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三章 魔法王国アーウィン
魔法王国アーウィン 4
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「おはよう、フランシスさん。どうしたの?」
「朝のデートをしましょう」
「……え?」
アレクサンドラはきょとんとしてフランシスのグレーの瞳を見つめた。デートと言った気がしたが、聞き違いだろうか。
「さ、早く早く」
「待って、少し準備をさせて」
腕を引き寄せられそうになり、アレクサンドラは踏みとどまった。襲われることを前提に、服は動きやすい普段着のチェニックのまま寝ていたが、外に出るのなら小道具が入った携帯用のポーチなどを身に着けなければ落ち着かない。
「移動ばかりで街を散歩する余裕がなかったでしょう? アレクサンドラ様も興味がおありになるかと思って」
「確かにあるけど」
興味ならなんにでもある。アレクサンドラはこれまでの人生、山岳地帯の集落と麓の町しか見ていなかったのだ。
「それにぼくが、もっとアレクサンドラ様と一緒に過ごしたいんです。行きましょう」
フランシスは自然にアレクサンドラと手を繋いだ。
「えっと」
「人混みではぐれてしまうといけませんから」
そう微笑まれると、そういうものかと納得してしまう。手袋越しだが、フランシスの手は大きくて温かくて柔らかい。
なにやら視線がチクチクすると思っていたら、男女問わずフランシスを見ているようだ。手を繋いでいる相手がなぜアレクサンドラのような田舎娘だと思われているのだろうか。
(フランシスさんはやっぱり目立つんだな)
アレクサンドラは改めて思った。
目抜き通りに入ると、焼きたての肉や香辛料、新鮮な果実などが露店に並び、美味しそうな匂いを漂わせている。どれも見たことがないものばかりだ。
「みんな美味しそう」
「さあ、どれから召し上がりますか?」
フランシスはアレクサンドラが人ごみに当たらないよう盾となって歩いていた。
(どうしてこんなに優しくしてくれるんだろう)
アレクサンドラはフランシスの中性的で美しい横顔を見上げた。任務だからか。自分に触れると気持ちが良いからだろうか。
しかしそんな邪推を忘れてしまえば、優しい兄が出来たようでアレクサンドラは心地よかった。
(いいや、楽しんじゃえ)
ゆっくりと露店を回った結果、うさぎのパテ、山うずらの串焼き、いくつかの果物を購入し、中央公園のベンチに二人は並んで座って朝食をすませた。この場所からは道が放射線状に走っているのがよく分かり、街の広さと繁栄ぶりが伺えた。目の前の噴水のしぶきがキラキラと輝き、子供たちが笑い声を上げながら走り回っている。
「平和だなあ」
こうして温かい木漏れ日に当たっていると、何度も襲われたことは、夢だったのではないかと思えてくる。
さわさわと木々が鳴った。一陣の風が抜けて、巻き上がる紅茶色の髪をアレクサンドラは手で押さえた。視線を何かが横切り、目で追いかけると、子供用の小さな帽子が、木の枝に引っかかった。それを確認した途端、近くで男の子の泣き声が聞こえた。四才前後の子供が倒れている。どうやら風で飛ばされた帽子を追いかけている途中で転んでしまったようだ。
「大丈夫?」
アレクサンドラは駆け寄って、男の子を立たせた。膝と手の平に血が滲んでいる。
「ちょっと待っててね」
近くの店から水を分けてもらい、傷を洗った。男の子が痛みに呻く。
「もう少し、我慢できる?」
アレクサンドラが男の子の顔を覗き込むと、涙を堪えながら、男の子は「うん」と頷いた。
「いい子」
「アレクサンドラ様、治癒魔法を使いましょうか?」
隣りで屈んだフランシスに、アレクサンドラは唇に指を当てて、無言で首を横に振った。
「傷薬あげるね。高山で育つ逞しい薬草から生成したものだから、よく効くよ。自分で塗れる?」
「うん」
男の子が薬を塗っている間に、アレクサンドラは小石を拾い、ハーフアップにしていた紐を解いた。紐と小石を使ってパチンコの要領で狙いを定めて小石を飛ばすと、狙った通りの枝に小石が命中する。枝が揺れて帽子が落ちてきた。地面に着く前にアレクサンドラがキャッチする。
「塗れた?」
「うん」
「じゃあ、ご褒美」
アレクサンドラが男の子に帽子をかぶせた。
「ありがとう、お姉ちゃん!」
男の子は元気に駆けていった。
