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三章 無血の海賊王
無血の海賊王 7
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「キャプテンは、なぜ海賊になったんですか」
ロバートの視線が下りてきた。
「おまえは?」
聞き返されて、アレクサンドラは答えに窮する。まさか諜報活動のためとは言えない。
「手っ取り早く稼げると思って」
「……まあ、オレもそんなもんだ」
興味を失ったようにロバートは再び夜空に視線を戻してしまった。
しまった、とアレクサンドラは臍を噬んだ。縮まりつつあった距離が一気に遠くなった気がする。自分から心を開かないと、相手だって応えようがないだろう。
「それだけじゃありません。私はこの目で見た、自作の海図を完成させるのが夢なんです」
数人にしか言っていない夢を打ち明けてしまった。エドワードにさえ本気にしてもらえない夢。自分でも本気で完成できるとは信じ切れていない夢。
「へえ、面白いことを言うじゃないか」
ロバートが興味を持ったように顔ごとアレクサンドラに向けた。
「笑わないんですか?」
アレクサンドラは碧眼を見つめたまま何度か瞬きをした。
無理だ、不可能だ。それ以外の言葉を言われたのは初めてだった。
「まさか。オレは世界中すべてを巡るつもりだからな」
「世界中すべて。そんなことが……」
「できるさ。オレは何者にも束縛されない、自由な海賊だから」
ロバートは冗談を言っている顏ではなかった。アレクサンドラは興奮して上半身を起こした。
「たとえ女性でも、海図を完成できると思いますか?」
思わず質問してしまった。あからさますぎたか。しかし、どうしてもロバートに聞きたかった。こんなことで自分が女性だと気づくことはないだろう。
「空を飛べと言っているわけじゃねえんだ。信念さえあればどうにでもなるだろ」
ロバートはラムをひと口飲んで、遠くの水平線に視線を投げた。空と海が墨色で一体化しているが、一部の水面に月光が揺れている。
「なぜこんなに海賊がいると思う?」
アレクサンドラは考えたことがなかった。帝国には海軍はあっても海賊はいない。
「儲かるからですか」
「違う。これしか生業がないからだ。飢えないために始めた奴が殆どだよ。つまり、豊かになれば減っていく。すると海は安全になって、もっと少人数で航海できるようになる。当り前のように誰でも航海できる時代が来る」
「女性でも?」
「女、子供、老人、誰でもだ」
息が止まるかのようだった。
「そんな夢のようなことが……」
「そんな遠い未来じゃねえよ」
ロバートはなんてことのないような口調だ。
その様子を見ていて、疑問だった謎がひとつ解けた気がした。
「キャプテンはそのために、ジャスターク国を立て直したんですね」
「まあな。俺が海賊をやっているのは、とある事情で資金集めの目的もあるが、囲いのない海が好きなんだ。世の中に海賊が必要なくなれば、冒険家として海を渡っていくつもりだ。肩書なんてなんでもいい、やることはそう変わらない」
同じだ。価値観も、アレクサンドラが夢見てきたこととも。
今しがたロバートが「世界中すべてを巡るつもりだ」と言ったとき、アレクサンドラは「無理だ」と思った。
航海をするには大人数が必要だ。船の性能だけではなく、海の治安が悪いからだ。金稼ぎならともかく、世界を旅するという目的のために人が集まるとは思えない。
だがロバートは目的のための手段を考えて、既に実行に移していた。私財を投じてまでジャスターク国を立て直したのは、海賊の集まる国を豊かにすることで、ゆくゆくは海賊という生業をなくそうとしていたのだ。なんと大それた計画なのだろう。
それに比べて、自分はなんだ。
女は軍人に向かない、航海できないと言われ、うじうじと悩んでいただけだった。
何日も同じ船で過ごしてきたロバートが眩しく見えた。何度か感じていた感覚だったが、なにかを超越した次元の違う人物のようにさえ見える。
ロバートの傍にいれば、常に新しい刺激を与えられる、感じられると思える。
新しい世界に出会える。
もっとこの人の話を聞いていたい。役に立ちたい。
――傍にいたい。
そんな思いが溢れてとまらなくなった。
「あなたの航海に、ずっとついていかせてください」
そんな言葉が出かかり、アレクサンドラはなんとか飲み込んだ。
ロバートは敵だ。
私は軍人で、海賊を討ちに来たんだ。「悪い奴ほど、そう見えない」とエドも言っていたじゃないか。第一、どこまでが本心かなんてわかったものじゃない――。
ロバートを食い入るように見つめながら、アレクサンドラは自分に言い聞かせた。しかし、呪文のように繰り返す言葉を頭が否定する。
自分で見たものを信じろと叫んでいる。
「どうしたんだ、そんなに瞳を潤ませて。オレに惚れたか」
揶揄するように笑うロバートに軽く肩を叩かれて、アレクサンドラは我に返った。感情が高ぶり涙腺が緩んでしまったようだ。慌てて手の甲で目元をぬぐう。
