英雄不朽

冲令子

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魔力倹約術

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 家庭の事情──主に金銭的な理由により、ラミロが寄宿学校に入学したのは十四歳の時だった。
 貴族の子弟であれば、七歳くらいには親元を離れて予備学校に入るのが一般的であり、予備学校に行かない場合でも、遅くとも十二歳までには寄宿学校に入学するのが普通だ。
 入学時期は遅れたものの、元々の頭の良さと自主学習のおかげで、ラミロが勉強についていけないということはなかった。ただ、集団生活の中では完全に浮いていた。

 入学前からラミロは注目の的だった。
 なにしろ、田舎の学校である。貴族の子どもなどほとんどおらず、その出自だけで話題となっていた噂の新入生を入学初日に見た皆は、度肝を抜かれた。

 肩につくほどの金髪が歩くたびに風に靡き、宝石のように煌めいていた。
 初等科からのスタートとなったラミロは、鮮やかな青色のジャケットに、同色の半ズボン、ジャケットと同じ色のラインが一本入った白のソックスをふくらはぎの靴下留めで吊った制服姿で、皆の前に現れた。

 頭ひとつ分背の低い幼い同級生の群れから、不機嫌そうに澄ました顔が飛び出して見える。
 少年から青年へと移り変わる狭間の一瞬を捉えたような美しく整った容貌は、いかにもプライドが高く潔癖そうでありながら、見る者の庇護欲を唆るように儚げであった。
 ラミロはその日、本人の預かり知らぬところで、多くの生徒の性的嗜好を歪ませた。





「長いな」

 断りもなく髪を一房掴んできた男へ、ラミロは虫ケラを見るような目を向けた。

「規則違反だ」

 寮長のマヌエルが髪を掴んだまま言う。
 入寮後、すぐに呼び出しを受けたラミロはその手を払うと、睨むようにマヌエルを見上げた。

「それは知りませんでした。すぐに切ります」
「いや、切らなくてもいい」

 どうしろって言うんだ、と言いたげなイラッとした表情に、マヌエルはニヤニヤと笑った。

「特別に許可してやる。少なくとも、舎監教師から注意されるまではそのままでいい」

 恩着せがましい口ぶりにラミロが顔を顰めると、マヌエルはさらに嫌味っぽく笑った。

「それと、今日からお前は俺の雑用係だ」

 下級生が上級生の個人的な雑用を担当する制度は、目上の者への忠誠や団体生活における協調、寮の伝統文化を学ぶためとされているが、実際のところ、単なる後輩いびりであった。
 ラミロは、貧乏とはいえ格式のある貴族の子弟であり、むしろ貧乏だからこそ貴族の矜持だけは守ろうと必死な母の見栄の元で育ったため、身の回りのことは全て使用人任せだった。
 そんな、着替えすら一人でしたことのない箱入り息子が、呼び出し一つでマヌエルのためにお茶を用意し、靴を磨き、使い走りに奔走する。
 中には明らかに意味のない、こき使いたいだけの用事もあり、ラミロはすぐにマヌエルの顔を見るのも嫌になってしまった。

「お前、家は継がないのだろう?」

 部屋で夕食を摂るとマヌエルが言い出したために、ラミロはわざわざ食堂から食事を運んできて支度をしなければならなかった。
 ラミロは皿を並べる手を止めてマヌエルを振り返った。

「はい。兄がおりますので」
「俺はここを卒業して大学に入ったら、家を継ぐ予定だ」

 マヌエルは男爵家の嫡子で、この学校では数少ない貴族の出身だった。
 ラミロはこの会話で、どうしてマヌエルが自分に対して辛辣なのか合点がいった。珍しいお貴族様ともてはやされていたのに、家格が上のラミロが入学したことで嫉妬しているのだ。

