海賊王と麗人海軍~海洋恋愛浪漫譚~

じゅん

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一章 旅立ち

旅立ち 6

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「見て、身体のラインを平らにしてみた。これで髪を切ったら、完璧に男に見えるでしょ」
「どうかな。俺はおまえが男に見えたことは一度もない」
「えっ、おかしいな。絶対に男に見えると思うんだけど」
 アレクサンドラは鏡に姿を映して首をひねる。
「……そういう意味ではないのだが」
 そう小さく呟いたエドワードは、気を取り直したようにアレクサンドラに視線を向けた。
「本気でその髪を切るつもりなら、俺が切ってやろうか」
「助かるよ。自分じゃ上手く切れないなと思ってたんだ」
 アレクサンドラは鏡台に座った。
「本当にいいんだな?」
「思い切ってやっちゃって」
 アレクサンドラはこぶしを握った。
 少しだけ怖い。物心ついてから、短髪にするなんて初めてだ。「男女」と言われ続けていたが、男らしさなんてわからない。自分はわからない存在になり、わからない場所に行く。
「別人の人生みたい」
 ――そうか、別人になるんだ。
 そう思うと、好奇心が恐怖心を押し退けた。
 これからアレクサンドラの皮を脱ぎ捨てるのだ。家と軍港の往復から解放されるのだ。アレクサンドラではできなかったことができるのだ。
 アレクサンドラの顔色が明るくなる。思いのほか、ずっと窮屈な思いをしていたようだ。
「なにか言ったか?」
「ううん。エドが来てくれるって言うし、すぐに悪い奴なんてやっつけられる気になってきた」
「当然だろ」
 エドワードはブルネットの髪をすいてからハサミを入れた。
 ジョキリ、と髪を切断する音がして、アレクサンドラの肩に力が入った。
 大丈夫。これは私が脱皮をする儀式なんだから。これから、もっと自由な世界が広がるはずだから。
 アレクサンドラは意識して呼吸を整えた。
「大丈夫か? やっぱり、やめるか」
「ううん、続けて。武者震いだよ」
 半分は強がりだが、もう半分は本音だ。
 アレクサンドラの様子を鏡越しに見て、エドワードは作業を続ける。
 髪が重みを失うたび、アレクサンドラの心は軽くなっていくようだった。
「絶対に引き留めるべきだとわかっているのだが、俺はおまえに甘いな」
「エドは昔から優しいよね」
 アレクサンドラは無邪気に、鏡越しにエドワードを見上げた。
「誰にでも優しいわけではない」
 エドワードは長い指先でアレクサンドラの頬をなでる。
「こんなに肌の綺麗な男はいない」
「色が白いのかな。私は内勤だったからね。海賊島に行くまでの航海中に日焼けするだろうから、大丈夫だよ」
「……おまえには、なかなか話が通じないな」
 苦笑するエドワードを、アレクサンドラは不思議そうに見上げた。
「まあいい、今さら急くつもりはない。すべては任務が終わってからだ」
 エドワードは小さく吐息し、再びハサミを動かし始めた。

 良く晴れた航海日和。
旅客船の船縁に寄りかかったアレクサンドラは、市販の海図と手作りの海図、そして方位磁石と天測器を交互に見比べていた。
「まだやっていたのか、よく飽きないな」
 呆れ声で甲板にやってきたのは、胸元の開いた白いシャツと黒いパンツという、ラフな姿のエドワードだった。アレクサンドラは半袖のチュニックだが、生地は厚めにしている。身体のラインをごまかすためだ。家で試したように、服に肩パットが縫い付けられていて、身体には晒しも巻いている。化粧で多少肌質を悪くさせ、眉も太めに書いていた。
「オルレニアより南下したことがなかったから、楽しくて。私は実際に見た海図を完成させるのが夢なんだ」
 太陽の光を取り込んでキラキラと輝いているダークグリーンの瞳を見て、エドワードは笑った。
「知ってるよ。だが、それは不可能だ」
「そうかもね。海って、どれくらい広いんだろう」
 エドワードは、夢を打ち明けた数少ない一人だった。
 海図を完成させたいと言うと、大概、笑われるか呆れられた。まったく信じてもらえない。誰も成し遂げていないことを、アレクサンドラにできるはずがないと思うのだろう。そんな反応には慣れていた。アレクサンドラ自身、完成できるとは思っていなかった。だから夢なのだ。
 しかし、世界がどんなに広くても終わりがあるはずだ。いつか、誰かが地図を完成させる。それがアレクサンドラでないと誰が言いきれるだろう。
 ……そうは思うが、さすがにアレクサンドラはそこまで口に出したことはない。国から潤沢な資金で援助をされている冒険家の航海士にでもならない限り、叶わぬ夢だ。航海にはたくさんの人員が必要で、莫大な金がかかるのだ。
 アレクサンドラのショートになったブルネットの髪が海風に揺れている。
ドミール帝国を出て、いくつかの港を経て三週間が過ぎていた。アレクサンドラは、その殆どの時間を船首楼近くの甲板で過ごした。
「陸にいた頃より生き生きとしているな」
「海も船も好きだから。あっ」
 アレクサンドラは船縁から乗り出して、自前の望遠鏡を覗きこんだ。
「ジャスタークの港が見えてきた」
 
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