月夜の猫屋

来条恵夢

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短編

闇の中

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 闇の中を歩いていた。
 真っ暗なのに、何故か周りが見える。ひょっとすると、これは闇ではなくて、ただ黒いだけなのかもしれない。
 随分歩いた気がするけど、周囲の景色は変わらないし、あまり疲れた感じもしない。時間か疲労の感覚がマヒしたのかもしれない。
 昨日は、全くいつも通りだった。それが、目が覚めてみるとこんなところにいた。どうしてなのか、ここはどこなのか。答えの出ない問いが、ぐるぐると頭の中を回っている。
 現実離れしていて、もう半ばどうでもいい。何故か、夢だとは思えないでいる。
「冗談じゃないわよ。あたしが何したって言うのよ」
 まだ、何一つやってないのに。
 どこを向いても闇の色しかなくて、他には誰もいなくて―――恐い。
香奈かなちゃん?」
 髪の長い女の子がいた。あたしと同い年か少し下くらい。闇色にきらめく瞳が、異様に美しい。
末永すえなが香奈ちゃんよね?」
「…うん」
 誰だろう。さっきまで、誰でもいいから会いたいと思っていたのに、今は「誰か」がいることが恐い。
「良かった。間違えたらどうしようかと思っちゃった。さあ、行こう」
「…どこに?」
 そう訊くと、彼女は哀しそうなカオをした。いつも見る、あの大嫌いなカオ。彼女が何か言いかけるのをさえぎって言う。
「あたし、死んだの?」
 こたえは無かった。表情が消えている。何かをこらえるように。こまやかな偽善に、ウンザリする。
 死んだのは、あなたじゃない。可哀想なんて思われるだけ、みじめになる。
「気にしないでよ。わかってたんだから」
 わかってた。ずっと病院で過ごして、「生きてるのが奇跡」だなんて言われて、みんなから気の毒がられて。本当は、目が覚めてからずっと、ここは「死後の世界」なんじゃないかと思ってた。
「それで、どこに行けばいいの」
「…いいの?」
「何が。死んだこと? 今更あがいたからって、どうにかなるの? ならないよね。『死にたくない』って叫んだからって、助かるわけ無いんだから」
 意外に声が響いた。でも、ほとんど気にならなかった。それよりも、苛立ちのほうが強い。わかりもしないのに、親切ぶったことを言わないで。
 少しして、静けさが戻った。
「早くしてよ。こんなところになんていたくないわ」
「本当に?」
 見上げた彼女の瞳には、本物の闇が映っていた。全てを吸い込むような、底無しの空間。恐いのに、目が離せない。ひきつけられる。
「ねえ、だったら私に頂戴ちょうだい。いらないんでしょう。ね?」
 平坦な声に、恐怖が増す。それでも、逃げる気にはなれなかった。そう。どうせ、死んだんだし。何をあげてもいいんじゃない?
「駄目だよ、ミサキ。それをしたら自分じゃいられなくなる」
 声が聞こえた。声の主は、自然な動きであたしと彼女の間に割りった。少年のような風貌ふうぼうに、哀しげな空気を漂わせながら。
「久しぶりね、アキラ。こんな風に再開なんてしたくなかったわ」
「あたしもだよ。やめなよ。まだ、今なら…間に合うよ」
「嫌よ。もう無理なの。長すぎたわ」
 不思議な光景だった。彼女は、後からきた少女よりも幼いのに、大人びて見えた。
 一体、何が起きているのかがわからない。
「アキラ、そこを退きなさい。その子は放棄したのよ。だから、私がもらうの」
「それでも、駄目だよ」
「だったら、止めなさい。その為に来たんでしょう」
「……そうだね」
 アキラと呼ばれた人の台詞セリフは、さばさばとした感じなのに、そうは聞こえなかった。まるで、泣いているみたいで。
 次の瞬間には、彼女たちは動いていた。
 どこからか出した長い棒で何度か打ち合い、最終的には、アキラという少女の棒が、ミサキという少女をつらぬいた。それが、ひどくながく思えた。 
「ありがとう、アキラ」
 ミサキという少女は、そう言って消えた。
「殺した、の……?」
「うん」
 恐かった。あたしも死んだんだから関係ないと、そう思いながらも、どうしようもなく恐くて、駆け出した。
 わからない。どうしてありがとうなんて言えるの。殺されたのに。それも、親しかっただろう人に殺されたのに。あたしは嫌だ。恐い。まだ、死にたくない―――。
「うん。頑張ってね」
 そんな声が聞こえた気がした。
 気付くとあたしは、いつも通りに病院のベッドに寝ていた。
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