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4戦目
涙
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ヒリューとアムーリヤは出会って以来度々夕食を一緒にするようになった。アムーリヤはヒリューがまた外で問題を起こす、もしくは騙される可能性があるから保護者的な視点でフリティアの街にいる時は一緒にいるようにしていた。
なのでテレランの街から帰ってきたその日も、報告を済ませてからすっかり馴染みの客となっている飲食店に来ていた。ただし二人の間には重苦しい空気が立ち込めている。
「……」
いつも通り小さな体のどこに食べ物が入っているのか分からないくらいの量を食べきったヒリューは、前回同様両手を握りしめてワナワナと震えていた。ただ一つ違っていたのは、それは怒りからではなく悔しさからであった。
「よーく分かったでしょ。ヒリュー君は剣技以外があまりにも脆すぎるのよ」
アムーリヤはテレランの街にヒリューを送った時点でおそらくまた騙されると確信していた。なので剣を見ないでも何の魔力を付与されたかおおよそ見当が付いていたので、それをズバッと言い当てて、そしてそれが無駄である事も説明したのだ。
『増強』の魔力は他の魔力の効果を高める魔力である。実際に『力』の魔力の底上げを出来るので、いつも以上のパワーを発揮できる点では確かに損ではない。ただ『眠』の魔力に関しては単純に眠りが深くなるだけであって、そもそも眠りに付かせられない、魔力の効果が発揮されない状況下では『増強』の効果も発生しない。以前説明した状態を打破する魔力ではないのだ。
もちろん『力』と『増強』の組み合わせは今後主流になってくるのでそれでも十分使える剣ではあるが、スロ三という最大のメリットが無くなっているため、ヒリューの戦力が向上したとは言い切れない。むしろ他のスロ三の魔力剣を持つ相手に対して、一つ自分からハンデを作っている事に等しい。あの三人組のおっさんはヒリューに対して上手く騙しきったと言い切れる成果なのである。
「でも、今度こそ……」
「止めなさい。自分で何も考えない君じゃ絶対に同じ事を繰り返すよ」
はっきりとした怒気をはらんだ声色で𠮟りつける。ヒリューは今度こそはという思いでいたが、続くアムーリヤの言葉で完全にその考えを否定されてしまう。自分が何か言う前にテレランで何があったかを言い当てたアムーリヤの言葉には、歯向かう気すら起きなかった。
「でも……!」
ヒリューは悔しくて悔しくて、初めて涙が出そうになっていた。エレアやセキヤと過ごしていた日々では笑い泣きをする事はあっても、悔しかったり辛くて泣く事は一度もなかった。むしろ悲しくて泣く人間の気持ちが分からないくらいだった。しかしヒリューは今、自分がどれだけバカで世間知らずでどうしようもない人間なのかと悔しさのあまり涙を流しそうになっていたのだ。悔しいのに何も出来ない弱い自分が憎かったのだ。
「『じゃあどうすれば良いんだ?』ってとこかしら?」
また自分の言いたい事を先だって言われて首を縦に振る。アムーリヤの発言一つ一つが自分を見透かしていて、どれだけ自分が分かりやすい人間なのだろうかと余計に惨めに思い始める。
「……」
アムーリヤはヒリューのその質問にはすぐには答えなかった。グラスに注がれた飲み物を飲みつつ、何かを考えていたようだがヒリューはその考えが何か分かるわけがなかった。
「そうね、とりあえずもっと社会勉強して、剣闘大会への姿勢とか取り組み方を考え直すべきなんじゃない?」
社会勉強、剣闘大会への姿勢。ヒリューはアムーリヤの言葉を心の中で反芻する。そこでヒリューは自分が今何をしているんだと改めて思った。
それは剣闘大会という単語を聞いたからである。エレアやセキヤは自分よりも頭が良いからきっとドンドン強い魔力を手に入れたり、もっと効率よく強くなる方法を考えているはずだと思い出す。そしていざ自分を振り返ってみると、果たしてこの一週間強くなっていただろうかと自問自答した。
答えは当然否だった。一週間ずっと護衛の任務に就き、戦う練習はしても相手が人間ではなく魔物である以上、剣闘大会としての強さにはあまり結びつかない。その上肝心のスロ三の魔力剣は実質スロ二と変わらない状態にしてしまっている。この一週間であの二人に後れを取ったのは、あの二人の状態を確認するまでもないと確信したのだ。
そしてヒリューは泣いてる場合かと自分の頬を両手でバシンと力一杯叩く。すぐに両頬は真っ赤になって、見るからに痛々しい手形がはっきりとできあがった。
「だ、大丈夫?」
いきなりの出来事にアムーリヤもさすがに目をぱちくりとさせた。
「大丈夫っす! おかげで目が覚めました!」
ヒリューはその日初めて、これからどうすべきかを考えてから行動に移す事が出来た。
「アン姉さん、一つお願いしても良いですか?」
「何? やりたい仕事の斡旋ならいくらでもやるわよ」
「俺に全部教えてください! 社会の事も剣闘大会の事も、知ってる事全部教えてください!」
アムーリヤが一人前の大人であり、かつ剣闘大会の事も良く知っているからこそヒリューは今の自分に足りない物を補ってくれる人物になり得ると思い、指導を志望した。テーブルに額を付けるほどに頭を下げてからお願いをしたのである。
アムーリヤはそれを見て、ふぅと軽く息を吐いてから答えた。
「別に良いわよ。その代り、私これでも結構ビシバシやるタイプよ?」
