剣闘大会

tabuchimidori

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6戦目

謝罪

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「眠れませんか?」
 明日からはじゃあどうやって訓練しようかとまた新しい考え事をしていると、スギヤさんに話しかけられた。時刻はすでに日付が変わろうとしているので、この時間に部屋ではなく訓練場で寝っ転がっている私は大層変な奴に思われたかもしれない。
「眠れませんね。手強い相手がいるもので」
「それは有難い言葉ですね。あなたのおかげで吹っ切れましたから」
 スギヤさんは私のすぐ近くに腰かけたので、さすがに寝たまま話すのは行儀が悪いと思って私も上半身を起こす。
「私のおかげですか?」
「はい。ゴウに勝つためには一人でも勝つ気概が必要だと。勝とうとする意志が必要だと。そしてそのためにできる事をやり切る事です」
「そんな大層な事は言ってませんよ」
「言っていないけど、言ってるんですよ。あの時のあの発言は、間違いなくそういった意志の表れでしたから」
 第二回鍛冶屋杯の話になったので、これは良いタイミングだと思って、私は思い切って謝る事にした。
「あ、あの時は本当にすみませんでした!」
 起こした上半身をまた床に近づける。ただし今度は前のめりに。
「ゴウさんと戦う事しか頭になくて、邪魔とか言ってしまって本当にすみません」
 ここにきてスギヤさんの強さを体感してからずっと謝ろうとしてた事だ。スギヤさんの強さを知らなかったとしても今更ながらあの時の私はちょっと普通のテンションじゃなかったんだなと反省した。それはおそらくスギヤさんが上辺だけでなく常に相手の事を立てようと腰を低くしているからこそ、人として尊敬できる部分が多々あったからこそのより強く思った事だった。
 ――これからは相手を尊重しないと。リリィの親御さんの件があったにしても、誰も彼もが敵なわけじゃないんだから。
 私としてはむしろ謝罪が遅れた事にも謝りたいくらいに申し訳ない気持ちで一杯だったが、スギヤさんは特に気にしていないといった感じで答えてくれた。
「良いんですよ。あれは私たちの攻撃を受けて『反射』させようとする挑発だったのでしょう。だとすればその作戦にまんまとハマった私たちの方が悪いんですから」
「そんな事は全然考えてなかったんですが!」
 ――深読み過ぎです!
「だとしても、結果としてエレアさんがあの場で勝ってゴウと戦う権利を得たのです。勝者が敗者に謝るなんておかしな話ですよ」
「でもあの魔力だって……」
「セキヤさんの物ですよね。でも剣闘士間での魔力剣の受け渡しは別に禁止されていませんから。あなたはできる限りの事をできる限りやってゴウに挑もうとしていた。その差があの時の結果なのです。もっと胸を張ってください、私はあなたの戦い方に惚れたからここに誘ったんですよ」
 スギヤさんは心底嬉しそうに笑顔で語る。あの時の敗北がまるで人生のピークだったのだと感じているのか、負け惜しみにも嫌味にも聞こえないほどに、私の勝利を称賛していた。
「あなたは強いです。私がこの先強くなるために必要なくらいに強いです。だからできる限り一緒に戦ってくれるとありがたいのですが、いかがですか?」
「えっ?」
 急に明後日の方向に話が飛んだ気がして着いていけなくなった。
「『ワンアタック』に正式に加入しませんか? 共にゴウに勝つために切磋琢磨していきませんか?」
「いや、私スギヤさんにほとんど勝ててないのに、そんな良い訓練相手じゃないと思いますけど」
「エレアさんほどの速さ特化型の剣士がいないので、私としては非常に新鮮な気持ちで訓練できてますし、ここ数週間の訓練は今までとは比べられなくらいに充実していると実感しているのです。これからも相手してくれませんか。それとも私では訓練相手になりませんか?」
「それだけは絶対にないです!」
 実力差的には私の方が訓練になるだけなはずなのに、それでもスギヤさんはそんな事ないと私の加入を勧めてくる。
 ――うーん、これ以上スギヤさんと戦っても私が不利になるだけな気がするんだけどなぁ……。
「もちろん、リリィさんも一緒で大丈夫ですよ」
 私が悩んでいるのはリリィの事かと推測して条件を付け足すが、それだけでは私にとってのメリットが少ない。
 ――でも、やっぱりスギヤさんに勝つためには、スギヤさんの戦い方をもっと知っておくのが良いのかも。
 それに『ワンアタック』に正式に加入すれば、スギヤさん以外にも訓練相手は一杯いる。スギヤさんと戦えば私が不利になるけど、スギヤさん以外と戦う分には私にしかプラスにならないはずだ。
 結局あれこれ考えてみても、ここでの訓練が意外と居心地がよくなんだかんだで楽しんでいた自分がいたなという結論になったので、ひとまず加入する事にした。
「じゃあ、とりあえずスギヤさんに圧倒的に勝てるようになるまではお世話になりますね」
「それではいつまでもエレアさんが残ってくれるように、私もさらに強くなりますね」
 セキヤとヒリューを除いて、剣闘大会を経て初めてライバルと言える相手ができた瞬間だった。
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