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序章 仮面舞踏会
仮面舞踏会 3
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「ねえ君、名前は?」
「……」
アレクサンドラは呆れた。こちらが何度もした問いかけには答えず、先に名を聞こうとはどういう了見だ。
ただし、こちらとしては、侍女が髑髏を「フランシス」と呼んだことで名を知った。アレクサンドラも名乗ることに抵抗はない。しかし、口を開く前に別の声がした。
「フランシス様、王太子殿下がお呼びです」
ドアがノックされ、外から廷臣らしき男の声が聞こえてくる。
「えっ、殿下が?」
アレクサンドラは思わずのけぞった。この国の王太子は一人だ。本日の主役である新郎に違いない。この豪華な部屋といい、髑髏は王族に近しい者なのだろう。
髑髏は迷惑そうな様子で肩をすくめた。
「なんて間が悪いんだ。……すぐ行くって伝えておいて!」
小さくぼやいた後、髑髏はドアの向こうに返事をした。
「ねえ、名前を教えてよ」
髑髏は急かした。
「私はアレクサンドラ。あなたは一体……」
「じゃあアレクサンドラ、後で踊ろう! 彼女を会場まで案内してあげて、Cルートで」
「かしこまりました」
髑髏は侍女に命じて、仮装のまま部屋を飛び出して行った。
「王太子様に呼ばれるなんて、何者なんだろう」
髑髏に会ってから振り回されっぱなしだった。髪をかき上げようとして思いとどまる。触るとかつらが取れてしまいそうだ。
「いや、取れていいのか。ドレスに着替え……」
「いいえ、フランシス様がお戻りになるまで、このままで。さあこちらに」
着替えようとすると侍女に阻まれた。天使の姿のまま、アレクサンドラは会場に案内される。
「来た時と道が違う気がするんだけど」
「ええ。少々宮殿が入り組んでいて、いくつか通路があるんです」
わざと複雑に歩いているようだとアレクサンドラは気づいた。あの部屋の場所を特定されたくないようだ。
「フランシスって、どんな人なの?」
十代二十代の王族は、王太子一人のはずだ。
ここオルレニア王国の王位は、多くの国と同じように世襲制である。若い王位継承者は王太子一人しかおらず、だからこそ王太子の婚礼を盛大に行っていた。
「フランシス様から直接お聞きください。さあ、到着いたしました」
侍女は会場の前で頭を下げ、去ってしまった。
「まいったな」
ブロンドの巻き毛を一房掴み、アレクサンドラは苦笑する。
フロアに入ると案の定、それまでと違って注目を集めてしまっていた。着せられた服の仕立てが一目でわかるほど良すぎるし、仰々しい白い羽まで背負っているのだ。元のドレスに着替えたいところだが、さっきの部屋の場所がわからない。
そこに、驚き交じりの低い声が飛んできた。
「アレックスか、なんだその格好は。どこにいたんだ、探していたんだぞ」
兄の親友で軍人のエドワード・デヴローが駆けつけてきた。エドワードは警備の任があるため軍服姿だ。十七歳とまだ若いが、既に未来の海軍の幹部候補と囁かれているエリートだ。長身で鍛えられた身体と鋭い眼光で貫禄があり、端正な相貌だからこそ人を寄せ付けない空気をまとっている。
「ごめんエド。髑髏の格好をした人に、これを着せられていた」
「髑髏?」
意味がわからないとでもいうように、エドワードは眉を寄せた。しかしアレクサンドラは上手く説明する自信がない。
それよりも、アレクサンドラは辺りのざわめきが気になっていた。長身で容姿の整ったエドワードが淑女たちの関心を集めるのはいつものことなのだが、どうやら、そればかりではないようだ。
「なんだか熱い視線を感じる」
「そうだな。見ろ、ご令嬢たちを」
改めて周囲を見ると、扇子で仰ぎながらハンカチを口元に添え、若い女性たちが集まってきていた。
「これって、もしかして」
「おまえは完全に男だと思われているな。ダンスに誘われたくて、ウズウズしているようだ」
開いた口が塞がらなかった。
「踊ってくるか?」
「冗談はやめて」
エドワードは喉の奥で笑い、制帽を傾けて青い瞳を悪戯っぽく煌めかせた。
「一通りの儀礼は終わったようだ。帰るぞ。ドレスを取って来い」
「もう終わり?」
あの髑髏の正体を知りたい気もしたが、時間切れならば仕方がない。
「ドレスはいいんだ。行こう、エド」
今後、あのドレスを着る機会はないだろうとアレクサンドラは思った。
女だからと、無理をしてドレスを着なくてもいいのだ。
