隠され姫のキスは魔道士たちを惑わせる

じゅん

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五章 マナの樹

マナの樹 3

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(こ、ここ四階!)
 アレクサンドラは思わずオスカーの首に両腕を回してしがみ付く。自由落下が始まり、内臓が持ち上がるような浮遊感がアレクサンドラを襲う。ドレスやアップに纏めた後れ毛がはためいた。
「ゲイル」
 オスカーが低い声で呪文を唱えると、疾風に背中を押されるように、今度は進行方向に空を飛んだ。あまりの速さにアレクサンドラは目を開けていられない。
「オスカーさん。それで、ザックはどうして?」
 オスカーにしがみ付いたまま、アレクサンドラは尋ねた。
「マナの樹を伐倒するためです」
 マナの樹がなくなれば、アレクサンドラは人柱にならずにすむ。ザックはそう考えたのだろう。
「しかし、力及びませんでした。当然でしょう。相手は山のように大きく、飢えて狂暴化した聖樹なのですから」
「勝てないって、分っていたの?」
 オスカーはつらそうに瞳を細めた。
「ええ。とめたのですが」
「それならどうして、ちゃんととめてくれなかったの? 殺されに行くようなものじゃないっ」
「今朝方、王女殿下の能力でザックの魔力は増幅していました。それにかけたのでしょう。それに彼の決意を前にして、わたしは引きとめ続けることはできなかった」
 アレクサンドラはオスカーの肩を叩いた。
「オスカーさんは一緒に戦ってくれなかったの? なぜ、ザックを一人で置いてきたの!?」
「……申し訳ございません」
 オスカーは苦しそうに呻いた。
 ザックは、一縷の望みをかけて、勝つ見込みのない戦いに挑んだ。オスカーも進入禁止エリアに入っていれば、マナの樹の餌食になっていただろう。自殺行為に付き合ういわれはなかった。
 オスカーにも自分の人生があり、これからなすべきことがある。フランシスも一人にさせておけない。そういうことなのだろうと、アレクサンドラは思った。
「……ごめんなさい、当たってしまって」
「いいえ、お力になれず……」
 オスカーのような生真面目な男が、つらくないはずがなかった。
 城下町を過ぎて、建物がまばらになってきた荒野にオスカーは降りた。
「こちらです」
 マナの樹を囲むようにロープが張り巡らされている。ここからでは木の根元が見えないほど、まだ大樹まで距離があった。
 あまりにも、マナの樹は大きかった。
 表面が所々剥がれ落ちた太い幹が空に向かって伸び、枝が歪な形に広がっている。葉は茶色く変色して、地面まで垂れた蔓がうねうねと蠢いていた。地面は大樹の影で光が届かず、黒く湿っている。周囲に生き物の気配がしなかった。木があるにもかかわらず、鳥のさえずりさえしない。不気味な空気が漂っており、立ち入り禁止だと知らなくても、ロープの内側に入る者はいないだろう。
「この先に、ザックがいるのね」
「マナは魔力のない者には無害です。殿下はマナの樹まで近づくことができるでしょう」
「分った」
 スカートを翻し、ひょいとロープを飛び越えたアレクサンドラは、オスカーに呼びとめられた。
「殿下。……宜しいのですね?」
 オスカーはあえて言及を避けている。そこには、「ザックは既に息絶えている可能性がある。遺体に対面する覚悟があるか」という意味合いが込められていた。
 アレクサンドラは微かに口角を上げ、はっきりとした眉をあげて、強い意志を込めてオスカーを見返した。
「もちろんよ。連れてきてくれて、ありがとう」
 アレクサンドラは走った。ぬかるんだ土に足を取られそうになり、邪魔なヒールは脱ぎ捨てた。枯れ枝や石が足の裏を切り、痛みが走ったが、気にしている余裕はなかった。足に絡みつくスカートを両手でたくし上げる。白く細い脚は、跳ねた泥で染まっていった。
 ある程度近づくと、蔓が密集している部分があるのが分った。
(ザックはきっと、あそこにいる)
 アレクサンドラは一層足を速めた。
(いた……!)
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