月夜の猫屋

来条恵夢

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中編

序幕3

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 そしてもう一つ、客足が遠のく原因がある。
「誰か来てたか?」
 調理場の戸を開けて、セイギが顔をのぞかせる。
 二人と同じ格好をしており、その上から、白いフリルのエプロン。恐ろしい事に、似合っていなくもない。
 見慣れている二人はなんの反応も返さないが、初めて見る客は仰天する。見られない姿でない分だけ、見てはいけないものを見たような気分にもなる。
 だが、それだけではない。
「…また、逃げていったのか?」
「人聞きが悪いなあ、セイギ。早々に帰られたんだよ」
 「られ」の用法が敬語か受身か、迷うところだ。
 ロクダイは、もう読書に戻っている。その姿を横目で見ながら、セイギが溜息をつく。
「あのなあ。客怯えさすなって言ってるだろ。誰も来なくなったらどうするんだよ?」
「ま、そのときはそのときってことで。で、何か用?」
「ん? ――新作! 新作できたんだよ。もうすぐ焼けるから、飲み物訊こうと思って。何にする?」
 一瞬、彰とロクダイが目を見交わす。
「何でも構わんよ」
「紅茶。新作って、今度は何?」
「みかんパイ。みかんをじっくり煮詰めてだなあ…」
「ちゃんと食べられるんだろうね、それ?」
 疑わしそうに、彰がさえぎる。セイギは、怒ったように眉を跳ね上げた。
「当たり前だろ。俺が作ったんだぜ、俺が」
「だから信用できないんだよ。この前のみたらし団子パン、作ったの誰だったっけ?」
「あれは…醤油をちょっと入れ過ぎたんだ。それだけだって」
「どうかなあ」
 意地悪そうに笑う、彰。セイギがそれをむくれて見下ろすが、あれ以来、みたらし団子パンが作られていないのは事実だ。
 セイギの作る料理は、美味しいには美味しいのだが、趣味でもある創作料理は、約二分の一の確率で物凄い味になる。到底、食べれたものではない。下手をすれば、気絶者が出るかもしれない。
 それを、「試作品」と断りはするものの、客にも出すのだ。
 折角、店内の雰囲気や店員の様子にもめげずに注文した客が、この為に二度と来るもんか、と固く決心することも少なくない。
「しかし、エンゼル林檎はうまかったのう」
「だろ?」
「メロンドリームは? あの、甘ったるくてドクターストップかかりそうだったやつ」
「あっ、こげちまう!」 
 折良く鳴ったタイマーの音に、セイギが店の奥に姿を消す。残された二人は、揃って溜息をついた。だが、それすらも楽しんでいるかのようだ。
 そして、彰がバケツと雑巾を片付けようとしゃがみ込んだとき、「月夜の猫屋」に、今日はじめての「客」が入ってきた。  
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