海賊王と麗人海軍~海洋恋愛浪漫譚~

じゅん

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六章 ロバートの過去

ロバートの過去 6

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「俺は四年前に死んで、生まれ変わった。アレックスの言葉に背中を押されたからだ」
「どういうこと?」
 ロバートは立ち上がった。
「オレは兄の“予備”だった。本来、この国の王族の双子は不吉だとされている。弟の方は継承権を剥奪して、生まれてすぐに養子に出さなければならない」
 だから当時のウィリアム王太子に兄弟はいないことになっていたのか。いくら調べても「フランシス」の名が出ないはずだ。
「男系の王で継承していたが、深刻な後継者不足だった。オレたち双子を除くと、世継ぎを残せる継承者はいなかった。そこで、王太子が夭することがあっても“替え”がきくよう、生まれたのはウィリアム一人だと公表し、オレはウィリアムの予備として、極秘に育てられた」
 生まれながらにして幽霊のような存在だったのだ。
「この部屋から出ることなくオレは育った。事情を知らない使用人たちは、要人の隠し子だろうと噂していた。オレは常に仮面をして顔を隠していた。兄は頻繁に仮面舞踏会を開いた。舞踏会の日はオレがこの部屋から出られるからだ」
 衣裳部屋の何百という仮装服。それはこの部屋から出る切符のようなものだった。
「そうだったの」
 ロバートの幼少期を思うと胸が痛んだ。一番愛情が必要な時期だろうに、いつも一人だったのだろう。
「兄が妻を迎えることが決まって、オレは決断を迫られていた。兄に男子が生まれたらオレは用なしだ。どこか遠くの国に行くのなら、王宮を出ても構わないと言われた。だがもう十七年もここで過ごしていた。だからそのままひっそりと、この部屋で一生を終ろうかと考えていた」
 ロバートが振り返った。
「その頃だ、おまえに会ったのは」
 思い出した。
この部屋に留まる黄色いカナリアを見て、アレクサンドラは言ったのだ。

――外は不安で先が見えないかもしれないけど、新しい発見や驚きや出会いがあるに違いない。私は自由でありたい。

「オレのことを言われた気がした。なにができるかを考えた。そして、王族に生まれたからには国の役に立ちたいと思った」
 アレクサンドラも同じようなことを考えた。だから軍人になったのだ。
「その頃、諜報組織をまとめていた者が高齢で亡くなった。だからオレが引き継ぐことにしたんだ。各国の情報を集めることはドンパチやるのと同等、いやそれ以上の力があると感じた。このオルレニア王国という資源豊かな国を欲しがり、水面下で動いている国はたくさんあった。こちらから動くのは戦争の口実を与えかねないし、手をこまねいていればやられるだけだ。そこで」
 ロバートは深紅のジュストコールを翻した。
「海賊としてこのオルレニアに危害を加えようとしている国の船を襲って、敵国の国力を削ろうと考えた。武器や財産を奪えば、他国を攻める余力がなくなるからな。我が国にとっては危機が去って財政が潤う。一石二鳥だ」
 だから軍艦、特に武器輸送の船を襲うことが多かったのだ。
 話が現在に繋がってきた。諜報員や廷臣の中から海賊団についてきたのが、ネイサンたち初期メンバーなのだろう。
「襲うばかりじゃない。諜報のおかげで、兄の暗殺計画を四回も阻止している。オレは海賊として生きるためにフランシスの名を捨て、ロバートと名乗ることにした。フランシスは死んだんだ」
 アレクサンドラはロバートばかりが損をしているようで納得がいかなかった。
「国を去らずに、顔を隠すなりして軍隊を指揮する方法だってあったはずだ。国のために働いているのに、海賊という犯罪者になるなんて、理不尽だと思わないの? どこかの国に掴まれば死刑は免れない」
「さっき言っただろ。どの国にも属さない組織として、侵略行為を阻止すると。海賊が犯罪行為なのはわかっている。だが、このやり方でしかできないこともある。正義はひとつではないだろ。オレは、オレの信じる正義を貫く」
 ロバートが私財を投げうってジャスターク国の治安を回復したこと。そこを拠点として、集まる海賊たちに秩序を与えたこと。そして他国を侵略する国の船を襲うこと。
 全てはロバートの一貫した信念によるものだった。
「あえて綺麗ごとを言うなら、オレたちが目指すのは国単位の保安じゃない」
 世界を股に掛け、海を守る海賊。
 それは確かに、自国の利益のためにしか動かない海軍とは違う。
 あまりに壮大で自由な発想に、アレクサンドラは息が止まりそうになった。
「おもしろいと思わないか、アレックス」
 アレクサンドラはダークグリーンの瞳を見開いてロバートを見つめた。
 景色が輝いて見えた。
 目の前の色相が変わり、異世界に踏み込んだような気持ちになった。
何度目だろうか。
ロバートといると、まるで生まれ変わるような、一皮むけて成長するような、そんな瞬間を何度も経験する。
「アレックス、祖国に帰るのか。まだ迷いがあるのか」
 ロバートの瞳に乞うような色がかすかに混じった。傍にいろと、その目が言っている。
 アレクサンドラはきっぱりと首を横に振った。
「あなたと生きたい」
 知らない世界をもっと見たい。ロバートとならどこまでも行ける気がする。
「でも、私が海賊団に残ることで祖国や家族に迷惑をかけられない」
 それが気がかりで迷っていたのだ。
「ならば、どうする?」
 問うロバートを、アレクサンドラは決意を秘めた瞳で見返した。
「私に考えがある」
 アレクサンドラは、生まれ育った祖国、そして支え続けてくれたエドワードと決別しなければならない。
 唇を強くかみしめて、手を強く握った。
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