「アレクサンドラ様、魔法はお嫌いですか?」
フランシスは細い眉を下げて、悲しそうな表情を向けている。
「朝のデートをしましょう」
「……え?」
アレクサンドラはきょとんとしてフランシスのグレーの瞳を見つめた。デートと言った気がしたが、聞き違いだろうか。
「さ、早く早く」
「待って、少し準備をさせて」
腕を引き寄せられそうになり、アレクサンドラは踏みとどまった。襲われることを前提に、服は動きやすい普段着のチェニックのまま寝ていたが、外に出るのなら小道具が入った携帯用のポーチなどを身に着けなければ落ち着かない。
「移動ばかりで街を散歩する余裕がなかったでしょう? アレクサンドラ様も興味がおありになるかと思って」
「確かにあるけど」
興味ならなんにでもある。アレクサンドラはこれまでの人生、山岳地帯の集落と麓の町しか見ていなかったのだ。
「それにぼくが、もっとアレクサンドラ様と一緒に過ごしたいんです。行きましょう」
フランシスは自然にアレクサンドラと手を繋いだ。
「えっと」
「人混みではぐれてしまうといけませんから」
そう微笑まれると、そういうものかと納得してしまう。手袋越しだが、フランシスの手は大きくて温かくて柔らかい。
なにやら視線がチクチクすると思っていたら、男女問わずフランシスを見ているようだ。手を繋いでいる相手がなぜアレクサンドラのような田舎娘だと思われているのだろうか。
(フランシスさんはやっぱり目立つんだな)
アレクサンドラは改めて思った。
目抜き通りに入ると、焼きたての肉や香辛料、新鮮な果実などが露店に並び、美味しそうな匂いを漂わせている。どれも見たことがないものばかりだ。
「みんな美味しそう」
「さあ、どれから召し上がりますか?」
フランシスはアレクサンドラが人ごみに当たらないよう盾となって歩いていた。
(どうしてこんなに優しくしてくれるんだろう)
アレクサンドラはフランシスの中性的で美しい横顔を見上げた。任務だからか。自分に触れると気持ちが良いからだろうか。
しかしそんな邪推を忘れてしまえば、優しい兄が出来たようでアレクサンドラは心地よかった。
(いいや、楽しんじゃえ)
ゆっくりと露店を回った結果、うさぎのパテ、山うずらの串焼き、いくつかの果物を購入し、中央公園のベンチに二人は並んで座って朝食をすませた。この場所からは道が放射線状に走っているのがよく分かり、街の広さと繁栄ぶりが伺えた。目の前の噴水のしぶきがキラキラと輝き、子供たちが笑い声を上げながら走り回っている。
「平和だなあ」
こうして温かい木漏れ日に当たっていると、何度も襲われたことは、夢だったのではないかと思えてくる。
さわさわと木々が鳴った。一陣の風が抜けて、巻き上がる紅茶色の髪をアレクサンドラは手で押さえた。視線を何かが横切り、目で追いかけると、子供用の小さな帽子が、木の枝に引っかかった。それを確認した途端、近くで男の子の泣き声が聞こえた。四才前後の子供が倒れている。どうやら風で飛ばされた帽子を追いかけている途中で転んでしまったようだ。
「大丈夫?」
アレクサンドラは駆け寄って、男の子を立たせた。膝と手の平に血が滲んでいる。
「ちょっと待っててね」
近くの店から水を分けてもらい、傷を洗った。男の子が痛みに呻く。
「もう少し、我慢できる?」
アレクサンドラが男の子の顔を覗き込むと、涙を堪えながら、男の子は「うん」と頷いた。
「いい子」
「アレクサンドラ様、治癒魔法を使いましょうか?」
隣りで屈んだフランシスに、アレクサンドラは唇に指を当てて、無言で首を横に振った。
「傷薬あげるね。高山で育つ逞しい薬草から生成したものだから、よく効くよ。自分で塗れる?」
「うん」
男の子が薬を塗っている間に、アレクサンドラは小石を拾い、ハーフアップにしていた紐を解いた。紐と小石を使ってパチンコの要領で狙いを定めて小石を飛ばすと、狙った通りの枝に小石が命中する。枝が揺れて帽子が落ちてきた。地面に着く前にアレクサンドラがキャッチする。
「塗れた?」
「うん」
「じゃあ、ご褒美」
アレクサンドラが男の子に帽子をかぶせた。
「ありがとう、お姉ちゃん!」
男の子は元気に駆けていった。
「アレクサンドラ様、魔法はお嫌いですか?」
フランシスは細い眉を下げて、悲しそうな表情を向けている。
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