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短編
秋休み
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そのときまで、幽霊がいるなんて思わなかった。はっきりと言ったわけではないけれど、いるはずがないと思っていた。だって、もしそんなものがいるなら、満員電車さながらに幽霊だらけじゃないか。
今でもその考えは変わらないけれど、幽霊はいるんだと思う。
秋の中ごろ、両親は息子を置いて旅行に行ってしまい、俺は目一杯羽根を広げていた。一応はカナシキジュケンセイなのだが、そんなことも吹っ飛んでいた。
明彦に電話をかけたのは、いい加減、ゲームやマンガにも飽きたからだった。
明彦とは、小・中学校ともに別だった。
高校では、一度も同じクラスになったこともないし、部活も委員会も違ったから、何がきっかけだったかのかは良く覚えていないけれど、とにかく馬が合った。
数回のコールの後、耳慣れたおばさんの声がした。
『林です』
「榎本です。明彦いますか?」
『只今留守にしていますので、ピーという発信音の後…』
最後まで聞かずに切った。留守番電話は苦手だ。回線の向こうにも誰もいないのに、一人で話しかけるところがなんとも気味が悪い。
明彦の家の留守番電話はおばさんが吹き込んだもので、しばらく間を置くと大抵名前を言うので連絡がつけやすいと、おばさんが言っていた。
「っく、なんでいないんだよあいつ」
「いやあ、色々あって」
「色々って?」
「事故に遭ったり死んだ…」
「明彦!?」
上から聞こえる声に起き上がると、明彦がいた。イタズラ小僧の笑顔と短いスポーツがりの頭とがある。
「お前な。入ってくるときには声くらいかけろよ」
「わるいわるい。慌ててたんだ」
「どこが」
明彦は、のんびりとどこが慌てているのかわからない口調で言った。いつもこうだ。例え本当に困っていても、明彦は慌てない。本人は否定しても、決してそうは見えないのだ。このときもそうだった。
「なあ、エノちゃん」
「エノちゃん言うなっ」
「成仏ってどうすれば出来ると思う?」
「人の話を……成仏?」
「うん。どうしても出来なくて。知らないか?」
「何言ってるんだ?」
それが、どうも死んだらしくてなー。そうだ、お祓いとか出来るところ知らないか?
変わらず淡々と話す明彦の言葉を、到底信じることは出来なかった。
大体、「死んだ」と言う明彦は、俺の目の前にいたのだ。足もあるし体も透けていない。当然、頭の上に輪が浮かんでいることもない。
「神社巡りでもすれば」
冗談だと思った。明彦の冗談は救いようのないものが多い。四月一日など、要注意だ。くだらない嘘を、しかもわざわざ家に来て話していく。
ゴジラの卵が発見されたと言われたときには、あまりのセンスのなさに――真面目に、騙そうとしたのだ――頭を抱えた。ところが。
「そうか、それいいな」
大きな体に似合わず、素早い動作で方向を変えると、そのまま部屋を出て行ってしまった。
「お、おいっ?」
慌てて追いかけようとした瞬間に、目の前ぎりぎりで扉が開いた。その先には、思案顔の明彦がいた。それは、つい「悩める熊」とでも名付けたくなるような代物だった。
「なあ。神社とかってどこにあるんだ?」
「………は?」
この辺りは乱開発のもとに作られた、新住宅地の真っ只中。秋祭りさえも行われず、ただ五十歩百歩の住宅の群れが広がるだけだ。いやそれ以前に、明彦が本気にするとは思ってもみなかった。
「お前、本気?」
「当たり前だろ。何聞いてたんだ」
さも当然とばかりにそう言うと、再び「悩める熊」に戻った。しばらくして、「ぽん」と言う音が聞こえてくるような動きで手を打つと、そのまま歩き出した。
「それじゃあな」
「どこ行くんだよ?」
「ああ。月夜の猫屋に行く」
「月夜の猫屋?」
「何でも屋をやってるって、夏海が言ってた」
夏海ちゃんは、明彦の妹だ。のんびりしているところが二人ともそっくりだった。
「何でも屋なら、お祓いをしてくれるところくらい探してくれるだろ」
そう言って、今度こそ本当に出ていってしまった。
「金、どうするんだよ…」
混乱しているのが、自分でもわかった。
その夜、留守番電話を聞いた夏海ちゃんからの電話で、明彦が本当に事故って意識が戻らないことを知った。途中で泣き出してしまった夏海ちゃんをなだめて、電話を置くと床に座り込んだ。
嘘だ。
だって、明彦は俺に会いに来た。確かに、あいつは、事故の後に俺に会いに来たんだ。
そんなことが、頭の中を回っていた。
『成仏ってどうすれば出来ると思う?』
嘘、だろう――?
