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三章 無血の海賊王
無血の海賊王 5
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「新入り、緊張したか?」
「ロバート……キャプテン」
頭上の通路に、ロバートは輝く太陽を背にして立っていた。アレクサンドラは眩しくて目を細める。
「ゆっくり休めよ」
ニッと笑って、深紅のジュストコールを翻して去って行った。
「櫂も漕がずにぼうっとして、この役立たず!」
クリスの悪態が降ってきた。
「なっ……」
「ロバート、待ってぇ」
アレクサンドラが言い返す前にクリスは走り去った。
「やっぱり嫌われてる」
アレクサンドラは確信した。
「ブッチャーさん発見! アレックスと話してたの?」
黒い粉をかぶったように汚れたピエールがやってきた。
「どうしたの、その姿は?」
「僕は火薬運搬係だもん。頑張ったでしょ?」
ピエールはブッチャーを見上げた。
「大分、手際がよくなったな」
「えへへ。一緒に休憩しよう」
ピエールはブッチャーの肩に乗せられて、ご機嫌で去って行った。
「ピエールさえ働いていたのに、私は……」
「俺たちは櫂を任されていたじゃないか」
「クリスの言うとおり、私は見ていただけで、手を動かしていなかったよ」
アレクサンドラに、なんとも言えない虚脱感が押し寄せた。
帝国海軍を襲ってしまったこと。
諜報員として所属しているだけだとはいえ、この船でなにも貢献もできなかったこと。
人非人だと思っていたロバートのイメージが、完全に崩れたこと。
「私は……」
アレクサンドラの任務は、ロバート海賊団のアジトを突き止めるか、ロバートの命を奪うかだ。
アジトを押さえてロバートを連行すれば、悪名高いロバートは間違いなく公開処刑になるだろう。
どちらにしてもロバートの命はない。
そうなれば、ロバートが立て直したというあの港町はどうなるのだろう。ロバートには一目置いているらしい有象無象の海賊たちも、また無秩序に暴れ出すに違いない。
海賊は悪だ。
船を沈めて財産を奪うのは、犯してはならない大きな犯罪だ。
しかしロバートを失うことで、もっと大きな災いが起こることは目に見えている。
「私は、どうしたらいいのだろう」
アレクサンドラはわからなくなった。
復路は毎日宴会だった。船の中では逃げ場がなく、アレクサンドラも大いに飲まされた。
ものすごい勢いで酒樽が空になっていったが、それだけ飲んでいても、しけでマスト調節や櫂漕ぎが必要になると、海賊たちは統率のとれた機敏な働きをした。敵ながらあっぱれだとアレクサンドラは舌を巻くしかない。
「また、飲みすぎてしまった……」
アレクサンドラは、火照った頬に手を当てた。
判断力が鈍らない量はワイン二杯まで。蒸留酒には手を出さない。そうルールを決めていても、昼間から飲んだくれている連中を相手にしていては、どうしても決めた酒量を超えてしまう。アレクサンドラは度々、物陰に隠れてやりすごしていた。
「ちょっと外に出て、酔いを醒ましてくるよ」
「俺も行く」
「いい。エドは身体が大きいから、一緒にいるとすぐに見つかって宴会に連れ戻される」
アレクサンドラはエドワードと別れて表に出た。すっかり日は落ちて、無数の星が空に散らばり、まるで宝石のように輝いていた。
「早く消灯時間にならないかな」
八時消灯で、以降は表の甲板以外で飲めなくなるのが救いだった。あとは船内でハンモックに揺られながら朝を待てばいい。好きな海上にいながら、陸が恋しくなるとは思わなかった。
アレクサンドラがのんびりと潮風に当たっていると、昇降口から金髪の男が出てくるのが見えた。
「ロバート」
驚いたアレクサンドラは、物陰からロバートに注視した。珍しく一人でいるロバートは、スルスルと縄梯子を登っていく。帆柱の先にある見張り台にたどり着くと、そこにいたらしい男が代りに下りてくる。見張り番を交代したようだ。
「チャンスだ」
ロバートには必ず誰かが傍にいた。話しかけることはできても、探りを入れられるような隙はなかった。
