剣闘大会

tabuchimidori

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7戦目

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 ある所に、頑張り屋の猫人族の女の子がいました。
 彼女は猫人族ながら人間界に興味があり、人間の社会に適応していました。
 猫としての機動力を活かし、配達屋として目覚ましい活躍をしていました。
 自分だけでなく『猫』の魔力で一度に何件もの配達を同時に行える彼女は、その配達会社で大層重宝されていました。
「今日もお仕事頑張るにゃ!」
「「「にゃー!」」」
 ある日も子分と自分の魔力体の猫たちと一緒に軽い荷物から重い荷物まで、街中どこでも配達していました。
 雨の日も、風の強い日も、夏の日差しの暑い季節でも、寒くて暖炉の前で温まりたい冬の季節でも、彼女たちは街中を駆け巡って配達のお仕事を頑張りました。
 そんな彼女の日常は一転します。
 彼女が『憑依』の魔法を使える事がバレてしまいました。
 決して彼女はやましい気持ちでその魔法を使っていませんでした。祖母から教わって覚える事ができた数少ない魔法だというだけで、人間界に来てからは一切『憑依』していませんでした。
 しかし配達屋に文句を言う厄介な客が来たので、それを追い払う手段の一つとして『憑依』を使ったのです。『憑依』を使って相手の体を乗っ取り、配下の猫たちに攻撃させたのです。
 彼女は自分の働いている会社を守れたと思ったのですが、その会社の人間からは気味悪がられる事になったのです。もしかしたら自分たちの身体も知らぬ内に操られているのでは、頭の中を覗き見られているのではと。
 それは猫人族の女の子が初めて体験した、人間界の嫌な空気でした。
 それから間もなく、会社からリストラされました。社長含む全ての人間が、彼女がいては仕事がしづらいと言ったのです。
 彼女は特に気にする事なく猫人族の里へと戻りました。またいつか人間界で働けるようになるまで、しばらくのんびりするようです。
 めでたし、めでたし。

 クヌーが僕に憑依してから七日目の朝。気だるさや眠気を一切感じさせない、本当に良い目覚めだと思うほど急に意識が覚醒した。そして僕は、直前まで見ていた夢を思い出していた。
 ――今のはお前のだな。
【……もしかして、見てたにゃ?】
 『憑依』の副産物がまさかこんなところにあるとは思わなかった。間違いなく今僕が見ていた夢は、クヌーが見ていた夢とまるっきり一緒だったのだろう。すぐに確認しないと。
 ――すぐに今見た景色を思い出すぞ。夢なんてちょっと放置するとすぐに思い出せなくなる。
【……にゃ? 夢の確認をするって事かにゃ?】
 ――それ以外に何があるんだ? 『憑依』の副産物としてしっかりデータ化しておく必要があるだろう?
【……『憑依』のせいで人から嫌われていた話は、気ににゃらないのかにゃ?】
 頭の中のクヌーがしょんぼりしているように感じた。そこで寝る前にもそんな感じでマイナスの気分が頭をよぎった事を思い出した。
 過去に人間に嫌われた経緯、しかもそれまで良くしてくれていたはずの人間に裏切られてた経験、クヌーが僕たちと一緒にいてそれまで見せなかった精神的なトラウマの部分だった。
 ――こんだけ『憑依』の実験やってて今更お前を嫌うなんて事があるか。
【それは分かってるつもりにゃのだけど……】
 いつもよりも語気にも力がない。夢で見た配達屋の人たちともそれなりに仲良くしていたのだろう。季節の移り替わりがあの夢の通りなら少なくとも半年以上はそこで仕事をしていたに違いない。もしかしたら今の僕たちに対してよりも愛着があるのかもしれない。だからこそ心配や不安を感じているのだろう。『憑依』に限らず、クヌーの何かが気に障って急に見放されるかもしれないという事が。
 ――……。
(お前みたいな未熟者は……!)
【……セキヤ?】
 一瞬だけ過去の記憶が頭を過ったが、クヌーに呼びかけられて意識を現実に戻す。軽く息を吐いてから語気が強くなり過ぎないように注意しつつ、頭の中にいるクヌーへ語り掛けた。
「クヌー、実験はどうせ今日で終わりだ。もう外に出て来いよ」
【? 分かったにゃ】
 眩い光が辺りを包み、それが収束していくとそこには一週間ぶりのクヌーの姿があった。大した期間は空いていないし、頭の中でずっと会話していたはずなのに、クヌーと会うのは久しぶりに感じられた。
 床にペタリと座り込んでいるクヌーの表情は、やはりどこか寂しげな雰囲気が漂っていた。そのクヌーの目を見てしっかりと言ってやった。
「良いかクヌー。僕が誰かを見捨てたり見放したりする事は絶対にない。少なくともクヌーが僕たちのために頑張ろうとしている内は絶対にない。断言する」
 言葉でいくら言ってももしかしたらクヌーは不安を感じてしまうかもしれない。それでも今の僕ができる事はこれが精一杯だ。すぐに恋仲になったり、クヌーのしたいようにさせる事はできない。僕にとって今一番しなきゃいけない事は剣闘大会だからだ。
 それでも僕の想いが伝わったのか、クヌーは涙目になりながら笑顔で抱きついてきた。
「セキヤがそんな事言ってくれるにゃんて! まさか交際すらすっ飛ばしていきなりプロポーズにゃんて!」
「ん?」
 ――待て待て、プロポーズをした覚えはないぞ。
「結婚式はカナイか!? それともセキヤの故郷かにゃ!? いややっぱりここは二人が出会ったミーレーで……!」
「落ち着け! 話が飛んでるぞ! 僕はプロポーズなんてしてない!」
「にゃ?」
「見放さないと言ったんだ!」
「離さないって言ったようにゃ……」
「勝手に僕の言葉を改ざんするな!」
 ――人が一応気合を入れて返答したと言うのに、この色ボケ猫はどうしてそっち方面に持っていこうとするのか。
「でもでも見放さないってことはー、少なからず好意はあるって事ですよねー」
「好き合っても全然構わないぞ。仕事さえきっちりやればいいからな」
「……」
 僕たちの騒ぎを聞きつけてきたのか、そもそも最初からいたのかは分からないけど、ソファの後ろからハシモトさんとエリアスさんの声が聞こえてきた。
「……おはようございます」
「おはよう。こんな時でも挨拶を欠かさないお前さんには賞賛を送るが、実際の所はっきりさせておいた方が良いと思うぞ」
 ――恋愛話に興味なさそうな癖してめちゃくちゃニヤニヤしてますね!
「そんな曖昧な態度はダメだよー。ちゃんと言う事言わないとー」
 ――エリアスさんは予想通りの反応ですね。とりあえずあなたには言われたくない。
「セキヤ、セキヤ! にゃーはこれからさらに頑張るからドンドン仕事プリーズにゃ!」
 抱き着いている最中にいつの間にか涙を拭き取っていたクヌーは、いつも以上に笑顔を僕に向けていた。
「プロポーズしたわけじゃないって事は分かってるよな!?」
「照れるにゃ照れるにゃ。そんな事は皆まで言わずともにゃ。これからも末永くよろしくお願いするにゃ」
「分かってないようだな……」
「火あぶりだけは勘弁にゃ!」
 僕が火の魔法を使おうとしたらハシモトさんに本気で怒られそうになったので止めた。
 こうしてクヌーが僕に憑依した七日間は、バタバタしながらも終わった。
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