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番外
幸せ配達局 歩道橋
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車が流れていく。
排気ガスが立ち込めているような気がしながらも、それをボケっと眺めていた。そんな俺の後ろを、何人もが通りすぎていった。中には、平日の昼間にこんなところにいる俺に、あからさまな非難を込めた視線を投げつけていく奴もいる。学校はどうした、と言いたげだ。
「けっ」
どうせ童顔でちびだよ。でも今日は、講義は入ってないんだよ。
歩道橋の柵に両手と頭をのせたまま、一人で呟いていた。
「マリさんマリさん、いましたよ!」
「やだ、暗いわね―」
「そうですか?」
「一人で車見ながら毒づいてるんでしょ? 暗いわー」
「何?」
声がする。腹立ちに任せて振り向くが、そこには誰もいなかった。いや、いるにはいるが、サラリーマン風の中年親父や、三人組の馬鹿話で盛りあがっているらしい女。さっきの声らしい女はいない。
「上ですよ」
「見るんじゃないわよ。変態」
声のままに上を見上げると、頭を遠慮なくけられ、危うく道路に落ちるところだった。
――俺が何をした・・・・?
女たちは、タウとマリと名乗った。
タウの方はどこかぼんやりとしていて危なっかしげで、マリのほうは気だるげなのに態度がでかかった。
俺を殺し掛けたのは、マリ。
『だってスカートはいてるのよ?』
自分がやってもいないことを謝るタウの横で、ぴったりとしたスカートをはいたマリは、そう言ってのけた。
「――で? あんたら何?」
「はい、幸せ配達局のものです。ちょっとしたことで派生した幸運や不運などを届ける仕事をしています」
「………は?」
宙に浮く人間が現れて。奇妙なことを言って。――俺にどうしろと?
「先に言っとくけど、あんたに拒否権はないわよ? 不運も運ぶから、逃げようとする奴もいるのよね―。逃がさないくらいの強制力はあるから。悪魔の使いって呼ばれるわけよねぇ」
柵に、力なくへばりつく。何なんだ、こいつらは。悪魔の使いだって?
「あ」
何やら鞄を探っていたタウが、見つけたらしい紙の束を片手に、動きを止める。大きく目を見開いて、慌ててマリを見る。肩に届くくらいの髪が、大きく広がった。
――髪には気を遣っていると、言っていた。
「私たち、実体化してないですよ!」
「あぁら。見える人なのね、真人クン」
「これじゃあ真人さん、変な人ですよ。普通の声で独り言いってて」
「いいんじゃないのー? 元から変な人みたいだし」
「マリさん!」
タウが、マリの腕をつかんでじっと見る。
少しして、マリは苦笑してタウの頭をなでた。そう年が離れているようには見えないが、子どもにするような感じだ。それか、姉と妹。そうなると、高校生と中学生くらいだろうか。
――あいつも、妹いるって言ってたっけ。
「さあ。実体化したわよ。これで良いんでしょう、タウ?」
「はい。ありがとうございます」
良くわからないけど、礼を言うようなところだったろうか。違う気がする。…騙されやすそうだな。
「真人さん」
「は?」
「今から言うことを、よく聞いてくださいね」
手に持った紙を確認するように見てから、タウは顔を上げた。真っ向から俺を見る。
「真人さんには、今日中に不運と幸運がそれぞれ一つづつ、配達されます。そこで、不運と幸運、どちらが先に来るか、選べます。この権利を放棄した場合は、配達員――私たちですね――が決めます。この場合、配達員は順番に対する責任は一切負わないものとします」
一言一言をしっかりと言って、少し、安心したように息をつく。ただ呆気にとられている俺に、再び目を向けた。
「どうしますか?」
「え? …あ?」
「厭な事と良い事と、どっちが先に来る方が良いかって訊いてるのよ。まあ本当なら、あたしたちに会えただけで幸運一回分よねえ」
…いや、それは違うと思う。
そう思ったが、口に出せるはずがない。マリは、早くしろと言わんばかりに、不機嫌そうに睨んできた。年下に見えるのに、やけに迫力がある。はっきり言って、恐い。
「い、厭な事の方、先で」
「不運の方が先ですね。わかりました」
そう言ってタウは、にっこりとほほ笑んだ。
瞬きをするくらいの短い間に、二人の姿は消えていた。蹴られる覚悟で上を見ても、そこには薄らぼんやりとした雲しかない。
「――帰ろ」
何やってんだろ、馬鹿らしい。白昼夢まで見るほどに疲れてるのか、俺は。――由香子にふられたくらいで。
向きを変えた途端に、こけた。
「…っ。かっこ悪ィ…」
足捻ってやんの。ばっかで―。
呟く声が虚しい。ああ、ついてないなあ。
「大丈夫ですか? …立川君?」
「…加納?」
「久しぶりだねえ、どうしてこんなとこにいるの。ってゆーか。大丈夫? 見事にこけてたでしょ、さっき」
中学校の同級生は、そう言って心配そうに眉をひそめた。意外に美人だったんだなあと、俺はバカな事を考えていた。
排気ガスが立ち込めているような気がしながらも、それをボケっと眺めていた。そんな俺の後ろを、何人もが通りすぎていった。中には、平日の昼間にこんなところにいる俺に、あからさまな非難を込めた視線を投げつけていく奴もいる。学校はどうした、と言いたげだ。
「けっ」
どうせ童顔でちびだよ。でも今日は、講義は入ってないんだよ。
歩道橋の柵に両手と頭をのせたまま、一人で呟いていた。
「マリさんマリさん、いましたよ!」
「やだ、暗いわね―」
「そうですか?」
「一人で車見ながら毒づいてるんでしょ? 暗いわー」
「何?」
声がする。腹立ちに任せて振り向くが、そこには誰もいなかった。いや、いるにはいるが、サラリーマン風の中年親父や、三人組の馬鹿話で盛りあがっているらしい女。さっきの声らしい女はいない。
「上ですよ」
「見るんじゃないわよ。変態」
声のままに上を見上げると、頭を遠慮なくけられ、危うく道路に落ちるところだった。
――俺が何をした・・・・?
