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短編
月夜の猫屋 活動日誌1
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「ただいまー」
髪の短い少女が元気良く扉を押すと、扉につけられた鈴が盛大に鳴り響いた。店の中にいた青年は、音に顔をしかめ、何か言ってやろうとして唖然とした。
そこには本来あるはずの、彰――少女の名だの顔だのはなく、代わりに、色とりどりの花のかたまりが浮かんでいた。
一瞬何かわからなかったものの、すぐに彰が花を抱えているのだと気付いたセイギ――元々は、正義という名だった――は、しかし、その色のかたまりが移動したときには大きくのけぞった。わかっていても妙な生き物のように見える。
その花が、喋った。
「ロクダイ、花瓶どこ?」
「ロクダイならさっき出かけ…って、なんでいるんだよっ?」
出かけたはずが、何事もなく店の奥から幾つもの花瓶を抱えて出てきた着流しの青年、ロクダイ――本名を、セイギは知らない――に目を見開く。
一方ロクダイは、端正な唇の端に、人の悪い笑みを浮かべた。
「わしは先刻から帰っておる。お主がぼんやりしておっただけじゃろう」
「とか言って、裏口から入っただけなんだよね」
「なんじゃ、ばれておったか」
「わかるよ、それくらい」
明るく笑いながら言う、彰。
二人が仲良く花を仕分けている様は、ほのぼのと明るい上、ドラマかのようにはまっている。そんな光景を一人離れて見ながら、セイギは疑念が湧いてくるのを抑えられなかった。
――もしかして俺って、遊ばれてる…?
ご近所で、「親しみやすくかっこいい」と評判のセイギも、この二人にかかっては形無しだった。
今や、半ば魂の抜けた状態でぼんやりと二人を見ていたセイギだが、不意に叫んだ。
「彰っ、お前その花どうしたんだよ。そんな金あったか ? ロクダイっ、その花瓶売り物じゃないか!」
『月夜の猫屋』は、喫茶店、雑貨屋、何でも屋という肩書きを持っている。
そして、喫茶店店長は高校生くらいに見えるセイギが、雑貨点店主は新社会人か大学生くらいに見えるロクダイが、何でも屋所長は小学生のような彰が、それぞれ受け持っている。
だが、そのほとんどの営業が芳しくはなかった。
口コミでの人気はあるようなのだが、どうも入りづらいらしく、女子高生の団体が意を決して入ってくるくらいだった。
商品自体の利潤が少ないこともあり、『月夜の猫屋』の帳簿は、いつも赤と黒の間を綱渡りしている。
そこに、彰が気まぐれに買ってくる物やロクダイが仕入れる売れそうもない商品の代金、約二分の一の確立で作り出されるセイギの珍品料理の材料費を加えると。
この際セイギは、自分のことは棚にあげた。
「どうなんだよ?」
「向かいの花屋さん…カササギで、切り花の安売りをしてたんだよ。少しくらい良いでしょ?」
「お前の少しは、全然全く少しじゃないんだよ!」
「しかし、花瓶も余っていることじゃし」
「それは売り物だろうが!」
セイギの声と、手を滑らせた彰が盛大にぶちまけた花とが飛び交う店内に軽やかな鈴の音が鳴り響いたときには、もう遅かった。
逃げる客を目の端に捕らえ、彰があっさりと宣言する。
「これで今週十二人目だね」
――水曜日の、夕暮れのことであった。
髪の短い少女が元気良く扉を押すと、扉につけられた鈴が盛大に鳴り響いた。店の中にいた青年は、音に顔をしかめ、何か言ってやろうとして唖然とした。
そこには本来あるはずの、彰――少女の名だの顔だのはなく、代わりに、色とりどりの花のかたまりが浮かんでいた。
一瞬何かわからなかったものの、すぐに彰が花を抱えているのだと気付いたセイギ――元々は、正義という名だった――は、しかし、その色のかたまりが移動したときには大きくのけぞった。わかっていても妙な生き物のように見える。
その花が、喋った。
「ロクダイ、花瓶どこ?」
「ロクダイならさっき出かけ…って、なんでいるんだよっ?」
出かけたはずが、何事もなく店の奥から幾つもの花瓶を抱えて出てきた着流しの青年、ロクダイ――本名を、セイギは知らない――に目を見開く。
一方ロクダイは、端正な唇の端に、人の悪い笑みを浮かべた。
「わしは先刻から帰っておる。お主がぼんやりしておっただけじゃろう」
「とか言って、裏口から入っただけなんだよね」
「なんじゃ、ばれておったか」
「わかるよ、それくらい」
明るく笑いながら言う、彰。
二人が仲良く花を仕分けている様は、ほのぼのと明るい上、ドラマかのようにはまっている。そんな光景を一人離れて見ながら、セイギは疑念が湧いてくるのを抑えられなかった。
――もしかして俺って、遊ばれてる…?
ご近所で、「親しみやすくかっこいい」と評判のセイギも、この二人にかかっては形無しだった。
今や、半ば魂の抜けた状態でぼんやりと二人を見ていたセイギだが、不意に叫んだ。
「彰っ、お前その花どうしたんだよ。そんな金あったか ? ロクダイっ、その花瓶売り物じゃないか!」
『月夜の猫屋』は、喫茶店、雑貨屋、何でも屋という肩書きを持っている。
そして、喫茶店店長は高校生くらいに見えるセイギが、雑貨点店主は新社会人か大学生くらいに見えるロクダイが、何でも屋所長は小学生のような彰が、それぞれ受け持っている。
だが、そのほとんどの営業が芳しくはなかった。
口コミでの人気はあるようなのだが、どうも入りづらいらしく、女子高生の団体が意を決して入ってくるくらいだった。
商品自体の利潤が少ないこともあり、『月夜の猫屋』の帳簿は、いつも赤と黒の間を綱渡りしている。
そこに、彰が気まぐれに買ってくる物やロクダイが仕入れる売れそうもない商品の代金、約二分の一の確立で作り出されるセイギの珍品料理の材料費を加えると。
この際セイギは、自分のことは棚にあげた。
「どうなんだよ?」
「向かいの花屋さん…カササギで、切り花の安売りをしてたんだよ。少しくらい良いでしょ?」
「お前の少しは、全然全く少しじゃないんだよ!」
「しかし、花瓶も余っていることじゃし」
「それは売り物だろうが!」
セイギの声と、手を滑らせた彰が盛大にぶちまけた花とが飛び交う店内に軽やかな鈴の音が鳴り響いたときには、もう遅かった。
逃げる客を目の端に捕らえ、彰があっさりと宣言する。
「これで今週十二人目だね」
――水曜日の、夕暮れのことであった。
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