剣闘大会

tabuchimidori

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2戦目

フジミヤ旅館

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「ようこそ、フジミヤ旅館へ」
 リリィに道案内された旅館は温泉街が一望できる高台にあり、この温泉街でも一二を争う大きな和風の旅館だった。旅館に入ってすぐにリリィのお母さんと思しき女将さんに出迎えられた。
 ちなみにリリィはお母さんと会うと面倒だからと裏口から入ると言って一旦別れた。あとで部屋に行くので待っててくださいと言って大剣を担ぎながらも軽やかにステップを踏みながら去って行った。
「剣闘大会支部の方から連絡は頂いております、エレア様でよろしいですか?」
 落ち着いた色合いの和装に身を包んだ女将さんは、大人の魅力が詰まった美しい顔立ちをしていた。
 ――リリィも大人になったらこうなるのかな。
 かわいらしさのイメージが強いリリィとは対照的な美しさで、おそらく初見では親子と見抜くのは難しいだろうなと思いながら、エレナも女将さんに挨拶する。
「それではお部屋の方にご案内いたしますので、こちらにどうぞ」
 女将さんに先導してもらって旅館内へと招かれる。部屋を案内してもらいながら食事の時間や大浴場の利用時間、また料金の話などを詳しく説明してもらう。その説明の話し声も落ち着いた雰囲気で耳にスッと入ってきた。仕事ができる女性なんだなと素直に感心していた。
 ――良い大人なのになぁ……。
 つい先ほどの支部のおじさんとの話を思い出しながらエレアは考える。これだけの大きな旅館を経営する人だから、社会人としての力量は人並み以上に優れているのは間違いなかった。それは会って実際に話してみてよく分かった。だからこそ、リリィとの仲が悪いのが余計に許せなくなってきた。とは言えこの場でいきなりそんなことで怒っても意味がないと深呼吸をして落ち着かせる。
「こちらがエレア様のお部屋になります」
 いつの間にか部屋に着いていて少し驚いたが、それ以上に部屋の中身に驚かされた。一人用の部屋としては規格外の大きさの部屋に、さらに檜の浴槽のお風呂とジャグジー付きのお風呂と二つ用意されていたからだ。
「部屋のお風呂はこちらの二つになりまして、大浴場では他に温度高めの地獄風呂に水風呂、サウナもご用意しております」
 大浴場での入浴には専用の着物がありますのでこれを着用して入浴してくださいと特に注意された。その入浴着は見た目は水着みたいなものだった。エレナが理由を尋ねると、女将さんは部屋の窓を開けて温泉街の景色を見せてくれた。高台からの見下ろす様な景色は非常に壮観だった。そしてその景色を見て入浴着が必要な理由もよくわかった。
「大浴場はどの旅館でも基本的に露天形式になっておりますので、ここから他の旅館の温泉も見えるわけです。もしも他の旅館のお風呂にも興味があればぜひご利用ください」
 他の旅館のお風呂を勧めるのは、ここの旅館の大浴場にそれだけ自信があるという表れなのだろうと思った。
「利用方法や食事の時間は部屋の壁にも張り出しております。またご不明な点がありましたら、部屋の電話で受け付けにご連絡いただければ対応いたします」
 笑顔を絶やさず流暢に説明を締める。これで話は終わりかと思った瞬間に、女将さんの目元が少しだけ鋭くなった。
「時にエレアさん、剣を背中に担いだ少女に会いませんでしたか?」
 表情は笑顔のまま、声もほとんど変化はない。にも拘らず少し空気が冷たくなったように感じた。エレアは至って普通に、剣闘大会支部で出会ったこととリリィにここを勧めてもらったことを伝える。
「もう会っているのなら話は早いです。あの子には剣術を教えたりしないようにお願いできますか?」
 女将さんの言葉は丁寧だったけど、さっきまでよりも明らかに声に力が入っていた。お願いという言葉は使っていたが、聞いた限りでは命令しているように感じ取れる声色だった。
「まあ私も忙しい身ですから、リリィちゃんに構ってられないですよ」
「そうですか、それなら問題ありません。どうぞごゆっくり」
 女将さんは終始笑顔を崩すことなく部屋を出ていった。
 ――もしも教えるって言ったら部屋を追い出されたのかな。
 そんな風にも取れる女将さんの最後の言葉の意味を考えていると、ガラッとリリィが部屋に入ってきた。
「あ、エレアさん発見!」
 さっきまでの女将さんの裏のある笑顔とは違う屈託のない笑顔に緊張をほぐされるのを感じて、思わずエレアは笑ってしまう。
「私変なコト言いました? それとも顔に何か付いてます?」
「ううん、気にしないで。それより色々話を聞きたいんでしょ? お風呂に入りながらでも良い?」
 エレアはリリィの返答を聞く前にすでに服を脱ぐ準備をしていた。リリィはじゃあ私が背中流しますよと快諾していた。
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