女たちは、タウとマリと名乗った。
タウの方はどこかぼんやりとしていて危なっかしげで、マリのほうは気だるげなのに態度がでかかった。
俺を殺し掛けたのは、マリ。
『だってスカートはいてるのよ?』
自分がやってもいないことを謝るタウの横で、ぴったりとしたスカートをはいたマリは、そう言ってのけた。
「――で? あんたら何?」
「はい、幸せ配達局のものです。ちょっとしたことで派生した幸運や不運などを届ける仕事をしています」
「………は?」
宙に浮く人間が現れて。奇妙なことを言って。――俺にどうしろと?
「先に言っとくけど、あんたに拒否権はないわよ? 不運も運ぶから、逃げようとする奴もいるのよね―。逃がさないくらいの強制力はあるから。悪魔の使いって呼ばれるわけよねぇ」
柵に、力なくへばりつく。何なんだ、こいつらは。悪魔の使いだって?
「あ」
何やら鞄を探っていたタウが、見つけたらしい紙の束を片手に、動きを止める。大きく目を見開いて、慌ててマリを見る。肩に届くくらいの髪が、大きく広がった。
――髪には気を遣っていると、言っていた。
「私たち、実体化してないですよ!」
「あぁら。見える人なのね、真人クン」
「これじゃあ真人さん、変な人ですよ。普通の声で独り言いってて」
「いいんじゃないのー? 元から変な人みたいだし」
「マリさん!」
タウが、マリの腕をつかんでじっと見る。
少しして、マリは苦笑してタウの頭をなでた。そう年が離れているようには見えないが、子どもにするような感じだ。それか、姉と妹。そうなると、高校生と中学生くらいだろうか。
――あいつも、妹いるって言ってたっけ。
「さあ。実体化したわよ。これで良いんでしょう、タウ?」
「はい。ありがとうございます」
良くわからないけど、礼を言うようなところだったろうか。違う気がする。…騙されやすそうだな。
「真人さん」
「は?」
「今から言うことを、よく聞いてくださいね」
手に持った紙を確認するように見てから、タウは顔を上げた。真っ向から俺を見る。
「真人さんには、今日中に不運と幸運がそれぞれ一つづつ、配達されます。そこで、不運と幸運、どちらが先に来るか、選べます。この権利を放棄した場合は、配達員――私たちですね――が決めます。この場合、配達員は順番に対する責任は一切負わないものとします」
一言一言をしっかりと言って、少し、安心したように息をつく。ただ呆気にとられている俺に、再び目を向けた。
「どうしますか?」
「え? …あ?」
「厭な事と良い事と、どっちが先に来る方が良いかって訊いてるのよ。まあ本当なら、あたしたちに会えただけで幸運一回分よねえ」
…いや、それは違うと思う。
そう思ったが、口に出せるはずがない。マリは、早くしろと言わんばかりに、不機嫌そうに睨んできた。年下に見えるのに、やけに迫力がある。はっきり言って、恐い。
「い、厭な事の方、先で」
「不運の方が先ですね。わかりました」
そう言ってタウは、にっこりとほほ笑んだ。
瞬きをするくらいの短い間に、二人の姿は消えていた。蹴られる覚悟で上を見ても、そこには薄らぼんやりとした雲しかない。
「――帰ろ」
何やってんだろ、馬鹿らしい。白昼夢まで見るほどに疲れてるのか、俺は。――由香子にふられたくらいで。
向きを変えた途端に、こけた。
「…っ。かっこ悪ィ…」
足捻ってやんの。ばっかで―。
呟く声が虚しい。ああ、ついてないなあ。
「大丈夫ですか? …立川君?」
「…加納?」
「久しぶりだねえ、どうしてこんなとこにいるの。ってゆーか。大丈夫? 見事にこけてたでしょ、さっき」
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