「……そうですか」
「その前後で結婚もすることになっている」
「はあ……」

 心底どうでもいい話にどう返事をするべきかわからず、ラミロは口数少なく相槌を打つ。

「結婚する予定の女はブスで田舎臭いんだが、決まったことだからどうしようもない」
「婚約者殿のことを、そんな風に言うのはどうかと思いますが……」

 ラミロが眉を顰めて言うと、マヌエルはニヤッと笑った。

「お前の方が綺麗だから安心しろ」

 ラミロの容姿には中性的と言えるほど女性的な要素はなく、綺麗と言われても馬鹿にされているような気分だった。

 マヌエルの訳のわからない要求や会話にうんざりしながらも、規則だから仕方がないと従順に雑用係をこなしていたラミロだが、半ズボンの着用を強要された時は、さすがに耳を疑った。

 入学後すぐに初等科から高等科へと飛び級したラミロは、高等科の制服を寮の先輩から譲り受けた。その制服を着てマヌエルの部屋のベッドメイクをしていると、部屋に戻ってきたマヌエルからひどい叱責を受けた。

「そのズボンはなんだ!?」
「フェリシアーノさんからいただきました。もうサイズが合わないからって」
「ふざけるな! 今すぐ脱げ! お前は半ズボンだ!!」
「……でも──」
「口ごたえをするな!」

 露骨にムッとしたラミロの様子に気まずくなったのか、マヌエルは機嫌を取るように頭を撫でた。しょっちゅう髪を触られるのも不快だった。
 ラミロは不貞腐れて部屋に戻ると、怒りの衝動から髪をバッサリと切った。
 ラミロの地元では長髪も珍しくなかったというだけで、髪型に思い入れがあるわけでもない。鏡も見ずに、髪を引っ掴んでジョキジョキと切っていると、相部屋のエクトルがしくしくと泣きながら戻ってきた。
 不揃いに短く刈り込んだラミロの頭を見たエクトルは、泣いていたのも忘れてぽかんと口を開けた。

「どうした?」
「ラミロさんこそ、どうしたの」

 授業のクラスは飛び級はしたものの、所属する学年は一番下のままなので、四人いるルームメイトは全員ラミロよりも幼い。
 ラミロは床に散らかった金髪をサッと片付けると、涙で汚れたエクトルの顔を拭いてやった。

「……ベルナルドさんが、僕のことを触ってくるんだ」

 エクトルの言葉に、ラミロは眉を顰めた。
 上級生が雑用係の下級生に性的な行為をするという話は、聞いたことがあった。
 校則で禁止されているとはいえ、思春期の男しかいない集団生活の中で、恋愛や性行為が発生するのは仕方のないことだろう。
 だが、年下の立場の弱い子どもが相手となれば、話は違う。エクトルと同じ年頃の妹がいるラミロにとって、下級生への加害は絶対に許されない、吐き気を催す行為だった。

「今度そういうことをされたら、僕を呼べ。黙って言いなりになるなよ。ほら、これをやるから」

 ラミロは、別の寮の上級生から貰ったクッキーをエクトルにやった。

「……ありがとう。大事に食べるね」
「ばか。そんな悠長なことしてたら誰かに盗られるぞ。今すぐ食べろ」

 ラミロはそう言って、エクトルの口にクッキーを押し込んだ。






 翌日、ラミロは早速ベルナルドに呼び出された。
 ベルナルドは髪を切ったラミロを見て絶句した後、顔を真っ赤にして目を泳がせた。

「な……なんだ、その髪型は?」
「切りました」

 個室寮の床を凝視するベルナルドを不審げに眺めて、ラミロが答える。
 昨日、ラミロが切ったままではあまりにも不恰好過ぎると、エクトルが整えてくれたのだが、極端に短く切りすぎた部分があったため、ほとんど丸刈りのような髪型になっていた。
 スースーするうなじを、ラミロが無意識のうちに撫でると、ベルナルドの視線もそちらへ向いた。だが、ベルナルドは見てはいけないものを見たかのように、すぐに目を逸らした。

 挙動不審で、単純に気持ち悪い。
 ベルナルドの雑用係に当たってしまったエクトルのことを、ラミロは心の底から不憫に思った。
 マヌエルは意地悪だし、半ズボンを穿けとか、寝る前にベッドに入って温めておけとか、時々変な要求をしてくるものの、まだましな部類なのだろう。

