かつて最強の刀弟子

くろまねこる

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街編

十四話.素振り

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 僕はベッドに仰向けに寝転がる。
 恐らくここは村じゃない。オルカの口ぶりからして僕が住んでいた村周辺の森を調査していたようだ。そしてテムとか言う人の『大団長』という言葉。
 教会では使わない言葉だろうし、村の人たちが時に口にしていた街の騎士団の可能性が高い。ならばここは街の中だとみていいだろう。

 まぁ、それが分かったところで何だって話なんだけど。

 僕は天井に手を伸ばし、拳を握る。

「強くなる理由……か……」

 さっきは考える事を中断したが、こうして一人になるとまた浮かび上がってくる。

 今も頭の中で『私』が繰り返す。

 ──強くなれと。

 仮にここが街なんだとすれば、僕はもう強くなる必要がない。魔力のない僕でも、死ぬ気で探せば街で働き口くらいは見つけられるだろう。

「はぁ……」

 しかしどうも身体が落ち着かない。
 意識せずとも瞑想をしてしまうし、木の棒でもいいから何かを握って振りたい衝動に駆られてしまう。
 今は僕の意識のほうが強いはずなのに……そんな『私』の意思の強さにはもはや呆れを覚えるレベルだ。

 仕方ない。

 僕はベッドから身を起こして降りる。長い事眠っていたからか少しふらついてしまうが、すぐに持ち直して深呼吸をする。

 棒状の何かがあればいいけど、あいにくここには何も握る物が無い。これで『私』が満足するかは分からないが、無いものは想像で補って素振りをしよう。

 そうやって僕は構えを取り、大きく息を吐いて軽めに一振する。ヒュン、と風を切る音が聴こえたような気がした。
 もはや幻聴まで聞こえる程に得物を振りたかったのかと一瞬自分の耳を疑ったが、どうやら違う。窓は閉じているはずなのにカーテンが僅かになびいていたのだ。
 もしかすると、無意識に風に刃を乗せる振り方をしたのかもしれない。押し出した空気が風になってカーテンを揺らしたのだろうか。
 いま思い返してみれば確かに『私』が得物を振るうときは必ず追い風が吹いていた。この技術を極めれば、風が無くとも自分で風を作り刃を飛ばせるのかもしれない。

 ……原理は分からないけど。

 取り敢えず僕は、この身体の疼きが消えるまでは素振りをする事にした。効果があるかなんて関係ない。『私』が満足すればそれで良いのだ。

 それからどれだけ経っただろうか。
 ただ一心に振り続けた腕はパンパンになり、筋肉が悲鳴を上げているのが分かる。
 それでも不思議なもので、腕を振っている間は疲労はあまり感じることがなかった。痛む身体すらも、その時だけは忘れる事が出来た。

「この辺でいいか……」

 僕は腕を止める。
 どっと襲い掛かる疲労感と吹き出す汗。
 ベタベタになった包帯に不快感を感じながらも、この状態で寝転がるのも申し訳ない気がした僕はベッドの近くにあるボタンを押した。

 ブー、という気の抜けた音が鳴る。

 しばらくすると、ドアがガチャリと開いた。
 そこから現れるのは、金の髪を後ろで結ぶオルカ──ではなく、青色の髪をした男の人であった。ぶっきらぼうな面持ちで、表情を捉えづらい。
 確か名前は……テスとか言ったか。

「……一応言っておきますが私はテムです」
「あ……はい。すみません」

 なんと、どうやら僕の表情に出ていたらしい。
 遅いながらも僕は顔を引き締める。するとそれをみていたテムは呆れた様子で首を振った。
 
「……それで、どうしました?」
「あ……いえ……その……身体を拭きたくて」
「汗が……、わかりました。タオルを持って来るので待っていてください」

 またドアが閉まり、僕は一人になる。
 ……なんだか落ち着かないし、どうせ身体を拭くんだからもう少しだけ素振りをしておくとしよう。

 僕はないはずの得物を掴み振り上げた。その状態で静止させ、瞑想する。

「ふっ──!」

 心の波がなくなると同時に振り下ろす。
 ヒュン、という風を切る音が耳を撫でた。

 うん、いい感じだ。なんだか最初よりも音が大きくなっているような気がする。
 瞑想も目を閉じずとも維持が出来るようになってきた。ゆくゆくは常に維持しておく事が出来るようにならないといけないが、今はこれくらいで十分だろう。
 それでもまだまだ『私』の足元にすら達していない。天井が見えないその高みに恐ろしさを感じると同時に、なんだかワクワクもする。

