夜の底を歩く

来条恵夢

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二、いつものことといつもでないこと

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 夢を見ている、と思った。
 夢の中で、夢を見ていると気付く。そして、その内容が過去の再現であることを知り、数年前の自分の中にいながら見下ろすつかさは、またかと思う。
 繰り返し見る過去は、決まって夜の闇に沈んでいる。罪悪感からか、あやかしを殺した夜には必ず。まるで、おのれの過去を責めるように。
「音に注意してろ。眼をつぶった方が、逆に歩きやすいかもな」
 りょうに手を引かれ、夜の山の中を駆けている。
 忠告にも拘らず、闇に染めたような長い髪の少女は、小さな目を大きく見開き、ただ一心に、前方の闇を睨みつける。
 (殺してやる)
 過去の自分の声を、司は、離れたところで聞く。
 (殺してやる。絶対に、ゆるさない)
 諒の足は速く、司自身が尋常でない速度で走っているというのに、体を動かしている感覚はなかった。はだしの足は傷だらけで、夏用のパジャマからむき出しの腕や頬は、避け切れなかった小枝で切ったのか、血がにじんでいる。
 だが痛みなど、感じられるほどの余裕はなかった。
 聞こえるのは、殺してやるという自分の声だけ。見えるのは、倒れ伏した祖母と、そのかたわらにある、祖母に似た違う生き物の姿。見られたとわかり、飛び掛ってくる異形いぎょうのそれ。司をかばい、打ち付けられたおとうとの、意識を失った身体。額から血が流れている、鏡に映るのとよく似た顔。
「先に言っとくが、おちびちゃん。俺は、手を出さないからな。頼まれたから、案内してやるだけだ」
 この当時、諒の司の呼び方は「おちびちゃん」。かなめを「ちび」と呼んでいた。
「しかしまあ、俺も人がいいなあ。って、人じゃないけど」
 返事がないことを前提にするかのように、諒は一人で喋っている。司の中を、その声は素通りしていく。
 殺してやる、と強く叫ぶ声。方法は考えておらず、ただただ、祖母の姿をしたあの化け物を殺すのだと、それだけを強く念じる。
 そうして、司はたどり着く。
 ひときわ大きく古い木の根元に、祖母の姿をしたものがいた。
「つかさ」
「――よぶな」
「つかさ」
 司をしかるとき、祖母はかなしげな眼をする。司はいつも、叱られることよりもその眼に打ちのめされ、悪いことをしたのだと思い知らされる。
 そのときと同じような眼で、名を呼ぶ。
 司の中で、何かが弾け跳んだ。体中を、血ではなく炎が駆け巡るような灼熱感。
 どこからともなく現れた日本刀は、まるで司の腕の一部のようだった。
「やめなさい、つかさ」
「――呼ぶなと、言った」
 いつ駆け出したのか、覚えていない。
 身をひるがえした祖母に似せたそれを、躊躇ちゅうちょなくった。手には重い、肉を切り裂く感触。こちらを向いて見開かれた瞳が、光を失っていく様を、まざまざと見せ付けられた。
 浴びた返り血のにおいが立ち込める中で、司は、修羅しゅらのように立ち尽くしていた。
 ああ――そうだった、と、司は思う。過去に見た、夢でも幾度となく見た光景を眺め、思う。
 大切な人を失っても、失いかけても、悲しむことよりも怒りを優先する自分は。生死すら確かめず、助けられたかもしれない祖母を置いて、怪我をした要を置いて、走り出した自分は。
 大切に思う人の、そばにいてはいけない。
 夢の中で司は、記憶にはない動作をした。いつの間にか流れ落ちた涙をぬぐうために、腕を上げて目を閉じた。
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