「……どういう理由でここに呼ばれたか、わかってるんだよな?」
「まあ……はい」

 意味はわかっているが、ラミロは自分にそれが務まるとは考えていなかった。
 雑用係の年少者に手を出すなんて、小児性愛者に決まっている。学年は低くても実年齢は上のラミロに興味はないはずだ。

「ベルナルドさんこそ、僕でいいんですか」

 ベルナルドはパッと顔を上げると、二人以外には誰もいない狭い部屋をソワソワと見回した。

「ラミロがいいなら俺は……」

 ベルナルドは視線を落とすと、半ズボンから剥き出しになった、靴下留めが巻かれたふくらはぎをチラッと見た。

「…………足でしてくれないか?」
「はい?」

 ラミロは、幼い子どもが好きなベルナルドが自分に欲望を向けることはないと思っていたが、万が一襲われたとしても、大人しく従うつもりもなかった。
 返り討ちにする気で身構えていたラミロは、予想外の要求に拍子抜けしてしまった。
 ベッドの縁に腰を下ろし、床に座るベルナルドを見下ろす。

「つまり、股間を踏めばいいのですか?」

 要領を得ないベルナルドに質問を重ねて、ようやく要求を理解したラミロは、口に出して確認した後で、思わず、

「は? キモ…………」

と呟いた。
 その瞬間、ベルナルドがピクンと体を揺らし、あっ……と声を漏らした。同時に、股間にしみが広がる。
 ラミロは呆気に取られて、濡れた股間とベルナルドの羞恥に染まった顔を交互に見つめた。






一、成績の良い者優先
一、身だしなみの整っていない者はお断り
一、許可なく触れた場合は出禁
一、暴力行為、下級生いじめは問題外

 ラミロが在籍する寄宿学校は、兄が通う名門校とは格段の差があり、率直に言えば金持ちのボンクラ息子が集まる底辺校であった。
 だが、ラミロが抜きサービスのための条件を提示した途端、みるみる治安が良くなった。

「ラミロ、あ、ありがとう……。あの、明日のお昼、一緒にご飯食べない…………?」
「明日は予定があるのでごめんなさい。明後日もその次も無理です」

 ラミロが淡々と返事をすると、イサークはチッと舌打ちした。

「調子乗ってんじゃねえぞ! 二度としてやらねえからな!」

 態度を急変させてリネン室を出て行くイサークへ、ラミロは冷ややかな目を向けた。どうせ明日にはまたやってくるはずだ。
 薄暗い部屋の中で、小さな硬いベンチに仰向けに横たわり、ため息をつく。狭い部屋の中には、まだ精液の匂いが篭っていた。直接触れていないとはいえ気色わるいし、後ろめたさもある。

 魔力は誰にでもあるが、その量や質にはばらつきがある。
 ほとんどの人にとって魔力は、「使いこなすための訓練に相当な時間を要するが、使えるようになったとしてもあまり役に立たないもの」でしかない。
 ラミロは幼い頃から魔力の量が多く、コントロールする術を無意識のうちに学んできたが、大抵の人にとっては火事場の馬鹿力的に出力することはあっても、意識して使うものではない。
 要は皆、魔力の感覚を知らないのである。

 そういう人達に対しては、感度を上げる調整をしてやるだけで、今まで感じたことのないような快感を与えることができた。
 つまり、ラミロが肩にちょっと触れる程度で、相手は絶頂してしまうのだ。
 あの日、ベルナルドを触れることなくイカせたことで思いついた妙案であった。

 ラミロにとっては大した手間なく(心理的負担はあるが)、性欲に狂った上級生を制御できる。上級生にとっては、合意の上で安全に性処理できる、と互いに利益のある関係だったのだが、物事はそう上手くは運ばない。
 マヌエルの私室に呼び出されたラミロは、手を後ろで組んで項垂れた。

