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忍法バリタチなのにメスにされちゃうの術

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 桃井は覆い被さるようにして、ベッドに横たわる真田の寝顔を見つめた。

「真田さん」

 桃井が呼ぶと、閉じた瞼が微かに震えた。淡い照明に頬まで伸びたまつ毛の影を、指先でそっとなぞる。真田は、ん……と小さく呻いて身じろぎしたが、目を開けることはなかった。

 桃井は天井を見上げて、大きく息を吐いた。心臓の音がドクドクとうるさ過ぎて、真田が起きてしまうのではないかと気が気じゃない。こんなに緊張するなんて想定外だった。
 桃井はもう一度深呼吸をすると、覚悟を決めてベルトを外した。ベッドの上で膝立ちになった桃井の腰から、スラックスがずり落ちる。

 痛いほど脈打つ心臓とは裏腹に、桃井の陰茎はしなしなのままボクサーパンツに大人しく収まっていた。下着の中に手を突っ込んで何回か雑に扱いたが、反応する気配はない。

 桃井はもう一度ため息をつくと、観念して両手を下腹部に置いた。丹田を中心に、指先でツボを刺激していく。しばらくすると、血流が増えて拡張した毛細血管が、紋様のように下腹部に赤く浮かび上がった。
 同時に、さっきまでもったりとうなだれていた陰茎にも血液が集まり、腹につくくらいに勃ち上がる。

 桃井は下着を脱いで四つん這いになると、真田に覆いかぶさった。すやすやと眠る姿は、桃井を信頼しきっているように見える。ほんの一時間ほど前、大口契約を取ってきた桃井を「よくやったな」と誉めてくれた笑顔を思い出して、胸が痛んだ。
 この会社に入社して一年が経つが、桃井は未だに成果を上げられていない。営業としては部内でも常にトップクラスの成績で評価も高いが、桃井のやるべきことは他にあった。

 真田光琉さなだひかるをハニートラップで失脚させよ

 それが式部流忍者である、桃井こと百地亜樹ももちあきに命じられた任務だった。






「クズだけど、チョロそうじゃん」

 姉の志帆から渡された資料を頭に叩き込むと、亜樹はそれに火をつけて燃やした。

「それが、そうでもないのよ。確かに高校まではアホの金持ちクソ野郎だけど、大学に入ってから別人みたいに真面目になっちゃって」

 S商事創業家の御曹司である真田光琉は、陰湿ないじめの首謀者となるなど、幼い頃からかなりの問題児だった。高校時代には暴行や強制わいせつで四度も逮捕されたものの、すべて示談で不起訴となっている。
 一族の中でも鼻つまみ者だった真田だが、小学校からのエスカレーターで内部進学した名門大学では、それまでの悪評が嘘のように真面目な学生生活を送り、首席で卒業した後は関連会社勤務を経て、来年には本社営業部でマネージャーとして勤務することが決定している。
 その真田の本性を暴き、本社勤務のタイミングで世間に広めろ――というのが今回の依頼だった。依頼主はS商事のライバル会社だ。

「ここ数ヶ月張り付いたけど、本当に何も出てこなかったよ」

 兄の悦郎が追加の資料を亜樹に渡す。ちなみに、歴史のある式部流忍法も今は昔、志帆はクラッカーとして、悦朗は警備会社の経営者として家業を継いでいた。

「品行方正、明るくて誰にでも優しくて、リーダーシップもある。高身長、高学歴、高収入。今の光琉は非の打ち所がない聖人だよ」

 亜樹は渡された資料に目を通した。確かに絵に描いたような好青年だ。女の影もなく、高校時代には罪を犯すほど強かった性欲の片鱗すら見られなかった。

「大人になって心を入れ替えたんじゃないの?」
「そういう見方もあるけどね。でも、昔の真田を知っている人は『改心して変われるような奴じゃない』って言ってる。根っからのクズだよ」

 志帆はそう言って、真剣な目で亜樹を見た。

「それに事実がどうだろうと、依頼人の言う通りにするのが私たちの仕事だよ。だから、ここからは亜樹ちゃんの出番」






 真田の会社に潜入して探り、何もなければ捏造してでも不祥事を起こさせるのが亜樹の役目だ。なのだが……真田は本当にいい上司だった。右も左もわからない亜樹を優しく指導し、時には厳しく鼓舞し、一人前の営業に育て上げた。

