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中編
第一幕6
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考えるのに疲れた真理は、紅茶のカップに手を伸ばした。もう、どうでもいい。喉も渇いている。
「………おいしい」
「だろ?」
セイギが、真理を見て顔を輝かせる。今までの態度との落差と、セイギが人並み以上にかっこいいことに気付いてしまい、言葉に詰まる。不意打ちだ。
だが、セイギはそんな事に気付きもせず、笑顔のまま真理の向かいの椅子に座った。
「パイの方も食べてみてくれよ。自信作なんだ、それ」
尻尾があったら、間違いなく振っているだろう。期待の眼差しを向けられながら、真理は、フォークを口に運んだ。
「…不味い?」
パイを一口食べたまま何も言わない真理に、セイギが哀しそうに訊く。だが、真理はゆっくりとセイギを見ただけだった。
「これ、あなたが作ったの?」
「うん」
不安そうに頷く。そうすると、真理と同年代に見えるのに、もっと幼いような気がする。更に言えば、子犬のようだ。
「美味しいわ」
「やった! 聞いたか!」
セイギが勝ち誇って振り向くと、隣のテーブルでは、アキラ達が何食わぬかおでパイを食べている。真理が食べて何も言わなかった時点で、手が伸びていたようだ。
セイギは、口を尖らせながらも、嬉しそうだった。
「おかわり、あるからな。紅茶もパイも」
「…ねえ、怒ってないの?」
「何を?」
「だって、さっき…」
「ああ、これ?」
座ったまま、エプロンの裾を手にとって広げる。その様子は、やっぱり変だ。
それを自覚しているのかいないのか、セイギは苦笑した。
「はじめに帰ろうとしたのって、これのせいだろ? まあ、慣れたし。アキラ、この格好どう思う?」
「ばっちり」
「ロクダイは?」
「似合っておるよ」
「ゆかりちゃんは?」
「かわいい、と思いますけど…」
「な?」
再び唖然としている真理に目を戻して、セイギは言った。楽しそうなのだが、やけになっているようにもとれる。
「自分の意見が一般論とは限らないってこと、覚えておいた方が良いぜ。それに俺の場合、現に似合ってるんだから」
「…本気?」
もう馬鹿にする気はないが、それでも訊きたくなってしまう。本気だとすれば、真理の感覚では受け入れられない。
「まあ、半分。毎日似合ってるとか言われたら、そんな気にもなるって。俺も最初、これ見せられたときは逃げようかと思ったけど」
「どういうこと?」
「これはあいつらの手製で、折角作ったのにとか、苦労を無駄にしやがってとかずーっと言われてみろ」
とすれば、元凶は隣のテーブルの人々のようだ。では、服装の違う二人も客ではないのだろうか。
真理は、溜息をついた。考えることに疲れたのに、どうもこの店は、謎が多くてつい考えてしまう。そして、何故か居心地が良いとも思い始めているのだった。
「で、あんたは何の用でここに?」
「え?」
「違った?」
「…いえ、違ってないわ」
目的を忘れていた。レポートのために来ていたはずなのに。メモ帳を取り出そうとして、真理は持ってきていないことに気付いた。
それどころか、財布も鞄もない。部活で学校に行った帰りにここに寄ったのではなかったか。
「違う…」
学校からも家からも離れた、こんなところに来る意味がない。喫茶店なら、家の近くにもある。
何かがおかしい。こみ上げる不安を、どうすれば追い払えるだろう。理屈だった説明をするには、何かが欠けている。
「大丈夫か?」
セイギが、こちらを見ている。心配しているようで、だが、どこか醒めている。
「焦らなくていいから」
優しく、まるで小さい子にするかのように、真理の頭に手を置く。
「ほら、紅茶。温まるよ」
渡されたカップを、抱えるように持つ。真理は、自分が混乱して、酷く怯えている事に気付いた。その反面、苛々してもいる。