その後、アレクサンドラがいくら調べても、フランシスが何者なのかわからなかった。
「……」
アレクサンドラは呆れた。こちらが何度もした問いかけには答えず、先に名を聞こうとはどういう了見だ。
ただし、こちらとしては、侍女が髑髏を「フランシス」と呼んだことで名を知った。アレクサンドラも名乗ることに抵抗はない。しかし、口を開く前に別の声がした。
「フランシス様、王太子殿下がお呼びです」
ドアがノックされ、外から廷臣らしき男の声が聞こえてくる。
「えっ、殿下が?」
アレクサンドラは思わずのけぞった。この国の王太子は一人だ。本日の主役である新郎に違いない。この豪華な部屋といい、髑髏は王族に近しい者なのだろう。
髑髏は迷惑そうな様子で肩をすくめた。
「なんて間が悪いんだ。……すぐ行くって伝えておいて!」
小さくぼやいた後、髑髏はドアの向こうに返事をした。
「ねえ、名前を教えてよ」
髑髏は急かした。
「私はアレクサンドラ。あなたは一体……」
「じゃあアレクサンドラ、後で踊ろう! 彼女を会場まで案内してあげて、Cルートで」
「かしこまりました」
髑髏は侍女に命じて、仮装のまま部屋を飛び出して行った。
「王太子様に呼ばれるなんて、何者なんだろう」
髑髏に会ってから振り回されっぱなしだった。髪をかき上げようとして思いとどまる。触るとかつらが取れてしまいそうだ。
「いや、取れていいのか。ドレスに着替え……」
「いいえ、フランシス様がお戻りになるまで、このままで。さあこちらに」
着替えようとすると侍女に阻まれた。天使の姿のまま、アレクサンドラは会場に案内される。
「来た時と道が違う気がするんだけど」
「ええ。少々宮殿が入り組んでいて、いくつか通路があるんです」
わざと複雑に歩いているようだとアレクサンドラは気づいた。あの部屋の場所を特定されたくないようだ。
「フランシスって、どんな人なの?」
十代二十代の王族は、王太子一人のはずだ。
ここオルレニア王国の王位は、多くの国と同じように世襲制である。若い王位継承者は王太子一人しかおらず、だからこそ王太子の婚礼を盛大に行っていた。
「フランシス様から直接お聞きください。さあ、到着いたしました」
侍女は会場の前で頭を下げ、去ってしまった。
「まいったな」
ブロンドの巻き毛を一房掴み、アレクサンドラは苦笑する。
フロアに入ると案の定、それまでと違って注目を集めてしまっていた。着せられた服の仕立てが一目でわかるほど良すぎるし、仰々しい白い羽まで背負っているのだ。元のドレスに着替えたいところだが、さっきの部屋の場所がわからない。
そこに、驚き交じりの低い声が飛んできた。
「アレックスか、なんだその格好は。どこにいたんだ、探していたんだぞ」
兄の親友で軍人のエドワード・デヴローが駆けつけてきた。エドワードは警備の任があるため軍服姿だ。十七歳とまだ若いが、既に未来の海軍の幹部候補と囁かれているエリートだ。長身で鍛えられた身体と鋭い眼光で貫禄があり、端正な相貌だからこそ人を寄せ付けない空気をまとっている。
「ごめんエド。髑髏の格好をした人に、これを着せられていた」
「髑髏?」
意味がわからないとでもいうように、エドワードは眉を寄せた。しかしアレクサンドラは上手く説明する自信がない。
それよりも、アレクサンドラは辺りのざわめきが気になっていた。長身で容姿の整ったエドワードが淑女たちの関心を集めるのはいつものことなのだが、どうやら、そればかりではないようだ。
「なんだか熱い視線を感じる」
「そうだな。見ろ、ご令嬢たちを」
改めて周囲を見ると、扇子で仰ぎながらハンカチを口元に添え、若い女性たちが集まってきていた。
「これって、もしかして」
「おまえは完全に男だと思われているな。ダンスに誘われたくて、ウズウズしているようだ」
開いた口が塞がらなかった。
「踊ってくるか?」
「冗談はやめて」
エドワードは喉の奥で笑い、制帽を傾けて青い瞳を悪戯っぽく煌めかせた。
「一通りの儀礼は終わったようだ。帰るぞ。ドレスを取って来い」
「もう終わり?」
あの髑髏の正体を知りたい気もしたが、時間切れならば仕方がない。
「ドレスはいいんだ。行こう、エド」
今後、あのドレスを着る機会はないだろうとアレクサンドラは思った。
女だからと、無理をしてドレスを着なくてもいいのだ。
その後、アレクサンドラがいくら調べても、フランシスが何者なのかわからなかった。
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