海賊王と麗人海軍~海洋恋愛浪漫譚~

じゅん

文字の大きさ
24 / 48
三章 無血の海賊王

無血の海賊王 7

しおりを挟む
「キャプテンは、なぜ海賊になったんですか」
 ロバートの視線が下りてきた。
「おまえは?」
 聞き返されて、アレクサンドラは答えに窮する。まさか諜報活動のためとは言えない。
「手っ取り早く稼げると思って」
「……まあ、オレもそんなもんだ」
 興味を失ったようにロバートは再び夜空に視線を戻してしまった。
 しまった、とアレクサンドラは臍を噬んだ。縮まりつつあった距離が一気に遠くなった気がする。自分から心を開かないと、相手だって応えようがないだろう。
「それだけじゃありません。私はこの目で見た、自作の海図を完成させるのが夢なんです」
 数人にしか言っていない夢を打ち明けてしまった。エドワードにさえ本気にしてもらえない夢。自分でも本気で完成できるとは信じ切れていない夢。
「へえ、面白いことを言うじゃないか」
 ロバートが興味を持ったように顔ごとアレクサンドラに向けた。
「笑わないんですか?」
 アレクサンドラは碧眼を見つめたまま何度か瞬きをした。
 無理だ、不可能だ。それ以外の言葉を言われたのは初めてだった。
「まさか。オレは世界中すべてを巡るつもりだからな」
「世界中すべて。そんなことが……」
「できるさ。オレは何者にも束縛されない、自由な海賊だから」
 ロバートは冗談を言っている顏ではなかった。アレクサンドラは興奮して上半身を起こした。
「たとえ女性でも、海図を完成できると思いますか?」
 思わず質問してしまった。あからさますぎたか。しかし、どうしてもロバートに聞きたかった。こんなことで自分が女性だと気づくことはないだろう。
「空を飛べと言っているわけじゃねえんだ。信念さえあればどうにでもなるだろ」
 ロバートはラムをひと口飲んで、遠くの水平線に視線を投げた。空と海が墨色で一体化しているが、一部の水面に月光が揺れている。
「なぜこんなに海賊がいると思う?」
 アレクサンドラは考えたことがなかった。帝国には海軍はあっても海賊はいない。
「儲かるからですか」
「違う。これしか生業がないからだ。飢えないために始めた奴が殆どだよ。つまり、豊かになれば減っていく。すると海は安全になって、もっと少人数で航海できるようになる。当り前のように誰でも航海できる時代が来る」
「女性でも?」
「女、子供、老人、誰でもだ」
 息が止まるかのようだった。
「そんな夢のようなことが……」
「そんな遠い未来じゃねえよ」
 ロバートはなんてことのないような口調だ。
 その様子を見ていて、疑問だった謎がひとつ解けた気がした。
「キャプテンはそのために、ジャスターク国を立て直したんですね」
「まあな。俺が海賊をやっているのは、とある事情で資金集めの目的もあるが、囲いのない海が好きなんだ。世の中に海賊が必要なくなれば、冒険家として海を渡っていくつもりだ。肩書なんてなんでもいい、やることはそう変わらない」
 同じだ。価値観も、アレクサンドラが夢見てきたこととも。
今しがたロバートが「世界中すべてを巡るつもりだ」と言ったとき、アレクサンドラは「無理だ」と思った。
航海をするには大人数が必要だ。船の性能だけではなく、海の治安が悪いからだ。金稼ぎならともかく、世界を旅するという目的のために人が集まるとは思えない。
だがロバートは目的のための手段を考えて、既に実行に移していた。私財を投じてまでジャスターク国を立て直したのは、海賊の集まる国を豊かにすることで、ゆくゆくは海賊という生業をなくそうとしていたのだ。なんと大それた計画なのだろう。
それに比べて、自分はなんだ。
女は軍人に向かない、航海できないと言われ、うじうじと悩んでいただけだった。
何日も同じ船で過ごしてきたロバートが眩しく見えた。何度か感じていた感覚だったが、なにかを超越した次元の違う人物のようにさえ見える。
ロバートの傍にいれば、常に新しい刺激を与えられる、感じられると思える。
新しい世界に出会える。
もっとこの人の話を聞いていたい。役に立ちたい。
――傍にいたい。
そんな思いが溢れてとまらなくなった。
「あなたの航海に、ずっとついていかせてください」
 そんな言葉が出かかり、アレクサンドラはなんとか飲み込んだ。
 ロバートは敵だ。
 私は軍人で、海賊を討ちに来たんだ。「悪い奴ほど、そう見えない」とエドも言っていたじゃないか。第一、どこまでが本心かなんてわかったものじゃない――。
 ロバートを食い入るように見つめながら、アレクサンドラは自分に言い聞かせた。しかし、呪文のように繰り返す言葉を頭が否定する。
 自分で見たものを信じろと叫んでいる。
「どうしたんだ、そんなに瞳を潤ませて。オレに惚れたか」
 揶揄するように笑うロバートに軽く肩を叩かれて、アレクサンドラは我に返った。感情が高ぶり涙腺が緩んでしまったようだ。慌てて手の甲で目元をぬぐう。
「こうして見ると女にも見えるな。顔だちといい、体のラインといい……」
 肩に置かれたロバートの手が、スッと腕に沿って下りてくる。アレクサンドラはヒヤリとして慌てて距離をとった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