 志帆と悦郎は『今どき忍者なんて時代遅れだ』と、それぞれ事業を興したが、亜樹はオーソドックスな忍者スタイルが好きだった。使う機会なんてないとわかっていても、火遁(放火犯で捕まる)や土遁(土がない)、手裏剣(もっと便利な武器がたくさんある)を習得したし、ボディスーツじゃなくて忍者装束で活動したいと思っている(余談だが、某泥棒三姉妹に憧れた志帆の命令で、悦郎ともどもレオタードを着せられていた時期があった)。
 そんな亜樹が、このまま真田の元で働いてもいいかな、と思うくらいにはいい上司だった。もちろん、悪い噂なんて全く聞かない。

「お手上げね」

 亜樹が表の真田を探るのと同時に、裏の顔を調べていた志帆がため息を吐いた。

「……いや、まだ手はある」

 完璧ともいえる真田だったが、モテるはずなのに、なぜだか付き合っている相手はおらず、遊んでいる形跡もなかった。亜樹が恋愛面についてそれとなく訊いてみたところ、『今は仕事に集中したいから』とごまかされたが、亜樹は気づいていた。

 真田は亜樹のことを意識している。

 高校時代には女性相手に暴行事件まで起こしたことを考えると、男の亜樹を意識するなんてありえないし、端から見たら真田と亜樹は単なる上司部下でしかないだろう。
 だが、忍者として人の感情や欲望を読み、それを活用する術を訓練してきた亜樹にはわかる。真田は亜樹のことを狙っている。
 とはいえ、真田がその感情を誰にも知られないように制御しているのも伝わってきた。普通に接しても、自制心の強い真田が本音を言うことは絶対にないだろう。
 だから今夜、亜樹は真田を飲みに誘って泥酔させ、既成事実を作る。
 うまくいけばそのまま付き合うふりをして取り入ればいいし、うまくいかなければ、関係を強要されたと訴えればいい。
 房中術は得意だ。
 亜樹はヘテロセクシャルだが、任務なら男でも抱けるし、真田を堕とす自信はあった。





 だが、亜樹のことを信頼しきってすやすやと眠る真田を目の前にすると、罪悪感で胸が痛んだ。
 真田を探るために入社したとはいえ、もちろん普段は通常の仕事をこなさなくてはならない。こんなことは俺の仕事じゃない、という舐めた態度だった亜樹を、厳しく指導したのは真田だ。
 亜樹が仕事でミスをした時に責任を全て被ってくれたことや、後処理のために深夜まで一緒に作業してくれたことが思い出される。
 忍者としては一流でも、ビジネスでは素人の亜樹が、落ち込んだりイライラしたり自己嫌悪に陥った時、いつも真田がそばにいてくれた。優しく慰めて、時には厳しいアドバイスをしてくれる真田を信頼するのに、時間はかからなかった。

 陰謀や裏切りが渦巻く忍者社会に生まれ育った亜樹にとって、真田のような人は初めてだった。
 親兄弟であろうと敵にまわれば簡単に裏切る。家族としての愛情はあっても、信用はしないのが忍者だ。
 真田は、そんな環境で育った亜樹が初めて信頼した人だった。

 その真田を裏切らなければならない。
 真田が亜樹に好意を持っているのはほぼ間違いないが、だからといって同意のない行為は犯罪だ。
 自分の気持ちを押し殺し、他人の感情を利用して生きてきた亜樹にとって、胸の中のもやもやした思いは、生まれて初めて思い通りにならない感情だった。

 亜樹は気が進まないながらも、眠っている真田のスラックスを長い脚から引き抜いて、下着を脱がせた。真田の性器は、萎えた状態でも人並外れたサイズだった。まあ、どんなに立派でも、この状況で使うことはないが。
 亜樹は、真田の脱力した太腿を掴んで大きく広げると、その奥にある沈んだ色をしたアナルに目をやった。真田はノンケなので、そこを使ったことはないだろう。

 催淫効果のある術でむりやり勃たせた陰茎をそこに挿入するところを想像すると、興奮よりも罪悪感の方が大きくなる。亜樹はうなだれて再度大きく息を吐くと、念のためにもう一度、下腹部に気を送った。

