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一章 狙われる唇
狙われる唇 8
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その時、パキリ、と枝が折れたような音が背後からしてアレクサンドラは振り返る。
しかし、誰もいなかった。
(気のせいかな)
視線を戻すと、突然口を塞がれた。
「んんっ!?」
そのまま森の中に引きずり込まれる。
「んんんっ!」
叫んでも、魔道士の二人には届かなかった。あれだけの魔法を使っていれば、実際に声を出して叫んでいたとしても聞こえなかったかもしれない。
アレクサンドラは手を振りほどこうともがいた。しかし、相手はびくともしない。途中で背負っていた矢筒や矢を捨てられてしまう。
どれだけ引きずられたのか、一瞬手が離れたかと思うと、うつぶせに地面に押さえつけられた。布らしきものが口の中に詰められて、その上から縛られる。猿ぐつわだ。それから身体を半回転させられて、両手を頭上で掴まれた。
「暴れないでください、我が女神」
(え?)
目の前から男の声がした。しかし、姿が見えない。
(もしかして、魔法で姿を消しているの?)
だから男が近くにいることに気付けず、囚われてしまったのだとアレクサンドラは考える。
(我が女神って、どういうことだろう?)
何者かの手がアレクサンドラの肩から首を辿り、そして頬に触れてくる。
「女神に触れることができるなんて、光栄の極みです」
頬に、男の荒い息が当たっている。
(やだ、なんで興奮してるの? 気持ち悪い)
それを堪えて、アレクサンドラは体の力を抜いた。抵抗しないことを示すためだ。
(少しは油断してくれるといいけど)
そうしながら、アレクサンドラは周囲を観察する。自分を押さえつけている男以外にも人がいるのだろうか。姿を消していても、近くにいるのなら枯れ葉を踏みしめる音などで分るのではないか。
「……」
注意深く見回したが、誰もいないようだ。
(相手が一人なら、なんとなかるかも)
アレクサンドラの右頬にあるのは男の左手のようだ。すると、頭上で両手を拘束しているのは右手になる。息遣いは頬の辺りに感じる。男はアレクサンドラの腰の辺りを跨いで、膝立ちになっているに違いない。
「女神、祝福を賜りたく……」
男の息がアレクサンドラの唇に近づいていく。
(祝福ってキスのこと?)
またか、とアレクサンドラは慌てた。
(ごめんねっ)
男の股間があるだろう場所めがけて、アレクサンドラは思いきり膝蹴りを浴びせた。膝に柔らかい感触がする。見事にヒットしたようだ。
「――っ!!」
男は声にならない悲鳴を上げた。と同時に、悶絶して転がる黒いローブを着た男が現れた。集中力が切れて姿を消していられなくなったのだろう。アレクサンドラは急いで身を起こし、男を気絶させた。そして男が着ているローブを使って、細身の木に男を拘束する。
「ふう」
アレクサンドラは安堵の息をついた。
男の黒いローブの左胸には、リーフの紋様が入っている。聖樹教団の一人だろう。集団にばかり気を取られ、後から忍び寄ってくるとは考えていなかった。
やっと猿ぐつわを外せると思いながら、アレクサンドラは後頭部にある布の結び目に手を伸ばした。
「っ!」
その腕に、なにかが固いものが巻きついた。
(うそ。まだ誰かいたの?)
腕だけではない。体中に、固いロープのようなもの巻きついていく。それは長くしなった、枝のようなものだった。
(これは、木の蔓? なぜ蔓が身体に? また何かの魔法?)