「こうして見ると女にも見えるな。顔だちといい、体のラインといい……」
肩に置かれたロバートの手が、スッと腕に沿って下りてくる。アレクサンドラはヒヤリとして慌てて距離をとった。
ロバートの視線が下りてきた。
「おまえは?」
聞き返されて、アレクサンドラは答えに窮する。まさか諜報活動のためとは言えない。
「手っ取り早く稼げると思って」
「……まあ、オレもそんなもんだ」
興味を失ったようにロバートは再び夜空に視線を戻してしまった。
しまった、とアレクサンドラは臍を噬んだ。縮まりつつあった距離が一気に遠くなった気がする。自分から心を開かないと、相手だって応えようがないだろう。
「それだけじゃありません。私はこの目で見た、自作の海図を完成させるのが夢なんです」
数人にしか言っていない夢を打ち明けてしまった。エドワードにさえ本気にしてもらえない夢。自分でも本気で完成できるとは信じ切れていない夢。
「へえ、面白いことを言うじゃないか」
ロバートが興味を持ったように顔ごとアレクサンドラに向けた。
「笑わないんですか?」
アレクサンドラは碧眼を見つめたまま何度か瞬きをした。
無理だ、不可能だ。それ以外の言葉を言われたのは初めてだった。
「まさか。オレは世界中すべてを巡るつもりだからな」
「世界中すべて。そんなことが……」
「できるさ。オレは何者にも束縛されない、自由な海賊だから」
ロバートは冗談を言っている顏ではなかった。アレクサンドラは興奮して上半身を起こした。
「たとえ女性でも、海図を完成できると思いますか?」
思わず質問してしまった。あからさますぎたか。しかし、どうしてもロバートに聞きたかった。こんなことで自分が女性だと気づくことはないだろう。
「空を飛べと言っているわけじゃねえんだ。信念さえあればどうにでもなるだろ」
ロバートはラムをひと口飲んで、遠くの水平線に視線を投げた。空と海が墨色で一体化しているが、一部の水面に月光が揺れている。
「なぜこんなに海賊がいると思う?」
アレクサンドラは考えたことがなかった。帝国には海軍はあっても海賊はいない。
「儲かるからですか」
「違う。これしか生業がないからだ。飢えないために始めた奴が殆どだよ。つまり、豊かになれば減っていく。すると海は安全になって、もっと少人数で航海できるようになる。当り前のように誰でも航海できる時代が来る」
「女性でも?」
「女、子供、老人、誰でもだ」
息が止まるかのようだった。
「そんな夢のようなことが……」
「そんな遠い未来じゃねえよ」
ロバートはなんてことのないような口調だ。
その様子を見ていて、疑問だった謎がひとつ解けた気がした。
「キャプテンはそのために、ジャスターク国を立て直したんですね」
「まあな。俺が海賊をやっているのは、とある事情で資金集めの目的もあるが、囲いのない海が好きなんだ。世の中に海賊が必要なくなれば、冒険家として海を渡っていくつもりだ。肩書なんてなんでもいい、やることはそう変わらない」
同じだ。価値観も、アレクサンドラが夢見てきたこととも。
今しがたロバートが「世界中すべてを巡るつもりだ」と言ったとき、アレクサンドラは「無理だ」と思った。
航海をするには大人数が必要だ。船の性能だけではなく、海の治安が悪いからだ。金稼ぎならともかく、世界を旅するという目的のために人が集まるとは思えない。
だがロバートは目的のための手段を考えて、既に実行に移していた。私財を投じてまでジャスターク国を立て直したのは、海賊の集まる国を豊かにすることで、ゆくゆくは海賊という生業をなくそうとしていたのだ。なんと大それた計画なのだろう。
それに比べて、自分はなんだ。
女は軍人に向かない、航海できないと言われ、うじうじと悩んでいただけだった。
何日も同じ船で過ごしてきたロバートが眩しく見えた。何度か感じていた感覚だったが、なにかを超越した次元の違う人物のようにさえ見える。
ロバートの傍にいれば、常に新しい刺激を与えられる、感じられると思える。
新しい世界に出会える。
もっとこの人の話を聞いていたい。役に立ちたい。
――傍にいたい。
そんな思いが溢れてとまらなくなった。
「あなたの航海に、ずっとついていかせてください」
そんな言葉が出かかり、アレクサンドラはなんとか飲み込んだ。
ロバートは敵だ。
私は軍人で、海賊を討ちに来たんだ。「悪い奴ほど、そう見えない」とエドも言っていたじゃないか。第一、どこまでが本心かなんてわかったものじゃない――。
ロバートを食い入るように見つめながら、アレクサンドラは自分に言い聞かせた。しかし、呪文のように繰り返す言葉を頭が否定する。
自分で見たものを信じろと叫んでいる。
「どうしたんだ、そんなに瞳を潤ませて。オレに惚れたか」
揶揄するように笑うロバートに軽く肩を叩かれて、アレクサンドラは我に返った。感情が高ぶり涙腺が緩んでしまったようだ。慌てて手の甲で目元をぬぐう。
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