「本来なら放校ものだが、舎監には金を払って口止めした」
「……申し訳ありません」

 すっかり気落ちして小声で謝罪するラミロを、マヌエルが椅子に座ったまま、じっとりと見つめる。

「……別にお前のためじゃない。こんなことがバレたら、寮長の俺の責任も問われるからな」

 マヌエルはそう言って立ち上がると、普通の短髪程度には伸びたラミロの髪を撫でた。

「正直、腹は立っているんだ。でも、お前の気持ちもわかる」
「……はい?」

 怪訝な表情で顔を上げたラミロへ、マヌエルが取り繕うように微笑む。

「婚約者がいるって聞いて、ショックでヤケになったか?」

 唖然として口も聞けないラミロの様子に気づいているのかいないのか、マヌエルが肩に腕を回してくる。

「直接は触っていないと聞いている。貞操は守っているんだろう?」

 耳元で囁かれて、ゾワっと全身の産毛が逆立った。

「今回だけは許してやる」

 肩を抱く手に力が入り、グッと引き寄せられる。硬直したまま視線だけマヌエルの方へ向けたラミロは、近づいてくる顔面に思わず拳を叩き込んだ。
 ラミロはその後、猛勉強して最上級クラスに飛び級し、マヌエルの雑用係から抜け出した。








「キッショ! キッッッッショ!! 気持ち悪いんだよ!!!!」

 数年ぶりに対面したマヌエルへ、思わず叫んだ。

「だいたい、なんでここにいるんだよ!」

 取り乱して喚き散らすラミロに対して、マヌエルは冷静だった。

「俺はお前の家の支援者だぞ」
「は…………?」

 勢いを失ったラミロへ、マヌエルが子どもに言い聞かせるように説明する。

「俺が家を継いでから、それなりの額を融資している。正直、商売上の旨みはないが、何しろお前の実家だからな」
「な、何を言って──」

 マヌエルはラミロへと一歩近づき、顔を寄せた。かつては見上げていた顔が、真正面に見える。

「家庭は円満だが、お前が妻に気を使う必要はないし、お前に肩身の狭い思いをさせるつもりもない」

 昔から訳のわからない奴だと思っていたが、目の前のマヌエルには狂気を覚えた。
 本気で気持ち悪くなって思わずよろけたラミロの背中を、大きな手が支えた。

「わたしの友人に何か?」

 バッと振り返ったラミロは、圧倒的な威厳を放つアンブロシオの存在に安堵した。脚の力が抜けて、広い胸に体を預けてしまう。

「友人の具合が悪そうなので、失礼する」

 アンブロシオはラミロを抱き抱えるようにして広間を出た。






 アンブロシオが滞在する部屋のベッドに腰を下ろすと、ラミロはようやく落ち着きを取り戻した。額を押さえると、指先が冷たくなっている。

「困っているようだったので連れ出したが、余計なことだったら申し訳ない」
「いえ、助かりました……」

 アンブロシオは逡巡した後に、重い口を開いた。

「親しそうに見えたが……あなたはああいうタイプが好みなのか?」
「はい?」
「……わたしも、割と彼に似ていると思うのだが」

 ラミロを受け止めた時の、後光を背負ったアンブロシオと、それを間抜けヅラで眺めていたマヌエルを思い浮かべる。

「全然違いますが……」

 元カレと思われているなら、心外にも程がある。
 セベリノは、殿下との結婚に支障がないか、ラミロの過去を含めた身辺を調査したと言っていた。てっきりアンブロシオにもその結果は伝わっていると思っていたが、もしかして何も聞いていないのか。それとも、セベリノでも寄宿学校時代のことは調べきれなかったのか。

「……わたしにはあんな物言いをしたことないのでは?」

 当たり前だ。
 王子殿下に対して、あんな失礼な態度をとるわけがない──と考えて、ラミロはハッと気づいた。
 もしかして、ラミロがマヌエルに遠慮なく振る舞ったことを、親しさからだと思っているのか。

「あの……彼は寄宿学校時代の上級生なのですが、率直に申し上げて、わたしは彼のことが嫌いでした。彼への態度は、仲が良かったからではなく、どう思われてもいいからです。殿下には…………その……嫌われたくありませんから」

 一瞬、セベリノが過去のとこを報告していないのであれば、何もなかったことにして黙っていようかという考えがよぎった。だが、アンブロシオの不安げな表情に、胸が押し潰される。やましさに耐えきれなくなったラミロは、罪を吐き出すように過去の出来事について話し始めた。

