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一章 猫又とおばあちゃん
一章 5
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翌日。
クロの住居がある最寄り駅で、毬瑠子とマルセルは待ち合わせをした。
「おはようございます、毬瑠子。青いワンピースがよく似合っています」
毬瑠子が改札を出ると、既に来ていたマルセルが愛しい恋人を迎えるように微笑んだ。マルセルはことあるごとに毬瑠子を褒める。照れくさいが、悪い気はしない。
そう言うマルセルこそ、貴族のようなスリーピースを身に着けて、周囲から注目を浴びていた。金髪碧眼のハンサムがいれば当然だろう。マルセルのいるところだけスポットライトが当たっているな華やかさがある。
「マルセルさんは、全然、吸血鬼に見えませんね」
とばっちりで視線が刺さるので、少々身体を強張らせながら毬瑠子は話しかけた。
「元々人型ですからね。それに、今は人に化けているんです。目が赤くないでしょ」
確かにマルセルは青い瞳をしている。毬瑠子はまだそれができないので、目にはカラーコンタクトを入れていた。牙も生えているのでできるだけ口を開けないようにして、手にはマルセルからもらったレースの手袋をしている。
「クロの家はこちらです」
マルセルはスマートフォンのアプリに従って歩いていた。
「スマホを使う吸血鬼」
毬瑠子は不思議な気分でマルセルの隣りに並んだ。
二人はずいぶんと足のコンパスに違いがあるが、毬瑠子はいつもと変わらない歩調だった。マルセルが自分に合わせてくれていることに気づく。さりげなく車道側にマルセルがいて、どこまでも紳士だと感心する。
「ここです」
郊外にある一軒家だ。周辺は大きな戸建てが多く、指定の家も築年数は古いものの立派な家だった。一人暮らしをするには大きすぎるので、かつては複数の家族と共に住んでいたのだろう。
呼び鈴を鳴らすと、人型のクロがドアを開けた。ふっくらとした小さな手でマルセルのジャケットを引っ張る。
「来てくれてありがとにゃ。こっちにゃ」
挨拶もそこそこに、クロに八畳ほどの和室に案内をされた。部屋は障子からの淡い光で照らされている。
年季の入った家具が並ぶなか、大きなベッドだけが真新しく異質だった。電動で動く介護ベッドだ。その中央の布団がわずかに膨らんでいる。
小さく縮んだ、細くやつれた老婦人が横になっている。
もう布団を盛り上げるだけの身体のふくらみがない。薄くなった白髪はペットリと頭皮にはりついて潰れていた。
ベッドの周辺には点滴スタンドなどの医療用具が置いてあり、老婦人の鼻から伸びたチューブは酸素ボンベまで繋がっていた。
「おばあちゃん、吸血鬼が来てくれたにゃ」
クロが手を握ると老婦人は目を開けた。眼窩は落ちくぼんで頭蓋骨の形がわかるほど肉が削げ落ちている。しかし、その瞳には生気があり澄んでいた。
「わざわざすみません、こんな格好でごめんなさいね」
寝間着姿の老婦人がリモコンを操作すると、介護ベッドが動いて上半身が起き上がった。
「そのままで結構です」
「寝てばかりいたら床ずれになってしまいますからね。クロちゃんがこまめに姿勢を変えてくれるから助かっているんですよ」
心配するマルセルに顔を向けて、老婦人は目を丸くした。
「まあ、長生きはするものね。眼福だわ」
老婦人は笑って毬瑠子とマルセルに椅子をすすめた。
クロも椅子に座ってから上半身をベッドにかぶせ、婦人の膝辺りに頭をのせると、彼女はそのさらりとした黒髪をなでた。クロは気持ちよさそうに目を閉じてゆっくりと二本のしっぽを揺らす。
これが二人の日常なのだろう。
「おばあちゃん、早く血を吸ってもらうにゃ」
クロがそう言うと、老婦人は苦笑した。
「それはいいの。私はこのまま天命をまっとうするつもりです。クロちゃんにもそう言ったのだけど」