「そんなやり方もあるんだ。勉強になるなあ」

 弾かれたようにハッと顔を上げると、上体を起こした真田と目が合った。

「でも、桃井ーーじゃなくて亜樹ちゃんーーにはこっちの方が似合うと思うよ」

 真田はそう言って、血管が紋様のように赤く浮かび上がった亜樹の下腹部に指先で触れた。亜樹の腹の奥がカッと熱くなると同時に、大量の先走りがびゅくびゅくと溢れ出る。

「あぅっ!♡……これッ♡♡な、なん゛でぇっ♡♡♡」

 はあはあと喘ぎながら真田の顔と、複雑な紋様が浮かび上がった自分の下腹部を交互に見る。
 亜樹の施した催淫術が書き換えられた。他人の術を上書きするなんて、相当な手練れだーーそう認識はできても、自分の身に何が起こったのか、理解が追いつかない。

 こんな状況でもがちがちに硬いままの陰茎を、真田は面白そうにじっと見つめている。その視線を意識すると、どくっと先走りが溢れた。真田が「汁多いのかわいいね」と指先でつつくと、亜樹は情けない声を上げて、腰を揺らした。
 先走りが糸を引いて、ベッドに水溜まりを作るのを、真田がにやにやと眺める。

「あー、ちょろすぎてほんとかわいい。こんなんで抱こうと思ってたの? 無理でしょ」

 気が付くと、亜樹はベッドの上に仰向けに横たわっていた。

「へ……え?」

 一瞬のうちに組み敷かれて、亜樹は怯えた表情で真田を見上げた。射貫くような真田の視線に、びくっと体が震える。それなのに、腰の疼きが止まらない。

「どうして……♡ああぁっ♡♡ や、やだ……!!♡♡♡」
「ん? まだ元気だね」

 真田は、もがく亜樹の上に容赦なくのしかかると、こめかからぺりぺりと顔の表皮をめくる。ラテックスの薄い皮の下から現れたのは、今まで見てきた真田とは全く違う顔だった。
 真田は正直、雰囲気イケメンというか、清潔感とスタイルの良さ、金持ちという属性でなんとなくかっこよく見えるタイプだったが、今、亜樹を見下ろしているのは、正真正銘のイケメンだった。
 真田は亜樹の頭を両手で掴むと、唇を押し付けた。舌をねじ込まれ、一瞬とろけそうになったものの、口の中に広がる違和感に、真田の体を押し返す。

「もう何も考えられないかと思ってたけど、結構タフだね」

 真田は亜樹の顎を掴んでむりやり口を開けさせると、唾液とともに甘い液体を流し込んだ。

「お前……! はあ゛ッ♡うッ♡あ、はッ、クソ野郎……♡♡」
「気が強いところもいいね」

 媚薬の類には耐性があるものの、先に自分で催淫術をかけてしまったことが裏目に出た。
 力の入らない体をよじって、なんとか真田の下から這い出そうとする亜樹の後ろに、いきなり指が突っ込まれた。突然の衝撃で目の前にチカチカと星が飛ぶ。

「ひッ………!ああぁっ♡や、やら、あぁッ♡♡やめッ……!!」
「やめるわけねえだろ」

 真田の長い指が、亜樹の中でくちゅくちゅと蠢く。基本的に、亜樹は女性相手かタチ役の房中術しか訓練していない。ネコ役も知識としてどうすればいいかは知っているものの、経験はなかった。そもそも、仕掛けた相手にやり返されるなんて、忍者失格だ。

「お、お前……誰……どこの流派だ?」
 意識が飛びそうになるのをなんとか耐えて真田へ尋ねるものの、
「終わったら教えてあげるよ」
と呑気にかわされる。

「こっちはあんまり使ってなさそうだけど、とろマンだね。早く挿れたいなあ」

 真田は乱暴に突っ込んだ割には、指の腹でねっとりと内壁を擦って、亜樹が反応する場所を探る。

「ん? ここ好き?」

 反応を押し殺そうとするものの、敏感になった体は素直に応えてしまう。真田が指を圧しつけるようにして抜き差しすると、亜樹はあっけなく射精した。

「ひっ……! あぁっ♡やら、あぁッ♡そこッ……!や゛ッ……!!♡♡♡」

 腰が浮いた状態で、ぴんと体を硬直させて痙攣する亜樹を、真田はにっこりと見下ろした。

「いろいろいじめてみたいけど、とりあえずハメさせて」

 まだイッている状態の亜樹の後ろに、真田の陰茎が押し当てられる。真田のものは、バキバキに勃起していて、赤黒く血管が浮き出ていた。亜樹は挿入される恐怖と屈辱で顔が歪みそうになるが、歯を食いしばって真田を睨んだ。
 
