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中編
第一幕5
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「いらっしゃいませ」
「――失礼しました」
間を置いて発された言葉に、更に間を置いて、真理は言った。
「わっ、なんで俺見て帰るんだよっ」
迎えの言葉とともに立ちあがっていた男は、真っ白のフリルがたっぷりとついたエプロンをつけていた。これを見て回れ右したっておかしくない。というよりも、しない方がおかしい。
だが、真理が戸を閉めるよりも早く、男がその腕をつかまえていた。
「失礼だぞ、今の」
「…大声出すわよ」
怯んでか手が緩んだ。だが、振りきって行こうとしたら、今度は制服のスカートの裾をつかまれた。
「変態!」
「俺じゃない!」
「そうそう。セイギって、案外まともだから」
「案外って…」
壁に寄りかかって落ち込む男。白いエプロンが異様だ。手は、真理から完全に離れている。
真理は、スカートをつかむ子どもを見やって溜息をついた。幼児よりはましとはいえ、どうにも子どもは苦手だ。
「手、離してくれない?」
「でも、離したら帰っちゃうんでしょ? だったら離さない。外に出ると危ないよ」
「あのねえ…」
これだから、子どもは苦手なのだ。本人にだけしかわからない理屈を押し通して、話が通じない。
それでもどうにかわからせようとして、何気なくその子どもの眼を見た真理は、思わず息を呑んだ。何かを見透かされたような気がした。
ここでようやく、店に二人の客と思しき人がいる事、スカートをつかんでいる子どもが、白エプロンはしていないものの、男と同じ格好をしている事に気付いた。そして店内の飾りは、不気味なものばかりだ。
「何、ここ…」
「喫茶店兼雑貨屋及び何でも屋『月夜の猫屋』略して『猫屋』に、ようこそ。あたし、ウェイトレス兼店員及び所長のアキラっていいます。どうぞ、店内へ」
アキラという少女は、そう言ってにっこりと笑った。
真理は、一瞬浮かんできた「狐に化かされる」という言葉を打ち消し、頭を抱えたくなった。どうやら、真っ当な客商売とは思えない、妙な店に踏み込んでしまったようだ。
なんだか疲れて、どうでも良くなってしまった。促されるままに、椅子に座る。そこは、先客の隣のテーブルだった。
「セイギ。お茶追加」
アキラの呼びかけに応えて、フリルエプロンの男が店の奥に消える。アキラは、ごゆっくりどうぞ、という、今の真理には嫌味にしか聞こえない言葉を残して、隣のテーブルに移った。
隣のテーブルに座っているのは、滅多に見掛けない着物姿の若い男と、ぼんやりとした中学生くらいの少女だった。
真理は、溜息をついてメニューを取った。
見ると、サボテンドリンクや熊の手の蒸し焼きといった、珍妙なものが多い。本当に営業許可が取ってあるのかさえ疑わしい。
「どうして、こんなところに来たのかしら」
己の不運を嘆く。まともな喫茶店なら、他にいくらでもあっただろうのに。何故自分は、こんないかにも怪しげな、探しながら歩いていても見落としてしまいそうなところにやって来たのか。
そもそも、政経のレポートが悪いのだ。高校の授業で営業について書かせるなんて、どうかしている。
そして真理は、深深と溜息をついた。
「お待ちどうさま」
見ると、セイギとかいう男が、紅茶とパイを載せたお盆を手に立っていた。フリルエプロンはつけたままだ。
「…たのんでないわよ」
「きいてないからな」
どう頑張っても、相性の悪い相手というのはいる。もしかしてこれがそうだろうかと、真理は思った。
男は、ふてくされたような顔をした。
「いいんだよ、これは。金取るわけじゃないから。安心して食べろ」
「安心して食べられるかは別だけど…まあ、お金取らないのは本当だよ」
「アキラ、どういう意味だ?」
「そのままの意味」
