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中編
序幕2
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彰は、雑多な小物や置物の数々を見て溜息をついた。得体の知れない、どこか不気味な店内の品々も、見慣れてしまえば何ということもない。問題はそれではない。
暇すぎる。
「知ってる歌、歌いきっちゃったしなー」
そう言って、雑巾をしぼる。
開店しているのだが、客が来ないものだから暇でしょうがない。つい、雑巾がけをしようかなどと考えるくらいに。大声で童謡を歌ってしまうくらいに。
それが、なおのこと客の足を遠ざけているのだが。
「ねえ、ここらへんの捨てちゃ駄目?」
並べてある紫の包みを指差し、肩越しに首だけ振り向いて言う。
そこには、彰と同じ白いシャツに黒のズボン、黒のベストと黒のエプロンを着たロクダイがいた。小洒落たレストランの店員かのような格好は、一応この店の制服だ。
ロクダイは、ネクタイを外した状態で店の椅子に腰掛け、文庫本を読んでいる。顔も上げず、一言。
「駄目じゃ」
「でもさあ、呪いのわら人形セットなんて、誰が買う? 置いてても不気味なだけだよ」
言っていることは非難そのものなのだが、口調がそれを裏切っている。むしろ、楽しんでいるかのようだ。
「誰か物好きがおるじゃろう」
「ロクダイ並の物好きねえ…。まあ、いないとは言いきれないけどさ。望み薄だね。その人がこれを買うのと、猫屋がつぶれるのと、どっちが先かな」
「決まっとるじゃろ」
やはり活字を追いながら、淡々と答える。
「あ、あの…」
「はい?」
突然聞こえたか細い声に、彰が入口を見る。ロクダイと話しながら雑巾がけもしていたため、手にはまだ雑巾を持っている。
恐る恐る、といった風に顔をのぞかせた少女は、彰の手元を見て、店内を見て、固まった。
ロクダイは素早く本を見えない位置に隠し、ネクタイも締め直して立っているが、逆にそれが浮いてすらいる。
「あっ、ご、ごめんなさいっ」
慌てた声でそれだけ言い、扉は無情にも閉められた。ロクダイと彰が、お互いを見て苦笑する。
「ごめんって?」
「何かされたかのう」
雑巾のせいだとか、置物のせいだとかは言わない。言っても無駄というよりも、既にそれは前提になっているのだ。あって当然。喫茶店に花が飾ってあってもおかしくないだろう、といったところ。
無論、それが一般的でないことは知っている。客で遊んでいるとも言えるかもしれない。
「これで今月、十四人目かぁ。まだ半月経ってないのに、来たお客さん、一桁だね」
むしろ、こんな場所の喫茶店によくもそれだけ人が来たというべきだが、それには敢えて触れない。わざと、客を遠ざけている感もある。
この「月夜の猫屋」が現在地に店開きをしたのは、桜の季節だった。それから、半年以上が経っている。
入った当初から客の入りは悪いがつぶれる気配はなく、相も変わらず店員たちは呑気にしており、店内の飾りつけは不気味だ。
暇すぎる。
「知ってる歌、歌いきっちゃったしなー」
そう言って、雑巾をしぼる。
開店しているのだが、客が来ないものだから暇でしょうがない。つい、雑巾がけをしようかなどと考えるくらいに。大声で童謡を歌ってしまうくらいに。
それが、なおのこと客の足を遠ざけているのだが。
「ねえ、ここらへんの捨てちゃ駄目?」
並べてある紫の包みを指差し、肩越しに首だけ振り向いて言う。
そこには、彰と同じ白いシャツに黒のズボン、黒のベストと黒のエプロンを着たロクダイがいた。小洒落たレストランの店員かのような格好は、一応この店の制服だ。
ロクダイは、ネクタイを外した状態で店の椅子に腰掛け、文庫本を読んでいる。顔も上げず、一言。
「駄目じゃ」
「でもさあ、呪いのわら人形セットなんて、誰が買う? 置いてても不気味なだけだよ」
言っていることは非難そのものなのだが、口調がそれを裏切っている。むしろ、楽しんでいるかのようだ。
「誰か物好きがおるじゃろう」
「ロクダイ並の物好きねえ…。まあ、いないとは言いきれないけどさ。望み薄だね。その人がこれを買うのと、猫屋がつぶれるのと、どっちが先かな」
「決まっとるじゃろ」
やはり活字を追いながら、淡々と答える。
「あ、あの…」
「はい?」
突然聞こえたか細い声に、彰が入口を見る。ロクダイと話しながら雑巾がけもしていたため、手にはまだ雑巾を持っている。
恐る恐る、といった風に顔をのぞかせた少女は、彰の手元を見て、店内を見て、固まった。
ロクダイは素早く本を見えない位置に隠し、ネクタイも締め直して立っているが、逆にそれが浮いてすらいる。
「あっ、ご、ごめんなさいっ」
慌てた声でそれだけ言い、扉は無情にも閉められた。ロクダイと彰が、お互いを見て苦笑する。
「ごめんって?」
「何かされたかのう」
雑巾のせいだとか、置物のせいだとかは言わない。言っても無駄というよりも、既にそれは前提になっているのだ。あって当然。喫茶店に花が飾ってあってもおかしくないだろう、といったところ。
無論、それが一般的でないことは知っている。客で遊んでいるとも言えるかもしれない。
「これで今月、十四人目かぁ。まだ半月経ってないのに、来たお客さん、一桁だね」
むしろ、こんな場所の喫茶店によくもそれだけ人が来たというべきだが、それには敢えて触れない。わざと、客を遠ざけている感もある。
この「月夜の猫屋」が現在地に店開きをしたのは、桜の季節だった。それから、半年以上が経っている。
入った当初から客の入りは悪いがつぶれる気配はなく、相も変わらず店員たちは呑気にしており、店内の飾りつけは不気味だ。
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