「望むところっす! ありがとうございます!」
ヒリューはアムーリヤがすんなり了承した事に感謝して、涙が込み上げてきたのを感じていた。
なのでテレランの街から帰ってきたその日も、報告を済ませてからすっかり馴染みの客となっている飲食店に来ていた。ただし二人の間には重苦しい空気が立ち込めている。
「……」
いつも通り小さな体のどこに食べ物が入っているのか分からないくらいの量を食べきったヒリューは、前回同様両手を握りしめてワナワナと震えていた。ただ一つ違っていたのは、それは怒りからではなく悔しさからであった。
「よーく分かったでしょ。ヒリュー君は剣技以外があまりにも脆すぎるのよ」
アムーリヤはテレランの街にヒリューを送った時点でおそらくまた騙されると確信していた。なので剣を見ないでも何の魔力を付与されたかおおよそ見当が付いていたので、それをズバッと言い当てて、そしてそれが無駄である事も説明したのだ。
『増強』の魔力は他の魔力の効果を高める魔力である。実際に『力』の魔力の底上げを出来るので、いつも以上のパワーを発揮できる点では確かに損ではない。ただ『眠』の魔力に関しては単純に眠りが深くなるだけであって、そもそも眠りに付かせられない、魔力の効果が発揮されない状況下では『増強』の効果も発生しない。以前説明した状態を打破する魔力ではないのだ。
もちろん『力』と『増強』の組み合わせは今後主流になってくるのでそれでも十分使える剣ではあるが、スロ三という最大のメリットが無くなっているため、ヒリューの戦力が向上したとは言い切れない。むしろ他のスロ三の魔力剣を持つ相手に対して、一つ自分からハンデを作っている事に等しい。あの三人組のおっさんはヒリューに対して上手く騙しきったと言い切れる成果なのである。
「でも、今度こそ……」
「止めなさい。自分で何も考えない君じゃ絶対に同じ事を繰り返すよ」
はっきりとした怒気をはらんだ声色で𠮟りつける。ヒリューは今度こそはという思いでいたが、続くアムーリヤの言葉で完全にその考えを否定されてしまう。自分が何か言う前にテレランで何があったかを言い当てたアムーリヤの言葉には、歯向かう気すら起きなかった。
「でも……!」
ヒリューは悔しくて悔しくて、初めて涙が出そうになっていた。エレアやセキヤと過ごしていた日々では笑い泣きをする事はあっても、悔しかったり辛くて泣く事は一度もなかった。むしろ悲しくて泣く人間の気持ちが分からないくらいだった。しかしヒリューは今、自分がどれだけバカで世間知らずでどうしようもない人間なのかと悔しさのあまり涙を流しそうになっていたのだ。悔しいのに何も出来ない弱い自分が憎かったのだ。
「『じゃあどうすれば良いんだ?』ってとこかしら?」
また自分の言いたい事を先だって言われて首を縦に振る。アムーリヤの発言一つ一つが自分を見透かしていて、どれだけ自分が分かりやすい人間なのだろうかと余計に惨めに思い始める。
「……」
アムーリヤはヒリューのその質問にはすぐには答えなかった。グラスに注がれた飲み物を飲みつつ、何かを考えていたようだがヒリューはその考えが何か分かるわけがなかった。
「そうね、とりあえずもっと社会勉強して、剣闘大会への姿勢とか取り組み方を考え直すべきなんじゃない?」
社会勉強、剣闘大会への姿勢。ヒリューはアムーリヤの言葉を心の中で反芻する。そこでヒリューは自分が今何をしているんだと改めて思った。
それは剣闘大会という単語を聞いたからである。エレアやセキヤは自分よりも頭が良いからきっとドンドン強い魔力を手に入れたり、もっと効率よく強くなる方法を考えているはずだと思い出す。そしていざ自分を振り返ってみると、果たしてこの一週間強くなっていただろうかと自問自答した。
答えは当然否だった。一週間ずっと護衛の任務に就き、戦う練習はしても相手が人間ではなく魔物である以上、剣闘大会としての強さにはあまり結びつかない。その上肝心のスロ三の魔力剣は実質スロ二と変わらない状態にしてしまっている。この一週間であの二人に後れを取ったのは、あの二人の状態を確認するまでもないと確信したのだ。
そしてヒリューは泣いてる場合かと自分の頬を両手でバシンと力一杯叩く。すぐに両頬は真っ赤になって、見るからに痛々しい手形がはっきりとできあがった。
「だ、大丈夫?」
いきなりの出来事にアムーリヤもさすがに目をぱちくりとさせた。
「大丈夫っす! おかげで目が覚めました!」
ヒリューはその日初めて、これからどうすべきかを考えてから行動に移す事が出来た。
「アン姉さん、一つお願いしても良いですか?」
「何? やりたい仕事の斡旋ならいくらでもやるわよ」
「俺に全部教えてください! 社会の事も剣闘大会の事も、知ってる事全部教えてください!」
アムーリヤが一人前の大人であり、かつ剣闘大会の事も良く知っているからこそヒリューは今の自分に足りない物を補ってくれる人物になり得ると思い、指導を志望した。テーブルに額を付けるほどに頭を下げてからお願いをしたのである。
アムーリヤはそれを見て、ふぅと軽く息を吐いてから答えた。
「別に良いわよ。その代り、私これでも結構ビシバシやるタイプよ?」
「望むところっす! ありがとうございます!」
ヒリューはアムーリヤがすんなり了承した事に感謝して、涙が込み上げてきたのを感じていた。
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