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一章 狙われる唇
狙われる唇 4
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「魔力増幅能力」
魔力増幅能力、とアレクサンドラは口の中で繰り返した。
「あなたの体内を流れる全てのものに、魔力を増幅させる力があります。数倍どころではない。何百倍か、あるいは何千倍か。今は平和な世の中ですが、例えるなら、魔道士一人で一国を制圧することも可能になる力です」
不吉な例えに、アレクサンドラは眉を顰めた。
「私の体内に流れるものって……」
アレクサンドラは胸に手を当ててみた。
「血液、汗、涙、唾液……」
「ちょちょっと、ちょっと待って! そんなの、どうやって魔道士さんに渡せばいいの?」
オスカーは首を横に振った。
「我々には不要です。殿下には、『マナの樹』に力を与えていただきたい」
「マナの樹?」
また初めて聞く単語が飛び出した。頭がパンクしそうだ。
「山のように大きな聖樹です。名の通り、“マナ”を生成する」
マナとは、魔道士たちが使う魔法の源で、マナがなければ魔法を使えないという。それよりも重要なのは、魔法王国アーウィンでは、マナを生活のエネルギーとしていることだ。マナがなければ明かりがつかず、水道も使えない。
「マナの樹が生きるためには、あなたの魔力増幅能力が必要なのです。あなたが攫われたため、生命を維持する糧がないまま十七年が過ぎ、マナの樹は枯れかけている」
マナ不足のため、インフラが機能しなくなり、失業者も増え、国民の生活に支障をきたしているという。飢えに苦しむ者も増えてきた。
「殿下を探していたのは、王宮にお戻りいただくだけでなく、マナの樹を、ひいては国民を救っていただくためなのです」
「王宮に戻って、私は何をすればいいの? 血でも抜いて、マナの樹に捧げる?」
「いいえ。殿下は、マナの樹の傍にいるだけでいい」
「それだけでいいの?」
オスカーは頷いた。
(一気に情報が入ってきて、頭が整理できない)
オスカーの話は初めて知る別世界のことのようで、全て理解したとはいえなかった。しかも、集落で静かに暮らしてきたアレクサンドラにとって、壮大すぎる話だ。
しかし、ひとつだけ、アレクサンドラの胸に刻まれたことがある。
「私だけが、生活に苦しむたくさんの人たちを救えるのね」
オスカーは身を乗り出した。
「ご決断いただきたい、王女殿下」
オスカーはアレクサンドラの手を、手袋ごしの両手で包んだ。その手はビクリと震え、すぐに離れる。
「失礼しました、殿下。我々と王都に向かうご準備を」
冷静さを音声にしたらこうなる、と言わんばかりだった安定したオスカーの低い声が上ずっていた。今まで氷柱のように鋭い視線をアレクサンドラに向けていたというのに、動揺したように眼をそらしている。彫が深く精悍な顔立ちも、仄かに赤く染まって見えた。
「?」
アレクサンドラはオスカーに握られた手を見た。特に変わったところはない。
その時ドアがノックされ、フランシスが戻ってきた。
「話は終わりましたか?」
「伝えるべきことは伝えた」
オスカーは立ち上がった。何事もなかったかのように落ち着きを取り戻していた。
「では王女殿下、参りましょうか」
「いえ、まだ行くとは言ってないわ」
アレクサンドラも立ち上がって、フランシスを見た。
「おばあちゃんにも話を聞かないと。なぜ私を連れ出したのか、とか」
――早くお逃げください。王宮に行ってはなりません、あそこには……
(おばあちゃんは、なんと言おうとしていたんだろう)
老婆は、魔道士二人からアレクサンドラを守ろうとしている様子だった。
十七年間、老婆はアレクサンドラと共に山奥に隠れ住んでいた。
(何のために? ……誰のために?)
魔力増幅能力、とアレクサンドラは口の中で繰り返した。
「あなたの体内を流れる全てのものに、魔力を増幅させる力があります。数倍どころではない。何百倍か、あるいは何千倍か。今は平和な世の中ですが、例えるなら、魔道士一人で一国を制圧することも可能になる力です」
不吉な例えに、アレクサンドラは眉を顰めた。
「私の体内に流れるものって……」
アレクサンドラは胸に手を当ててみた。
「血液、汗、涙、唾液……」
「ちょちょっと、ちょっと待って! そんなの、どうやって魔道士さんに渡せばいいの?」
オスカーは首を横に振った。
「我々には不要です。殿下には、『マナの樹』に力を与えていただきたい」
「マナの樹?」
また初めて聞く単語が飛び出した。頭がパンクしそうだ。
「山のように大きな聖樹です。名の通り、“マナ”を生成する」
マナとは、魔道士たちが使う魔法の源で、マナがなければ魔法を使えないという。それよりも重要なのは、魔法王国アーウィンでは、マナを生活のエネルギーとしていることだ。マナがなければ明かりがつかず、水道も使えない。
「マナの樹が生きるためには、あなたの魔力増幅能力が必要なのです。あなたが攫われたため、生命を維持する糧がないまま十七年が過ぎ、マナの樹は枯れかけている」
マナ不足のため、インフラが機能しなくなり、失業者も増え、国民の生活に支障をきたしているという。飢えに苦しむ者も増えてきた。
「殿下を探していたのは、王宮にお戻りいただくだけでなく、マナの樹を、ひいては国民を救っていただくためなのです」
「王宮に戻って、私は何をすればいいの? 血でも抜いて、マナの樹に捧げる?」
「いいえ。殿下は、マナの樹の傍にいるだけでいい」
「それだけでいいの?」
オスカーは頷いた。
(一気に情報が入ってきて、頭が整理できない)
オスカーの話は初めて知る別世界のことのようで、全て理解したとはいえなかった。しかも、集落で静かに暮らしてきたアレクサンドラにとって、壮大すぎる話だ。
しかし、ひとつだけ、アレクサンドラの胸に刻まれたことがある。
「私だけが、生活に苦しむたくさんの人たちを救えるのね」
オスカーは身を乗り出した。
「ご決断いただきたい、王女殿下」
オスカーはアレクサンドラの手を、手袋ごしの両手で包んだ。その手はビクリと震え、すぐに離れる。
「失礼しました、殿下。我々と王都に向かうご準備を」
冷静さを音声にしたらこうなる、と言わんばかりだった安定したオスカーの低い声が上ずっていた。今まで氷柱のように鋭い視線をアレクサンドラに向けていたというのに、動揺したように眼をそらしている。彫が深く精悍な顔立ちも、仄かに赤く染まって見えた。
「?」
アレクサンドラはオスカーに握られた手を見た。特に変わったところはない。
その時ドアがノックされ、フランシスが戻ってきた。
「話は終わりましたか?」
「伝えるべきことは伝えた」
オスカーは立ち上がった。何事もなかったかのように落ち着きを取り戻していた。
「では王女殿下、参りましょうか」
「いえ、まだ行くとは言ってないわ」
アレクサンドラも立ち上がって、フランシスを見た。
「おばあちゃんにも話を聞かないと。なぜ私を連れ出したのか、とか」
――早くお逃げください。王宮に行ってはなりません、あそこには……
(おばあちゃんは、なんと言おうとしていたんだろう)
老婆は、魔道士二人からアレクサンドラを守ろうとしている様子だった。
十七年間、老婆はアレクサンドラと共に山奥に隠れ住んでいた。
(何のために? ……誰のために?)
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