 これが僕の気持ちなのか『私』の気持ちなのかは分からないけど。

「おまたせしました」

 ドアが開き、腕にタオルを掛けたテムが入ってくる。
 彼はそのまま僕にタオルを渡すと、なにやらじっと僕の方を見つめてきた。僕の顔……というよりかは、包帯でぐるぐる巻きにされている僕の身体を見ているようだった。
 
「えっと……なにか?」
「あぁ、いえ。傷の具合は大丈夫なんですか?」
 
 ……なるほど。顔に変化がなさすぎて分かりにくいが、どうやら彼は僕の身体を心配してくれていたらしい。
 起きたときは確かに痛みはしたものの、今は何ともない。久しぶりに身体を動かしたことで痛んだだけかもしれないな。
 しかしそんな事情を知らない彼から見れば心配するのもうなずける。でもこれについては原理が分からないから僕にも説明出来ないし……。

「ありがとうございます。もう身体は大丈夫そうです」
「そう……ですか。わかりました」

 なんだかあまり納得していないような歯切れの悪い返答だった。
 しかしこればっかりは許して欲しいところだ。
 僕は渡されたタオルで頭や顔の汗をふき取っていく。するとまた彼と目が合った。また汗をふき取りテムの方を見ると、まだ僕の方をじっと見つめていた。

「……な、なんですか?」
「あぁ、いえ。そんなに汗だくになるほど何をしていたのか気になって」

 それで僕の方をずっと見ていたのか? 聞けばいいのに……なんだかよくわからない人だ。
 まぁいい。別にこれは隠すことの程でもない。信じてくれるかは置いておいて、素直に話すべきだろう。

「素振りをしていました」
「素振り? 何のために……それに何も持っていないですよね?」
「はい。身体が落ち着かなかったので、持っている前提で素振りをしていました」
「……?」

 表情はよく分からないが多分理解されていないんだろうな。何となく分かってしまう。

「まぁよく分かりませんが、無理だけはしないでください。歩けるようになるまで三カ月はかかるだろう、って言われるくらいの重傷だったんですから」 
「そ、そんなに酷かったんですか?」
「えぇ。なのでこの部屋に入ってきた時あなたが立っている姿を見て驚きましたよ。ここまでの重傷で、更には一週間寝たきりなら普通はまともに立てませんよ。ましてや運動だなんて」

 そんな風には見えなかったけど……まぁでも身体の心配をしてくれていたから本当のことなんだろう。顔に変化がないから分からないなホント。

 それにしても、目が覚めるまで一週間……三カ月はかかる傷がもう痛みがない程になっている。
 僕の回復力がそんなに早くなっているなんて、自分でも驚きだ。同時に『私』の恐ろしさがよく分かる。
 『私』の記憶を垣間見てから欠かさずしていた瞑想も、『私』にはまだ到底追いつかない。もし回復力も瞑想の練度に関係しているなら、『私』は傷ができた瞬間に治っていたんじゃ……? 考えただけでも恐ろしい。
 そんな事を考えていると、テムは一通り僕の身体を見たあと感心したように口を開いた。

「見た感じだと本当に傷は大丈夫そうですね。魔力欠乏症の方はよく五感が敏感だったり記憶力が良かったりするという話は聞きますが……回復力が高い事もあるんですね」
「は、はぁ……」
「では私は団長に報告してきますので、あなたはまだ寝ていてください。治っていたとしても、まだ運動はしちゃいけませんよ」

 それだけ言い残し、彼はこの部屋から出ていく。
 また一人取り残された僕は、ふと、気づいてしまう。

「あ……ここがどこか聞くのを忘れてた……」

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