 ラミロが過去を告白している間、アンブロシオは何度かえずいたが、嘔吐はしなかった。潔癖なアンブロシオには耐えられない内容だっただろうが、吐けばラミロが傷つくと思って堪えたのだろう。
 話終わると、重苦しい沈黙がおりた。

「過去がどうであろうと、あなたがわたしの婚約者であることに変わりはない。あの男については、セベリノが何かしらの対応をするだろう」

 感情を込めずに淡々と告げるアンブロシオを、ラミロはそっと窺った。

「殿下は、お気になさらないのですか」

 アンブロシオは躊躇うような仕草の後、ラミロを見つめた。

「気にならないといえば嘘になるが、結婚前に性的な行為するのは珍しくないのだろう。ましてや、学校の秩序のためにやったことだ。わたしに責める資格はない」

 ラミロはアンブロシオから目を逸らし、弱い灯りに照らされた絨毯に視線を移す。いっそ軽蔑されたり、罵倒されたりした方がましだった。

「わたしは信仰心が薄く、自分の行ったことが神の教えに反するという罪悪感はありません。でも今なら、あれが品性がなく不誠実な行為だったことはわかります。殿下が受け入れてくださったとしても、わたしはわたしの過去を後悔します」

 ラミロはゆっくりと顔を上げて、アンブロシオを見つめた。彼の表情の中に、嫌悪や軽蔑が混じっていないか、無意識のうちに探ってしまう。
 アンブロシオはただ、途方に暮れたような表情をしていた。

「…………もう戻った方がよろしいかと」

 二人が中座してから、しばらく経つ。主賓のアンブロシオが不在となれば、ホストである父の面子にも関わる。
 ラミロは立ち上がるが、アンブロシオはベッドに座ったまま動こうとしない。

「……わたしにもして欲しいのだが」

 小声で呟くのをラミロが聞き返すと、アンブロシオは薄暗い部屋でもわかるくらい赤くなった顔でラミロを見上げた。

「あなたがほかの男にしたことを、わたしが経験してないのは…………嫌だ」

 ラミロはアンブロシオの意図を理解して、同じように顔に血が上った。

「いや、つまり、これはわたしの気持ちを伝えたかっただけで、『して欲しい』とは言っても、要望ではないんだ。あなたにとっては嫌な思い出だろうから──」

 ラミロはアンブロシオの隣に再び腰を下ろすと、おずおずとその手を取った。

「お気持ちをおっしゃってくださって、ありがとうございます。こんなことを話して、殿下にどう思われるのか不安でした……。そして、過去にしたことと、今から殿下にして差し上げることとでは、全く意味が違います」

 ラミロはアンブロシオの手を両手で包むと、慎重に魔力を探った。アンブロシオは期待と不安の混ざった視線をそわそわと忙しなく動かす。

「魔力の鍛錬を行ったことはございますか?」
「いや。幼い頃に、魔力量が少ないからやっても意味がないと言われた」
「…………そうでしょうか」

 アンブロシオの体の奥底に、魔力の脈動を感じる。
 確かに、ただそこにあるというだけで、使いこなしている形跡はないが、ラミロは妙な違和感を覚えた。
 ひっそりと眠っているような魔力に、用心深く波長を合わせる。

「…………あッ」

 ラミロがバチンッと弾かれたように手を離した時には、すでに手遅れだった。
 アンブロシオの肩にぐったりと寄りかかり、はあはあと荒い息を吐く。

「どうした?」

 驚いたアンブロシオが抱き抱えると、ラミロは火照った顔を首筋に埋めた。目が潤んで視界が滲む。
 ベッドに横たえられたラミロは、シーツの冷たさすら刺激となって、びくびくと体を震わせた。

「…………まさか、こんな姿を見せていたのか?」
「違います! こんなこと、初めてで……」

 ラミロは混乱しながらも、止まらない快感を抑えようとするが、体が勝手に跳ねる。
 相手がこんな状態になることはよくあった。でも、ラミロ自身はいつも完璧に魔力をコントロールできていたのに。

