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短編
最後の言葉
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充は、何をぼんやりとしているのか、車が向って来ている道路を渡ろうとした。私は、急いで走り、そのまま充を蹴飛ばした。
充がいた方の歩道に着いてもしばらく、動悸がおさまらなかった。下手をしたら、私も轢かれていただろう。
「何考えてんのよ。死んじゃうでしょ!」
「真理?」
「そうよ! 生きてるわね? 死んだりしてないでしょうね」
「う、うん、まだ生きてる。死んだ覚えはない」
私の従兄妹の高槻充はどこか抜けていて、私はいつも怒鳴りつけていた。でも、だからってこんな時まで……こんな時? こんな時って、どういう意味だろう。
…まあ、いいか。大切なことだったらきっと、そのうち思い出すだろう。とにかく、こんなところで突っ立っていても意味がない。
「いつまでそうやってるのよ。ずっと座ってるつもり?」
「あ…いや、なあ…」
「何よ?」
幼なじみだったこともあって、割と短気な私も、充に限ってはこののんびりとしたところにも慣れているつもりだった。もっとも、あくまで「比較的」に過ぎないけれど。
「う、うん、いや、あの、」
「はっきりしなさいよ! ずっとそんなだったら、私帰るわよ」
「……足、捻挫したみたいなんだ」
「さっきので?」
「うん」
「どじなんだから。まあ、下手したら足どころじゃなかったんだから、まだマシかもね。立てる?」
「うん」
前に部活で捻挫したから、きっとくじきやすくなってるんだと、充は言い訳じみたことを言った。
そう言えば、あの時は…中学最後の試合の最中だった。四回表の攻撃側。二塁への滑り込みで足をひねり、その後勝ち抜いていった試合にも、出ることが出来なかった。
なんだか随分と懐かしい気がする。まだ、ほんの二、三年前のことなのに。
「真理、肩貸してくれないか?」
「え? あ、ああ、どうぞ。歩けるの?」
「まあ、とりあえず」
口調は軽いけれど、どうも違う気がする。充はいつも、一人で我慢をするのだから。あの試合の時もそうだった。
試しに充が手をかけている肩を引くと、体重をかけていない、捻挫した方の足が大きく空を切り、しりもちをつきかけた。
「仕方ないわね。家まで一緒に行くわ。それと、もっと体重かけても大丈夫よ」
「ありがとう、なんだけどさ、もっとマシな確かめかたなかったのかよ」
「例えば?」
「直接俺に聞くとか」
「そんな無駄なこと、思いつかなかったわ」
「あっそ」
顔は見えないけど、きっとふてくされたような表情をしているだろう。その様子が幼く見えることに、未だ本人は気付いていなかった。
「…なあ、真理?」
「何?」
「俺、お前が好きだ」
「は?」
冗談かと思ってすぐ横の顔を見ると、至って真面目だった。
「ちょっと待ってよ、何よ、突然」
混乱して、ついつい支えていた体を離してしまった。ところが充は、そのまま我慢する風でもなく立っている。
「充、足…」
「ごめん、嘘ついた。こうでもしなきゃ、もう会えないと思ったから」
「何言ってるのよ。いつでも………あ」
思い出した。
私、もう死んでたんだ。
それを、充に…別れを言いたかったから、ここに連れて来てもらったんだ。そっか。
「足、怪我してないなら大丈夫よね。じゃあね」
「待てよ、真理。俺、本当に…」
「充。ちゃんと過去形にしてよね。じゃなきゃ、安心して成仏できないじゃない。私も…好きだったわ」
そのまま、一度も振り向かないで歩いていった。どこをどう歩いたのかもわからなくなった頃に、その人が表れた。異様に似合った着流しが、妙に可笑しい。
「もういいのか」
「ええ。ありがとう、わがままを聞いてくれて」
「礼は要らぬよ。わしらにはこれくらいしか出来んから」
「いいの、ありがとうって言いたいの。行きましょ」