『処刑されるたびに12歳に戻る悪役令嬢、7回目の人生は「何もせず寝て過ごす」ことに決めたら、なぜか周囲が勝手に勘違いして聖女扱いされています

六角
恋愛
公爵令嬢リリアーナは、18歳の誕生日に必ず断罪・処刑されては12歳に戻るという地獄のループを6回も繰り返していた。 真面目に努力しても、剣を極めても、裏社会を支配しても、結局は殺される運命。 心折れた彼女は、7回目の人生でついに決意する。 「もう頑張らない。どうせ死ぬなら、今回はひたすら寝て過ごそう」と。 しかし、安眠を求めて「うるさい」と敵を黙らせれば『王者の覇気』と恐れられ、寝ぼけて放った魔法は『神の奇跡』と崇められ、枕への異常なこだわりは『深遠なる儀式』と誤解されてしまう。 気がつけば、ストーカー気味のヤンデレ王子、パン屋の元ヒロイン、狂犬の如きライバル令嬢、元部下の暗殺者、そして不眠症の魔王までもが彼女の信者となり、リリアーナは意図せずして国を、そして世界を救う「最強の聖女」へと祭り上げられていく。 「お願いだから、私を寝かせて!」 睡眠欲だけで運命(システム)さえもねじ伏せる、無気力悪役令嬢の痛快勘違いサクセス(?)ストーリー!

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

無能妃候補は辞退したい

水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。 しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。 帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。 誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。 果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか? 誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。

転生皇女セラフィナ

秋月真鳥
恋愛
公爵家のメイド・クラリッサは、幼い主君アルベルトを庇って十五歳で命を落とした。 目覚めたとき、彼女は皇女セラフィナとして生まれ変わっていた——死の、わずか翌日に。 赤ん坊の身体に十五歳の記憶を持ったまま、セラフィナは新しい人生を歩み始める。 皇帝に溺愛され、優しい母に抱かれ、兄に慈しまれる日々。 前世で冷遇されていた彼女にとって、家族の愛は眩しすぎるほどだった。 しかし、セラフィナの心は前世の主・アルベルトへの想いに揺れ続ける。 一歳のお披露目で再会した彼は、痩せ細り、クラリッサの死を今も引きずっていた。 「わたしは生涯結婚もしなければ子どもを持つこともない。わたしにはそんな幸福は許されない」 そう語るアルベルトの姿に、セラフィナは決意する。 言葉も満足に話せない。自由に動くこともできない。前世の記憶を明かすこともできない。 それでも、彼を救いたい。彼に幸せになってほしい。 転生した皇女が、小さな身体で挑む、長い長い物語が始まる。 ※ノベルアップ+、小説家になろうでも掲載しています。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

【完結】World cuisine おいしい世界~ほのぼの系ではありません。恋愛×調合×料理

SAI
ファンタジー
魔法が当たり前に存在する世界で17歳の美少女ライファは最低ランクの魔力しか持っていない。夢で見たレシピを再現するため、魔女の家で暮らしながら料理を作る日々を過ごしていた。  低い魔力でありながら神からの贈り物とされるスキルを持つが故、国を揺るがす大きな渦に巻き込まれてゆく。 恋愛×料理×調合

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

処理中です...