何かが、気にかかる。
「そっちからはじめよう」
真理から目を転じて、セイギが言った。隣のテーブルで、アキラと着物姿の男が頷くのが見えた。
「………おいしい」
「だろ?」
セイギが、真理を見て顔を輝かせる。今までの態度との落差と、セイギが人並み以上にかっこいいことに気付いてしまい、言葉に詰まる。不意打ちだ。
だが、セイギはそんな事に気付きもせず、笑顔のまま真理の向かいの椅子に座った。
「パイの方も食べてみてくれよ。自信作なんだ、それ」
尻尾があったら、間違いなく振っているだろう。期待の眼差しを向けられながら、真理は、フォークを口に運んだ。
「…不味い?」
パイを一口食べたまま何も言わない真理に、セイギが哀しそうに訊く。だが、真理はゆっくりとセイギを見ただけだった。
「これ、あなたが作ったの?」
「うん」
不安そうに頷く。そうすると、真理と同年代に見えるのに、もっと幼いような気がする。更に言えば、子犬のようだ。
「美味しいわ」
「やった! 聞いたか!」
セイギが勝ち誇って振り向くと、隣のテーブルでは、アキラ達が何食わぬかおでパイを食べている。真理が食べて何も言わなかった時点で、手が伸びていたようだ。
セイギは、口を尖らせながらも、嬉しそうだった。
「おかわり、あるからな。紅茶もパイも」
「…ねえ、怒ってないの?」
「何を?」
「だって、さっき…」
「ああ、これ?」
座ったまま、エプロンの裾を手にとって広げる。その様子は、やっぱり変だ。
それを自覚しているのかいないのか、セイギは苦笑した。
「はじめに帰ろうとしたのって、これのせいだろ? まあ、慣れたし。アキラ、この格好どう思う?」
「ばっちり」
「ロクダイは?」
「似合っておるよ」
「ゆかりちゃんは?」
「かわいい、と思いますけど…」
「な?」
再び唖然としている真理に目を戻して、セイギは言った。楽しそうなのだが、やけになっているようにもとれる。
「自分の意見が一般論とは限らないってこと、覚えておいた方が良いぜ。それに俺の場合、現に似合ってるんだから」
「…本気?」
もう馬鹿にする気はないが、それでも訊きたくなってしまう。本気だとすれば、真理の感覚では受け入れられない。
「まあ、半分。毎日似合ってるとか言われたら、そんな気にもなるって。俺も最初、これ見せられたときは逃げようかと思ったけど」
「どういうこと?」
「これはあいつらの手製で、折角作ったのにとか、苦労を無駄にしやがってとかずーっと言われてみろ」
とすれば、元凶は隣のテーブルの人々のようだ。では、服装の違う二人も客ではないのだろうか。
真理は、溜息をついた。考えることに疲れたのに、どうもこの店は、謎が多くてつい考えてしまう。そして、何故か居心地が良いとも思い始めているのだった。
「で、あんたは何の用でここに?」
「え?」
「違った?」
「…いえ、違ってないわ」
目的を忘れていた。レポートのために来ていたはずなのに。メモ帳を取り出そうとして、真理は持ってきていないことに気付いた。
それどころか、財布も鞄もない。部活で学校に行った帰りにここに寄ったのではなかったか。
「違う…」
学校からも家からも離れた、こんなところに来る意味がない。喫茶店なら、家の近くにもある。
何かがおかしい。こみ上げる不安を、どうすれば追い払えるだろう。理屈だった説明をするには、何かが欠けている。
「大丈夫か?」
セイギが、こちらを見ている。心配しているようで、だが、どこか醒めている。
「焦らなくていいから」
優しく、まるで小さい子にするかのように、真理の頭に手を置く。
「ほら、紅茶。温まるよ」
渡されたカップを、抱えるように持つ。真理は、自分が混乱して、酷く怯えている事に気付いた。その反面、苛々してもいる。
何かが、気にかかる。
「そっちからはじめよう」
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