「その顔たまんないね。絶対メス顔にしてアヘらせてやるよ」

 真田が腰を使うと、中を掻き分けるようにして反り返ったぶっといものが入ってくる。

「ひッ……! あ゛ああァッ♡♡♡♡」

 こじ開けられるような感覚に、亜樹は仰け反り、シーツを掴んだ。

「はい、握るならこっち」

 真田は、亜樹の手を自分の首にまわさせた。必然的に近寄った顔を、とろんとした目で見つめてしまう。興奮した真田の表情に思わずどきっとして、気づいたらキスしていた。
 熱い陰茎が、亜樹の中でぴくんと反応する。
 亜樹の中も、ちんぽが欲しくてキュンキュン疼いた。いっぱい突いてもらいたくて腰をくねらせると、
「勝手に腰振ってんじゃねえよ」
と、真田がたしなめるように亜樹の尻を軽く叩く。その刺激すら、気持ちよかった。
 真田は焦らすように、浅いところで小刻みに腰を動かした。

「あ゛、あ、そこばっかり、やら……♡奥、おぐッ、きて……ッ♡奥切ないッッ……♡♡」
「あー、わがままだな」

 いきなり奥まで挿入されて、亜樹は腰を浮かせて痙攣した。

「奥ッや゛めてぇ!♡あ゛ぁっ♡怖い……♡♡おかしくなる……ッッ…♡あ゛ッ、♡♡」
「お前が奥にハメろって言ったんだろうが」

 前立腺を押し潰しながら、奥をぐぽぐぽと犯されると、自分の意思とは関係なく、中がうねって真田のちんぽに絡みつく。

「はぁーッ…ああぁっ♡もぉっ♡ぁッ♡とまッでえ゛えぇ…ッ♡♡キて、る゛う゛ッ…ッ♡♡しんじゃう゛ぅ♡♡♡」

 我慢できずに溢れた精液が胸まで飛ぶと、亜樹の中も搾り取るように真田のちんぽにちゅうちゅうと吸い付く。真田は小さく呻くと、胴震いしながら奥に塗り込めるように中で射精した。

 ーー生で中出しされてしまった

 最悪なのに、どくっどくっと腹の中に吐き出される熱が気持ちよくて、痙攣が止まらない。
 ずるっとちんぽが抜けていく感覚に、またピュッと射精してしまった。

「まだぱくぱくしてるね。ここ淋しい?」

 ぽっかりと開いた穴に、真田が指を突っ込む。ぐちゃぐちゃとかき混ぜられる動きに合わせて、媚びるように腰を振ってしまう。

「……手マンでしか満足させられないのかよ、早漏」
「お前、あんだけ派手にケツアクメ決めといて、よくそんなこと言えるな」
 呆れた目で亜樹を見下ろす真田へ、せめてもの抵抗で憎まれ口を叩く。
「キメセクしかできない奴がドヤってんじゃねえよ」
「は?」

 真田はベッドから降りると、冷蔵庫からペットボトルの水を取り出して、亜樹に放った。
「それ飲んでしょんべん出して、薬抜いてこいよ。その後でもう一回ハメてやる」

 この任務はもう失敗なので、真田の言うことを聞く必要もないのだが、もう一回ハメてもらえる♡と思うと、奥がきゅんきゅんして、さっき出したばかりのちんぽが緩く勃ち上がる。
 便座に座ると、中に出された大量のザーメンがぼとぼとと垂れ落ちてきた。中を伝って流れ落ちる感覚すら気持ちよくて、ぴくぴくと甘イキしていると、いきなりトイレのドアが開いた。

「おしっこ出た? 手伝ってあげようか?」

 全裸でドアの前に立つ真田を見上げると、均整のとれた体の中心は、既にがちがちに勃起していた。
 真田は意地悪く笑いながら亜樹を立たせると、後ろから抱きしめるように手を回して、ちんぽを掴んだ。