じゃれ合う二人を見て、パイと紅茶を見る。二人分あるのは、男もここで食べるつもりだからだろうか。一体何がどうなっているのか、さっぱりわからない。
「――失礼しました」
間を置いて発された言葉に、更に間を置いて、真理は言った。
「わっ、なんで俺見て帰るんだよっ」
迎えの言葉とともに立ちあがっていた男は、真っ白のフリルがたっぷりとついたエプロンをつけていた。これを見て回れ右したっておかしくない。というよりも、しない方がおかしい。
だが、真理が戸を閉めるよりも早く、男がその腕をつかまえていた。
「失礼だぞ、今の」
「…大声出すわよ」
怯んでか手が緩んだ。だが、振りきって行こうとしたら、今度は制服のスカートの裾をつかまれた。
「変態!」
「俺じゃない!」
「そうそう。セイギって、案外まともだから」
「案外って…」
壁に寄りかかって落ち込む男。白いエプロンが異様だ。手は、真理から完全に離れている。
真理は、スカートをつかむ子どもを見やって溜息をついた。幼児よりはましとはいえ、どうにも子どもは苦手だ。
「手、離してくれない?」
「でも、離したら帰っちゃうんでしょ? だったら離さない。外に出ると危ないよ」
「あのねえ…」
これだから、子どもは苦手なのだ。本人にだけしかわからない理屈を押し通して、話が通じない。
それでもどうにかわからせようとして、何気なくその子どもの眼を見た真理は、思わず息を呑んだ。何かを見透かされたような気がした。
ここでようやく、店に二人の客と思しき人がいる事、スカートをつかんでいる子どもが、白エプロンはしていないものの、男と同じ格好をしている事に気付いた。そして店内の飾りは、不気味なものばかりだ。
「何、ここ…」
「喫茶店兼雑貨屋及び何でも屋『月夜の猫屋』略して『猫屋』に、ようこそ。あたし、ウェイトレス兼店員及び所長のアキラっていいます。どうぞ、店内へ」
アキラという少女は、そう言ってにっこりと笑った。
真理は、一瞬浮かんできた「狐に化かされる」という言葉を打ち消し、頭を抱えたくなった。どうやら、真っ当な客商売とは思えない、妙な店に踏み込んでしまったようだ。
なんだか疲れて、どうでも良くなってしまった。促されるままに、椅子に座る。そこは、先客の隣のテーブルだった。
「セイギ。お茶追加」
アキラの呼びかけに応えて、フリルエプロンの男が店の奥に消える。アキラは、ごゆっくりどうぞ、という、今の真理には嫌味にしか聞こえない言葉を残して、隣のテーブルに移った。
隣のテーブルに座っているのは、滅多に見掛けない着物姿の若い男と、ぼんやりとした中学生くらいの少女だった。
真理は、溜息をついてメニューを取った。
見ると、サボテンドリンクや熊の手の蒸し焼きといった、珍妙なものが多い。本当に営業許可が取ってあるのかさえ疑わしい。
「どうして、こんなところに来たのかしら」
己の不運を嘆く。まともな喫茶店なら、他にいくらでもあっただろうのに。何故自分は、こんないかにも怪しげな、探しながら歩いていても見落としてしまいそうなところにやって来たのか。
そもそも、政経のレポートが悪いのだ。高校の授業で営業について書かせるなんて、どうかしている。
そして真理は、深深と溜息をついた。
「お待ちどうさま」
見ると、セイギとかいう男が、紅茶とパイを載せたお盆を手に立っていた。フリルエプロンはつけたままだ。
「…たのんでないわよ」
「きいてないからな」
どう頑張っても、相性の悪い相手というのはいる。もしかしてこれがそうだろうかと、真理は思った。
男は、ふてくされたような顔をした。
「いいんだよ、これは。金取るわけじゃないから。安心して食べろ」
「安心して食べられるかは別だけど…まあ、お金取らないのは本当だよ」
「アキラ、どういう意味だ?」
「そのままの意味」
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