隠され姫のキスは魔道士たちを惑わせる

じゅん

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三章 魔法王国アーウィン

魔法王国アーウィン 1

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 二日目の旅路は、実にスムーズだった。
 トラブルがあった場合に、後を走るフランシスが補助魔法でアレクサンドラをサポートすることを条件に、オスカーはアレクサンドラが一人で騎乗することを許した。
空はよく晴れていて、滲んだ汗は爽やかな風が乾かしてくれる。舗装こそされていないが、広い道と見晴らしのいい牧草地が続き、馬を走らせやすいコースでもあった。
昨日の筋肉痛が治っていない上に、また身体を酷使する肉体的な負担はあったが、アレクサンドラは壮快だった。
「早く到着しましたね」
 フランシスはそう言って、街の厩舎係に馬を預けた。休憩を挟みつつだったが、日が暮れる前に宿泊予定の街に辿りついた。
 アレクサンドラは昨夜の反省として、杖を用意していた。プルプルと震えつつも何とか自力で身体を支える。抱きかかえようとしていたフランシスは残念そうだった。
 宿を確保し、前日と同じように酒場になっている一階で夕食をとる。
大都市に近づいているだけあって、昨日よりも広く人口の多い街だった。中央広場を中心に放射線状に舗装された道が伸び、露店も多く、華やいだ印象だ。宿屋も木造三階建てという構造は昨日と変わらないものの、調度品や装飾品が豪華だった。
「聖樹教団、来なかったね」
食事を待つ間にアレクサンドラが言う。四人がけのテーブルで、アレクサンドラの正面がフランシス、隣がザックだ。ザックは料理が運ばれる前からワインを飲み始めていた。
「オスカーが言っていたように王都の牽制が効いているのか、諦めたのか、嵐の前の静けさなのか」
 ザックがグラスを揺らしながら言った。
「今夜もまた来るのかな」
 アレクサンドラは不安そうに眉を顰める。また四人全員が同部屋にと提案されたら、アレクサンドラは拒否しないつもりだ。それくらい、昨夜は怖かった。
「可能性はあります。明日の日中、我が国の隣国である、ナイトハルト帝国に到着予定です。同盟国でもあり安全ですし、我が軍との合流地点でもあります」
「それは聖樹教団だって分っているはずですから、相手からすると、アレクサンドラ様を連れ去るには、今夜がラストチャンスになるわけですね」
 オスカーの言葉を、フランシスが引き継いだ。
「そうなるよね」
 アレクサンドラは両手で顔を押さえた。
「ご安心ください、王女殿下。初日にあれだけの大群をわたしたちに向け、玉砕しているのです。数がいても敵わないと分かっているから、隙をついて殿下を連れ去ろうとしているのでしょう。今夜は殿下から目を離しません」
「やっぱり、今夜は四人一緒ね」
 恥ずかしがっている場合ではない。それにオスカーたちは任務なのだから、手を煩わせるわけにもいかない。
「いえ、我々がいては気が休まらないでしょう。あらゆる想定をして、近くで護衛します。ネズミ一匹近づかせません」
 オスカーは生真面目な表情で言った。隣でフランシスが頷いていることから、部屋割りについては相談済みだったのだろう。ネズミは別にかまわないけど、と思いつつ、オスカーが断言してくれるのなら安心だと、アレクサンドラは胸をなでおろした。
 そこに料理が運ばれてくる。今夜のメニューは、ウナギのパテに、ブーダン、キャベツ・フェンネル・クレソンのサラダなど。デザートはコティニャックだ。
 山岳地では食べたことがない食事が出るので、アレクサンドラは食事の時間が楽しみになっていた。
 アレクサンドラはブーダンに手を伸ばす。ブーダンとは豚の血と脂の腸詰のことだ。添えられているソースのようになめらかなマッシュポテトにつけて食べると、ブーダンの熱い肉汁から溢れる濃厚な味わいにほんのりと甘味が足され、絶妙な美味さだ。もう一つ添えられている、甘酸っぱいリンゴのソテーと共にブーダンを食べるのも、口の中で旨味が広がってたまらない。
 デザートのコティニャックは、西洋カリン、赤ワイン、砂糖などを使って作られるゼリーだ。酸味のあるサッパリとした味で、甘すぎないのが締めによい。
「疲れたあ」
 満腹になったアレクサンドラはベッドに横になって、大きく伸びをした。体中の筋肉が悲鳴をあげているが、誰の目にもさられない一人部屋は開放感がある。
「守られてるだけの私がこれなんだから、オスカーさん達は何倍も疲れてるんだろうな」
 アレクサンドラは申し訳ない気持ちになる。
(おばあちゃん、まだ寝てるのかな。大丈夫かな)
 明日のために少しでも疲れを取ろうと、足や腕をマッサージしながら、アレクサンドラは考える。
「王宮に行ったら、私、何をさせられるんだろう」
 ――アレクサンドラ様、早くお逃げください。王宮に行ってはなりません、あそこには……
 老婆の切迫した表情と声が蘇る。
 ――大きな運命を背負う少女を、大陸の外に連れ出すことが、お前の天命だ。
 ザックから昨日聞いた言葉も頭に浮かんだ。
 それらは、王宮に行くなと言っている。
 しかし魔法王国アーウィンはアレクサンドラの生まれ故郷で、アレクサンドラの両親が待っているという。
 あと数日で王都に到着する。その不安と期待で頭が冴え、アレクサンドラはベッドに潜り込んでもなかなか眠れなかった。
(せっかくみんなが気を使ってくれて、一人部屋になったのに)
 何度も寝返りを打ち、羊を数えてみたりもしたが、一向に睡魔が訪れる気配がない。
「夜風に当たろ」
 諦めたアレクサンドラはベッドから降りてベランダに出た。
「わっ」
ベランダには全身黒の人影があり、アレクサンドラは驚いて仰け反った。一瞬、聖樹教団かと思ったが、ウエストを絞った膝下まである黒いジュストコールで、魔道連隊の制服だとすぐに分った。
「オスカーさんか、びっくりした」
 

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