「なんでにゃ。そんなのおかしいにゃ」
クロは涙をためて、老婦人の膝にすがりついた。
クロの住居がある最寄り駅で、毬瑠子とマルセルは待ち合わせをした。
「おはようございます、毬瑠子。青いワンピースがよく似合っています」
毬瑠子が改札を出ると、既に来ていたマルセルが愛しい恋人を迎えるように微笑んだ。マルセルはことあるごとに毬瑠子を褒める。照れくさいが、悪い気はしない。
そう言うマルセルこそ、貴族のようなスリーピースを身に着けて、周囲から注目を浴びていた。金髪碧眼のハンサムがいれば当然だろう。マルセルのいるところだけスポットライトが当たっているな華やかさがある。
「マルセルさんは、全然、吸血鬼に見えませんね」
とばっちりで視線が刺さるので、少々身体を強張らせながら毬瑠子は話しかけた。
「元々人型ですからね。それに、今は人に化けているんです。目が赤くないでしょ」
確かにマルセルは青い瞳をしている。毬瑠子はまだそれができないので、目にはカラーコンタクトを入れていた。牙も生えているのでできるだけ口を開けないようにして、手にはマルセルからもらったレースの手袋をしている。
「クロの家はこちらです」
マルセルはスマートフォンのアプリに従って歩いていた。
「スマホを使う吸血鬼」
毬瑠子は不思議な気分でマルセルの隣りに並んだ。
二人はずいぶんと足のコンパスに違いがあるが、毬瑠子はいつもと変わらない歩調だった。マルセルが自分に合わせてくれていることに気づく。さりげなく車道側にマルセルがいて、どこまでも紳士だと感心する。
「ここです」
郊外にある一軒家だ。周辺は大きな戸建てが多く、指定の家も築年数は古いものの立派な家だった。一人暮らしをするには大きすぎるので、かつては複数の家族と共に住んでいたのだろう。
呼び鈴を鳴らすと、人型のクロがドアを開けた。ふっくらとした小さな手でマルセルのジャケットを引っ張る。
「来てくれてありがとにゃ。こっちにゃ」
挨拶もそこそこに、クロに八畳ほどの和室に案内をされた。部屋は障子からの淡い光で照らされている。
年季の入った家具が並ぶなか、大きなベッドだけが真新しく異質だった。電動で動く介護ベッドだ。その中央の布団がわずかに膨らんでいる。
小さく縮んだ、細くやつれた老婦人が横になっている。
もう布団を盛り上げるだけの身体のふくらみがない。薄くなった白髪はペットリと頭皮にはりついて潰れていた。
ベッドの周辺には点滴スタンドなどの医療用具が置いてあり、老婦人の鼻から伸びたチューブは酸素ボンベまで繋がっていた。
「おばあちゃん、吸血鬼が来てくれたにゃ」
クロが手を握ると老婦人は目を開けた。眼窩は落ちくぼんで頭蓋骨の形がわかるほど肉が削げ落ちている。しかし、その瞳には生気があり澄んでいた。
「わざわざすみません、こんな格好でごめんなさいね」
寝間着姿の老婦人がリモコンを操作すると、介護ベッドが動いて上半身が起き上がった。
「そのままで結構です」
「寝てばかりいたら床ずれになってしまいますからね。クロちゃんがこまめに姿勢を変えてくれるから助かっているんですよ」
心配するマルセルに顔を向けて、老婦人は目を丸くした。
「まあ、長生きはするものね。眼福だわ」
老婦人は笑って毬瑠子とマルセルに椅子をすすめた。
クロも椅子に座ってから上半身をベッドにかぶせ、婦人の膝辺りに頭をのせると、彼女はそのさらりとした黒髪をなでた。クロは気持ちよさそうに目を閉じてゆっくりと二本のしっぽを揺らす。
これが二人の日常なのだろう。
「おばあちゃん、早く血を吸ってもらうにゃ」
クロがそう言うと、老婦人は苦笑した。
「それはいいの。私はこのまま天命をまっとうするつもりです。クロちゃんにもそう言ったのだけど」
「なんでにゃ。そんなのおかしいにゃ」
クロは涙をためて、老婦人の膝にすがりついた。
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