アレクサンドラは慌てて宴会場に戻り、近くにあった酒瓶とコップを適当に鞄に入れて担ぐと、見張り台に向かった。
「ロバート……キャプテン」
頭上の通路に、ロバートは輝く太陽を背にして立っていた。アレクサンドラは眩しくて目を細める。
「ゆっくり休めよ」
ニッと笑って、深紅のジュストコールを翻して去って行った。
「櫂も漕がずにぼうっとして、この役立たず!」
クリスの悪態が降ってきた。
「なっ……」
「ロバート、待ってぇ」
アレクサンドラが言い返す前にクリスは走り去った。
「やっぱり嫌われてる」
アレクサンドラは確信した。
「ブッチャーさん発見! アレックスと話してたの?」
黒い粉をかぶったように汚れたピエールがやってきた。
「どうしたの、その姿は?」
「僕は火薬運搬係だもん。頑張ったでしょ?」
ピエールはブッチャーを見上げた。
「大分、手際がよくなったな」
「えへへ。一緒に休憩しよう」
ピエールはブッチャーの肩に乗せられて、ご機嫌で去って行った。
「ピエールさえ働いていたのに、私は……」
「俺たちは櫂を任されていたじゃないか」
「クリスの言うとおり、私は見ていただけで、手を動かしていなかったよ」
アレクサンドラに、なんとも言えない虚脱感が押し寄せた。
帝国海軍を襲ってしまったこと。
諜報員として所属しているだけだとはいえ、この船でなにも貢献もできなかったこと。
人非人だと思っていたロバートのイメージが、完全に崩れたこと。
「私は……」
アレクサンドラの任務は、ロバート海賊団のアジトを突き止めるか、ロバートの命を奪うかだ。
アジトを押さえてロバートを連行すれば、悪名高いロバートは間違いなく公開処刑になるだろう。
どちらにしてもロバートの命はない。
そうなれば、ロバートが立て直したというあの港町はどうなるのだろう。ロバートには一目置いているらしい有象無象の海賊たちも、また無秩序に暴れ出すに違いない。
海賊は悪だ。
船を沈めて財産を奪うのは、犯してはならない大きな犯罪だ。
しかしロバートを失うことで、もっと大きな災いが起こることは目に見えている。
「私は、どうしたらいいのだろう」
アレクサンドラはわからなくなった。
復路は毎日宴会だった。船の中では逃げ場がなく、アレクサンドラも大いに飲まされた。
ものすごい勢いで酒樽が空になっていったが、それだけ飲んでいても、しけでマスト調節や櫂漕ぎが必要になると、海賊たちは統率のとれた機敏な働きをした。敵ながらあっぱれだとアレクサンドラは舌を巻くしかない。
「また、飲みすぎてしまった……」
アレクサンドラは、火照った頬に手を当てた。
判断力が鈍らない量はワイン二杯まで。蒸留酒には手を出さない。そうルールを決めていても、昼間から飲んだくれている連中を相手にしていては、どうしても決めた酒量を超えてしまう。アレクサンドラは度々、物陰に隠れてやりすごしていた。
「ちょっと外に出て、酔いを醒ましてくるよ」
「俺も行く」
「いい。エドは身体が大きいから、一緒にいるとすぐに見つかって宴会に連れ戻される」
アレクサンドラはエドワードと別れて表に出た。すっかり日は落ちて、無数の星が空に散らばり、まるで宝石のように輝いていた。
「早く消灯時間にならないかな」
八時消灯で、以降は表の甲板以外で飲めなくなるのが救いだった。あとは船内でハンモックに揺られながら朝を待てばいい。好きな海上にいながら、陸が恋しくなるとは思わなかった。
アレクサンドラがのんびりと潮風に当たっていると、昇降口から金髪の男が出てくるのが見えた。
「ロバート」
驚いたアレクサンドラは、物陰からロバートに注視した。珍しく一人でいるロバートは、スルスルと縄梯子を登っていく。帆柱の先にある見張り台にたどり着くと、そこにいたらしい男が代りに下りてくる。見張り番を交代したようだ。
「チャンスだ」
ロバートには必ず誰かが傍にいた。話しかけることはできても、探りを入れられるような隙はなかった。
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