「や、やめ……♡」
 亜樹は体を捩って真田から逃げようとするが、がっちりと抑え込まれて身動きできない。

「ほら、おしっこ出して」
 後ろからうなじや耳を舐められながら、ゆる勃ちしたちんぽをしゅこしゅこと扱かれる。

「や……らめぇ……っ♡出、出ちゃっ……♡…ッおしっこ漏れちゃ……♡♡!」
「いいよ。見ててあげるからおしっこ出して」

 真田はそう言うと、片手で亜樹のちんぽを掴んだまま、器用に腰を使って挿入した。

「ひッ……♡あ゛ああァっ!!! い、今だめぇ♡♡おしっこ出ちゃ……!♡やら、きもひ、ぃッ♡♡」

 しょろしょろと小便を垂れ流す姿を、亜樹の肩越しから真田に見られている。屈辱なのに、気持ちいいのが止まらない。

「媚薬抜けて淫紋も消えてるのにメスイキしちゃったねえ」

 嫌味ったらしく言いながら前立腺をごしごし擦る真田を振り返って睨むと、にやにや笑う顔と目が合った。

「い……イッてない♡♡」

 真田は、あーはいはい、と苦笑しながら、亜樹の顎を掴んで舌を捻じ込んできた。口の中をぐちゃぐちゃに犯されて、ケツがきゅんきゅん締まる。
 結局、トイレで立ちバックした後、ベッドに戻って三回、バスルームで中を洗われながら一回、またベッドに戻って二回やった。
 途中からは出すものもない状態だったが、二人とも体力は無尽蔵だし、萎えても催淫術でむりやり勃たせられるので、終わりがなかった。

 正直、イッたイッてないなんてどうでもよかったし、むしろ負けで全然構わないのだが、イッたと言ってしまうとこの関係が終わってしまいそうで、ずっと『まだイッてないもん』と駄々をこね続けてやり潰された亜樹は、そのまま気を失った。





 腰が抜けて起き上がれない亜樹に、真田がペットボトルの水を手渡した。

「……どうも」

 めちゃくちゃ気まずい。ていうか、お前誰だよ。

「あんた影武者か? いつからやってる?」
「こいつが大学に入ったときから。高校時代にやんちゃしすぎて、本人は今海外で謹慎中らしい。帰ってくる気なさそうだけど」

 適当に誤魔化されるのかと思ったが、まともな答えが返ってきて、亜樹の方が拍子抜けしてしまった。

「そんな前からかよ……てか、こんなことしゃべっていいのか」
「いいよ別に。だって俺が影武者ってばれちゃったし。もうこの仕事も辞めるから」
「拔け忍になるのか?」
「ああ。いい生活させてもらったけど、もう他人の人生はうんざりだ。明日退職届出して、引き継ぎ考えたら辞めるのは一ヶ月先かな。職場にはスペアの影武者が行くことになるかもだけど」
「じゃあ、もう会えないのか……」

 思わず淋しげな声を漏らしてしまい、ハッと真田を見る。

「ちが……、今のは別に……」
「俺はお前ともう会えないのは淋しいけど」

 じっと見つめられると、じわじわと体が熱くなる。亜樹は体を引き寄せられて、素直に真田の胸に収まった。

「俺、ここに行くつもりなんだ」

 真田が差し出したスマホの画面を見ると、時代劇のテーマパークが表示されていた。

「真似事かもしれないけど、こんな仕事よりよっぽど忍者らしいだろ」

 忍者装束でパーク内を縦横無尽に飛び回る動画は、確かに亜樹の憧れた忍者の世界だった。

「……亜樹も来れば?」
 照れたような口調に、思わず頷いてしまいそうになる。

「でもうちは家族経営だし……」

 亜樹は今まで自分の気持ちに無頓着に生きてきて、式部流忍者以外の人生を考えたことがなかった。一年も潜って影武者に気づかなかったなんて、志帆や悦朗にバレたら懲罰ものだろうが、やめたり逃げたりする選択肢は、亜樹にはなかった。
 
「俺は、お前がまたこんな任務に着くかと思うと嫌なんだけど」

 亜樹にとって、忍者の世界が全てだった。でも、拗ねたような表情でぎゅっと抱きしめられると、真田と一緒に忍者以外の人生を歩むのも悪くないかなと思えてくる。
 俺が抜け忍になるって言ったら、志帆ちゃんどんな顔するかな、好きに生きろ、忍者なんて時代遅れってずっと言ってたから、案外喜んでくれるのかもな、と思いながら、亜樹は真田の首に腕を回して抱きしめた。

「ていうか、お前はまず名前教えろ」
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