嘘ではなかった。が、正しくもなかった。
明彦はまだ生きていて、今も俺の隣で例の「悩める熊」をやっている。
あの翌々日、半ば呆然としながら学校についた俺の目の前には、左腕をギプスで固定した明彦の姿があった。
『おはよう』
『お、お前…』
『ああ。まだ死んでなかったらしくてな』
明るく笑う奴の声が、今でも残っている。俺は、安堵よりも先に呆れが出た。やっぱりこいつ、明彦だ…。
あれからもう一年近くが経ち、今、俺と明彦は「月夜の猫屋」の前で立ち止まっている。
「うーん…」
「何やってるんだよ、早く入れよ」
「なあ、あの時ここの店員にきょうだい揃ってそそっかしいって言われたんだけど、どういう意味だと思う?」
俺は明彦を無視して、店の扉を開けた。
今でもその考えは変わらないけれど、幽霊はいるんだと思う。
秋の中ごろ、両親は息子を置いて旅行に行ってしまい、俺は目一杯羽根を広げていた。一応はカナシキジュケンセイなのだが、そんなことも吹っ飛んでいた。
明彦に電話をかけたのは、いい加減、ゲームやマンガにも飽きたからだった。
明彦とは、小・中学校ともに別だった。
高校では、一度も同じクラスになったこともないし、部活も委員会も違ったから、何がきっかけだったかのかは良く覚えていないけれど、とにかく馬が合った。
数回のコールの後、耳慣れたおばさんの声がした。
『林です』
「榎本です。明彦いますか?」
『只今留守にしていますので、ピーという発信音の後…』
最後まで聞かずに切った。留守番電話は苦手だ。回線の向こうにも誰もいないのに、一人で話しかけるところがなんとも気味が悪い。
明彦の家の留守番電話はおばさんが吹き込んだもので、しばらく間を置くと大抵名前を言うので連絡がつけやすいと、おばさんが言っていた。
「っく、なんでいないんだよあいつ」
「いやあ、色々あって」
「色々って?」
「事故に遭ったり死んだ…」
「明彦!?」
上から聞こえる声に起き上がると、明彦がいた。イタズラ小僧の笑顔と短いスポーツがりの頭とがある。
「お前な。入ってくるときには声くらいかけろよ」
「わるいわるい。慌ててたんだ」
「どこが」
明彦は、のんびりとどこが慌てているのかわからない口調で言った。いつもこうだ。例え本当に困っていても、明彦は慌てない。本人は否定しても、決してそうは見えないのだ。このときもそうだった。
「なあ、エノちゃん」
「エノちゃん言うなっ」
「成仏ってどうすれば出来ると思う?」
「人の話を……成仏?」
「うん。どうしても出来なくて。知らないか?」
「何言ってるんだ?」
それが、どうも死んだらしくてなー。そうだ、お祓いとか出来るところ知らないか?
変わらず淡々と話す明彦の言葉を、到底信じることは出来なかった。
大体、「死んだ」と言う明彦は、俺の目の前にいたのだ。足もあるし体も透けていない。当然、頭の上に輪が浮かんでいることもない。
「神社巡りでもすれば」
冗談だと思った。明彦の冗談は救いようのないものが多い。四月一日など、要注意だ。くだらない嘘を、しかもわざわざ家に来て話していく。
ゴジラの卵が発見されたと言われたときには、あまりのセンスのなさに――真面目に、騙そうとしたのだ――頭を抱えた。ところが。
「そうか、それいいな」
大きな体に似合わず、素早い動作で方向を変えると、そのまま部屋を出て行ってしまった。
「お、おいっ?」
慌てて追いかけようとした瞬間に、目の前ぎりぎりで扉が開いた。その先には、思案顔の明彦がいた。それは、つい「悩める熊」とでも名付けたくなるような代物だった。
「なあ。神社とかってどこにあるんだ?」
「………は?」
この辺りは乱開発のもとに作られた、新住宅地の真っ只中。秋祭りさえも行われず、ただ五十歩百歩の住宅の群れが広がるだけだ。いやそれ以前に、明彦が本気にするとは思ってもみなかった。
「お前、本気?」
「当たり前だろ。何聞いてたんだ」
さも当然とばかりにそう言うと、再び「悩める熊」に戻った。しばらくして、「ぽん」と言う音が聞こえてくるような動きで手を打つと、そのまま歩き出した。
「それじゃあな」
「どこ行くんだよ?」
「ああ。月夜の猫屋に行く」
「月夜の猫屋?」
「何でも屋をやってるって、夏海が言ってた」
夏海ちゃんは、明彦の妹だ。のんびりしているところが二人ともそっくりだった。
「何でも屋なら、お祓いをしてくれるところくらい探してくれるだろ」
そう言って、今度こそ本当に出ていってしまった。
「金、どうするんだよ…」
混乱しているのが、自分でもわかった。
その夜、留守番電話を聞いた夏海ちゃんからの電話で、明彦が本当に事故って意識が戻らないことを知った。途中で泣き出してしまった夏海ちゃんをなだめて、電話を置くと床に座り込んだ。
嘘だ。
だって、明彦は俺に会いに来た。確かに、あいつは、事故の後に俺に会いに来たんだ。
そんなことが、頭の中を回っていた。
『成仏ってどうすれば出来ると思う?』
嘘、だろう――?
嘘ではなかった。が、正しくもなかった。
明彦はまだ生きていて、今も俺の隣で例の「悩める熊」をやっている。
あの翌々日、半ば呆然としながら学校についた俺の目の前には、左腕をギプスで固定した明彦の姿があった。
『おはよう』
『お、お前…』
『ああ。まだ死んでなかったらしくてな』
明るく笑う奴の声が、今でも残っている。俺は、安堵よりも先に呆れが出た。やっぱりこいつ、明彦だ…。
あれからもう一年近くが経ち、今、俺と明彦は「月夜の猫屋」の前で立ち止まっている。
「うーん…」
「何やってるんだよ、早く入れよ」
「なあ、あの時ここの店員にきょうだい揃ってそそっかしいって言われたんだけど、どういう意味だと思う?」
俺は明彦を無視して、店の扉を開けた。
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