そう考える間もなく、アレクサンドラは蔓に巻き取られ、更に森深くに引きずり込まれた。
蔓の先には、複数の木が絡んだような巨木が待っていた。その巨木に磔にされる。巨木の蔓や枝が蠢き、まるでアレクサンドラという獲物を歓迎しているかのようだった。
アレクサンドラは蔓から抜け出そうともがいたが、逃れることはできなかった。しばらくすると、蔓から液体が分泌され、アレクサンドラの身体を溶かし出す。巨木は、食人樹だった。
光が閉ざされた、深く薄暗い森の奥。身動きが取れず、猿ぐつわのせいで助けを呼ぶこともできない。
そんな絶望の中、炎の魔剣士が現れた――。
しかし、誰もいなかった。
(気のせいかな)
視線を戻すと、突然口を塞がれた。
「んんっ!?」
そのまま森の中に引きずり込まれる。
「んんんっ!」
叫んでも、魔道士の二人には届かなかった。あれだけの魔法を使っていれば、実際に声を出して叫んでいたとしても聞こえなかったかもしれない。
アレクサンドラは手を振りほどこうともがいた。しかし、相手はびくともしない。途中で背負っていた矢筒や矢を捨てられてしまう。
どれだけ引きずられたのか、一瞬手が離れたかと思うと、うつぶせに地面に押さえつけられた。布らしきものが口の中に詰められて、その上から縛られる。猿ぐつわだ。それから身体を半回転させられて、両手を頭上で掴まれた。
「暴れないでください、我が女神」
(え?)
目の前から男の声がした。しかし、姿が見えない。
(もしかして、魔法で姿を消しているの?)
だから男が近くにいることに気付けず、囚われてしまったのだとアレクサンドラは考える。
(我が女神って、どういうことだろう?)
何者かの手がアレクサンドラの肩から首を辿り、そして頬に触れてくる。
「女神に触れることができるなんて、光栄の極みです」
頬に、男の荒い息が当たっている。
(やだ、なんで興奮してるの? 気持ち悪い)
それを堪えて、アレクサンドラは体の力を抜いた。抵抗しないことを示すためだ。
(少しは油断してくれるといいけど)
そうしながら、アレクサンドラは周囲を観察する。自分を押さえつけている男以外にも人がいるのだろうか。姿を消していても、近くにいるのなら枯れ葉を踏みしめる音などで分るのではないか。
「……」
注意深く見回したが、誰もいないようだ。
(相手が一人なら、なんとなかるかも)
アレクサンドラの右頬にあるのは男の左手のようだ。すると、頭上で両手を拘束しているのは右手になる。息遣いは頬の辺りに感じる。男はアレクサンドラの腰の辺りを跨いで、膝立ちになっているに違いない。
「女神、祝福を賜りたく……」
男の息がアレクサンドラの唇に近づいていく。
(祝福ってキスのこと?)
またか、とアレクサンドラは慌てた。
(ごめんねっ)
男の股間があるだろう場所めがけて、アレクサンドラは思いきり膝蹴りを浴びせた。膝に柔らかい感触がする。見事にヒットしたようだ。
「――っ!!」
男は声にならない悲鳴を上げた。と同時に、悶絶して転がる黒いローブを着た男が現れた。集中力が切れて姿を消していられなくなったのだろう。アレクサンドラは急いで身を起こし、男を気絶させた。そして男が着ているローブを使って、細身の木に男を拘束する。
「ふう」
アレクサンドラは安堵の息をついた。
男の黒いローブの左胸には、リーフの紋様が入っている。聖樹教団の一人だろう。集団にばかり気を取られ、後から忍び寄ってくるとは考えていなかった。
やっと猿ぐつわを外せると思いながら、アレクサンドラは後頭部にある布の結び目に手を伸ばした。
「っ!」
その腕に、なにかが固いものが巻きついた。
(うそ。まだ誰かいたの?)
腕だけではない。体中に、固いロープのようなもの巻きついていく。それは長くしなった、枝のようなものだった。
(これは、木の蔓? なぜ蔓が身体に? また何かの魔法?)
そう考える間もなく、アレクサンドラは蔓に巻き取られ、更に森深くに引きずり込まれた。
蔓の先には、複数の木が絡んだような巨木が待っていた。その巨木に磔にされる。巨木の蔓や枝が蠢き、まるでアレクサンドラという獲物を歓迎しているかのようだった。
アレクサンドラは蔓から抜け出そうともがいたが、逃れることはできなかった。しばらくすると、蔓から液体が分泌され、アレクサンドラの身体を溶かし出す。巨木は、食人樹だった。
光が閉ざされた、深く薄暗い森の奥。身動きが取れず、猿ぐつわのせいで助けを呼ぶこともできない。
そんな絶望の中、炎の魔剣士が現れた――。
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