「凄い……」

 アンブロシオの思わずといったような呟きに、恥ずかしさで全身が赤く染まる。

「お見苦しい、ところを……お目にかけてしまい、申し訳…………、ございませ……」

 呂律を乱した謝罪をしながら、じわっと股間が濡れるのを感じる。驚いたアンブロシオにまじまじと見つめられて、恥ずかしいのに、それすら快感に変わってしまう。

「人を呼んでこよう」

 そう言って立ち上がるアンブロシオの腕を、慌てて掴んだ。

「絶対にやめてください!」

 ラミロはアンブロシオの手を引いてもう一度座らせると、その脚の間に跪いた。

「魔力の調整が上手くできず、申し訳ございません……あの、殿下がよろしければ、口でさせていただきたいのですが……」
「口とは?」
「その……殿下の陰茎をわたしの口に…………」

 説明しながら恥ずかしさが込み上げてきて、最後の方は消え入りそうな声になってしまった。
 アンブロシオはたっぷり沈黙した後、唖然とした表情でまじまじとラミロを見下ろした。

「正気か?」

 ラミロは視線から逃れるように俯くと、アンブロシオのベルトに手をかけた。口淫はごく一般的な性技ではあるが、確かに正気ではないと思った。
 ラミロの手が下着を引き下ろすと、アンブロシオはビクッと身構えたが、床の隅を凝視して、何も言わずにされるがままになった。
 静かな室内に、衣擦れの音とアンブロシオの息遣いだけが響く。

 取り出した陰茎は、熱く重たかった。
 ラミロにとっても初めての口淫である。抵抗がないわけではなかったが、興奮の方が大きかった。躊躇いながら口を開き、舌の上に陰茎を乗せる。
 この国の男は、体質的に完勃ち時でもあまり硬くならない。なので、狭い口内でも自在に曲がって、ズルリと奥まで入った。先端がぐっぽりと嵌って、喉が震える。

 鼻で息をすればいいとわかっているのに、圧迫感で呼吸が止まる。緊張と興奮で動けなかったが、アンブロシオのものは大きいので、咥えているだけで上顎に当たり、舌が裏筋に張り付き、嚥下するたびに喉奥が陰茎を締め付ける。

「だめだ……離してくれ」

 アンブロシオの血管が浮き出た腕が、ラミロの肩を押した。陰嚢がせり上がり、亀頭が喉奥をさらに圧迫する。
 ラミロはギュッと腰を抱き寄せて根元まで飲み込もうとするが、アンブロシオが強引に腰を引いた。
 熱い精液がラミロの顔にぶちまけまれて、もったりと垂れていった。

「す、すまない」

 ラミロが瞬くと、長い睫毛の先に溜まった精液が頬に流れ落ちた。ラミロは目を閉じて、まだ芯の残る陰茎を扱いた。残滓というには多い量が、さらに顔にかかる。

「何か拭くものを──」

 アンブロシオがあわあわと立ちあがろうとした時、ドアをノックする音が響いた。

「殿下、いかがなさいましたか?」

 なかなか戻ってこないアンブロシオに業を煮やしたセベリノの声で、二人はバッと体を離した。

「殿下は先にお戻りください。わたしもすぐに参りますので」

 アンブロシオは戸惑いながらも立ち上がり、まだ濡れて半勃ちのものをズボンの中に押し込んだ。

「こんなに汚してしまった。すまない」

 アンブロシオがポケットチーフを取り出して顔を拭うと、ラミロは目を閉じてされるままになった。
 後ろ髪をひかれる思いで部屋を出ていくアンブロシオを見送り、ラミロはベッドに大の字になった。
 自分の体の隅々から、アンブロシオの精の匂いがした。でも、息苦しいほどの動悸は、性的な興奮からくるものではないとわかっていた。
 ラミロは目を閉じて、何度も深呼吸をした。






 カルテヴェル領から帰還して間もなく、ラミロはアンブロシオの私邸に呼び出された。
 前回訪問した時にも通された応接室には、アンブロシオとセベリノがいた。昼間にも関わらずカーテンを閉め切って、重苦しい空気が充満している。
 ラミロがテーブルに着くと、セベリノが一枚の紙を差し出した。

「検査の結果、貴公の言う通り、殿下の妖獣化が判明した」
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