとか?」
「助けるためだと?」
「うん。でも、結局危ないんじゃ意味ないか。突き落とした後、空中で受け止めるつもりだったとか? ちょっと無理があるかな」
チョコレートを口に放り込み、首を傾げる。
「えーと。前に読んだ小説で、死後の世界があるっていうのがあったんだよね。こっちとあっちは干渉できないけど、あるのは確かで、向こうでも普通に生活できて…中国の、冥界ってわかる? 本当に普通に、こっちと同じような世界があるっていう感じ。死んだ人しかいないってだけで。あ。そもそも、それって知り合い? 無差別?」
「とりあえず、知り合いってことで」
「だったら、善意かも知れないね」
「え」
思わずというようにこぼれた英の言葉を、それほど気を止めず合いの手のように受け止めて、結愛はカップの淵に指を滑らせる。ほぼ無意識だろう。
「例えばその人がつらそうに見えて、もうこっちに来ちゃったらいいじゃない、って。感覚としては、喘息の子どもに空気綺麗だから田舎においでよーって誘うみたいな?」
英に真顔で見られる。なんだこれ、と、声が聞こえる気がしたが気のせいだろう。
「つまり、襲った相手を助けようと思ってのことだと」
「大切に想ってる人とかだったら、なくはないんじゃないかな。親しい人を連れて行っちゃうっていうの、理不尽だと思ってたんだよね。ただ寂しいからとか、死んでそういう判断が生きてる人とは変わっちゃったんじゃないかっていう解釈もあるけど、向こうが安楽だからむしろ親切で呼ぶ、なんてこともあるかも」
仔リスのようにクッキーをかじって、これ美味しいね、と笑顔になる。雪季がお茶のお代わりを注ぐと、それにも笑顔を返した。
そこで、英が黙り込んでいるのに気付いたようだった。
「えーと…ごめん、やっぱり変?」
「…え?」
「その…ユキちゃんとだと、結構、こう、唐突だって言われるやり取り普通で。いろんな人に脈絡ないとか言われちゃうんだけど。ちゃんと会話しろってよく言われる…」
「あー…いや、ちょっと吃驚しただけ。雪季がいきなり妙なこと言い出したと思ったら、真柴さんも乗って来るし。驚いたけど、別に…会話として成り立ってると言えば成り立ってるんじゃないかな」
ただ気遣ってくれただけの言葉だろうかと訊くように、結愛は雪季に視線を向けた。それも失礼と思ったのか、すぐに逸らしてしまったが。
「俺が振ったんだから、気にしなくていい。…真柴、それ」
「はい?」
雪季が伸ばした手は遅く、結愛が一息に飲み干したのは、ティーカップではなく雪季のグラスだった。中身は、赤酒。色だけは似ているが、れっきとした日本酒だ。
数拍置いて気付いたらしい結愛は、あ、と一言呟いて、こたつの天板に突っ伏した。
「あるこーるの味がする…」
「…今日はもう、水飲んで寝ろ。片付けはするから、鍵だけ閉めてくれ」
「ううう…ごめんなさい…」
「近くに置いてた俺も悪かった。河東、片づけたら帰るぞ」
あいている菓子類を片付けて、出していた小皿やグラスを流しへ運ぶ。その間に、英には結愛に水を飲ませるよう言い置いて、手早く片づけを済ませていく。
最終的に、多少よろめく結愛に見送られ、鍵がかかり、電話越しにちゃんと布団にもぐりこんだことを確認してようやく、雪季は駅に向かって歩き出した。
「雪季…合鍵持ってないのか?」
「身内でもないのに?」
「いやもうさ…十分だろ? 実はきょうだいでしたとか言われたら納得するぞ俺」
そうであれば、色々と感情の折り合いのつけようも簡単だっただろうにと、雪季は息を吐く。
しかし、身内の縁に薄いだろう英にそんな風に言われるのはいささか違和感があり、何か言ってやろうかとも思ったが、飲み込んだ。
考えてみれば、英と結愛は、途中からきょうだいと暮らすようになったという点では同じだ。血縁の有無や受け容れられ方は違うだろうが、それにしても、結果は大きく異なる。
当人たちが気付いているのかどうかは知らないが、英にしてみれば、得られたかもしれない情景を見せつけられるようなことにはなってしまわないだろうか。
「雪季? 怒った?」
「…いや」
「そっか。…幽霊。俺に聞かせたかったんだろ、ありがと」
「…真柴ならどう解釈するか知りたかっただけだ」
変質していようと善意ではないか、などという答えが得られるとの確信もなかった。ただ、結愛であれば恨み以外のものを考え着くのではないかとの期待はあった。
ただ、それだけだ。
「ここから帰るの面倒だなあ。途中で降りて、適当にホテルに泊まる?」
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