馬鹿馬鹿しいほどに、ドラマみたいな終り方。相変わらず、夜なのに空が明るい。いつもは嫌いな風景が、今はそうでもなかった。
充がいた方の歩道に着いてもしばらく、動悸がおさまらなかった。下手をしたら、私も轢かれていただろう。
「何考えてんのよ。死んじゃうでしょ!」
「真理?」
「そうよ! 生きてるわね? 死んだりしてないでしょうね」
「う、うん、まだ生きてる。死んだ覚えはない」
私の従兄妹の高槻充はどこか抜けていて、私はいつも怒鳴りつけていた。でも、だからってこんな時まで……こんな時? こんな時って、どういう意味だろう。
…まあ、いいか。大切なことだったらきっと、そのうち思い出すだろう。とにかく、こんなところで突っ立っていても意味がない。
「いつまでそうやってるのよ。ずっと座ってるつもり?」
「あ…いや、なあ…」
「何よ?」
幼なじみだったこともあって、割と短気な私も、充に限ってはこののんびりとしたところにも慣れているつもりだった。もっとも、あくまで「比較的」に過ぎないけれど。
「う、うん、いや、あの、」
「はっきりしなさいよ! ずっとそんなだったら、私帰るわよ」
「……足、捻挫したみたいなんだ」
「さっきので?」
「うん」
「どじなんだから。まあ、下手したら足どころじゃなかったんだから、まだマシかもね。立てる?」
「うん」
前に部活で捻挫したから、きっとくじきやすくなってるんだと、充は言い訳じみたことを言った。
そう言えば、あの時は…中学最後の試合の最中だった。四回表の攻撃側。二塁への滑り込みで足をひねり、その後勝ち抜いていった試合にも、出ることが出来なかった。
なんだか随分と懐かしい気がする。まだ、ほんの二、三年前のことなのに。
「真理、肩貸してくれないか?」
「え? あ、ああ、どうぞ。歩けるの?」
「まあ、とりあえず」
口調は軽いけれど、どうも違う気がする。充はいつも、一人で我慢をするのだから。あの試合の時もそうだった。
試しに充が手をかけている肩を引くと、体重をかけていない、捻挫した方の足が大きく空を切り、しりもちをつきかけた。
「仕方ないわね。家まで一緒に行くわ。それと、もっと体重かけても大丈夫よ」
「ありがとう、なんだけどさ、もっとマシな確かめかたなかったのかよ」
「例えば?」
「直接俺に聞くとか」
「そんな無駄なこと、思いつかなかったわ」
「あっそ」
顔は見えないけど、きっとふてくされたような表情をしているだろう。その様子が幼く見えることに、未だ本人は気付いていなかった。
「…なあ、真理?」
「何?」
「俺、お前が好きだ」
「は?」
冗談かと思ってすぐ横の顔を見ると、至って真面目だった。
「ちょっと待ってよ、何よ、突然」
混乱して、ついつい支えていた体を離してしまった。ところが充は、そのまま我慢する風でもなく立っている。
「充、足…」
「ごめん、嘘ついた。こうでもしなきゃ、もう会えないと思ったから」
「何言ってるのよ。いつでも………あ」
思い出した。
私、もう死んでたんだ。
それを、充に…別れを言いたかったから、ここに連れて来てもらったんだ。そっか。
「足、怪我してないなら大丈夫よね。じゃあね」
「待てよ、真理。俺、本当に…」
「充。ちゃんと過去形にしてよね。じゃなきゃ、安心して成仏できないじゃない。私も…好きだったわ」
そのまま、一度も振り向かないで歩いていった。どこをどう歩いたのかもわからなくなった頃に、その人が表れた。異様に似合った着流しが、妙に可笑しい。
「もういいのか」
「ええ。ありがとう、わがままを聞いてくれて」
「礼は要らぬよ。わしらにはこれくらいしか出来んから」
「いいの、ありがとうって言いたいの。行きましょ」
馬鹿馬鹿しいほどに、ドラマみたいな終り方。相変わらず、夜なのに空が明るい。いつもは嫌いな風景が、今はそうでもなかった。
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