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一章 猫又とおばあちゃん
一章 6
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「私はこのまま天命をまっとうするつもりです。クロちゃんにもそう言ったのだけど」
「なんでにゃ。そんなのおかしいにゃ」
クロは涙をためて、老婦人の膝にすがりついた。
「おばあちゃんはボクといたくないにゃ?」
「私もクロちゃんと一緒にいたいわ。でも私は長く生きすぎたの。もう夫を二十年以上待たせているし、子供たちも先に逝ってしまった。あとは思い出の詰まったこの家で最期を待つだけのはずだった」
老婦人はふっくらとしたクロの頬を両手で包んだ。
「だけど、あなたが来てくれた。毎日が楽しくて、もっと生きたいと思ったわ」
「そうにゃ、ずっとボクと暮らすにゃ」
老婦人は横に首を振った。
「あなたと過ごした時間は私のかけがえのない宝よ。ありがとう、クロちゃん」
「イヤにゃ。おばあちゃんはもっと生きなきゃダメにゃ!」
クロは老婦人に抱きついて泣いた。
「クロ、女性を困らせてはいけませんよ」
黙って聞いていたマルセルが口を開いた。
「ご婦人に長寿を与えるのは誰のためですか」
クロは涙に濡れた顔をあげた。
「おばあちゃんのためにゃ」
「一人になりたくないという、あなたの我儘ではないですか?」
「違うにゃっ」
そう言って老婦人の胸に顔を埋めたクロは、しばらくして「わからないにゃ」と言い直した。
「ボクはただ、おばあちゃんとずっと一緒にいたいだけにゃ」
「クロちゃん」
老婦人は慈しむようにクロを見つめ、優しく小さな頭をなでた。そしてマルセルを見上げた。
「私は幸せな人生でした。こうしてクロちゃんに出会えて、これ以上望んでは罰が当たります。だからこそ、一つ心残りができました」
「クロですね」
マルセルの言葉に老婦人はうなずいた。
「もう、この子に淋しい思いをさせたくないのです。私があなたに会ってお願いしたかったのは、クロちゃんのこと」
猫又は人には見えない。クロを老婦人の知人に譲るというわけにはいかないのだ。黒猫として忌み嫌われた過去を持ち、長く孤独だったクロを老婦人は心配していた。
「わかりました。クロのことは任せてください」
マルセルは立ち上がった。
「クロ、わたしと来ますか?」
クロは首を横に振る。
「おばあちゃんといるにゃ」
クロは再び老婦人の胸に顔を埋めた。
「では、なにかありましたらあのバーに来てください。待っていますよ。毬瑠子、行きましょう」
クロの涙につられて泣いていた毬瑠子も、マルセルに促されて立ち上がった。
「クロは本当におばあちゃんが大好きなんだね。もっと一緒にいさせてあげたい気もするけど」
歩きながら毬瑠子が言った。
「長く生きるだけが幸せではありません。人生には潮時というものがあります」
「マルセルさんにとって、百年くらいあっという間なんでしょうね」
「そうでもありませんよ。一瞬一瞬が大切なのは人と同じです。取り返しのつかない過ちにさいなまれることも多々あります」
マルセルはどこか遠くを見つめている。懐古しているようだ。
「人生の潮時か」
私もおばあちゃんのように「幸せな人生だった」と最期に言えるように生きたいと毬瑠子は思った。
そのためにはマルセルの言うように、一瞬一瞬で後悔しない選択をしなければならない。人生は、いつ終わりが来るかわからないのだから。
「なんでにゃ。そんなのおかしいにゃ」
クロは涙をためて、老婦人の膝にすがりついた。
「おばあちゃんはボクといたくないにゃ?」
「私もクロちゃんと一緒にいたいわ。でも私は長く生きすぎたの。もう夫を二十年以上待たせているし、子供たちも先に逝ってしまった。あとは思い出の詰まったこの家で最期を待つだけのはずだった」
老婦人はふっくらとしたクロの頬を両手で包んだ。
「だけど、あなたが来てくれた。毎日が楽しくて、もっと生きたいと思ったわ」
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老婦人は横に首を振った。
「あなたと過ごした時間は私のかけがえのない宝よ。ありがとう、クロちゃん」
「イヤにゃ。おばあちゃんはもっと生きなきゃダメにゃ!」
クロは老婦人に抱きついて泣いた。
「クロ、女性を困らせてはいけませんよ」
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「ご婦人に長寿を与えるのは誰のためですか」
クロは涙に濡れた顔をあげた。
「おばあちゃんのためにゃ」
「一人になりたくないという、あなたの我儘ではないですか?」
「違うにゃっ」
そう言って老婦人の胸に顔を埋めたクロは、しばらくして「わからないにゃ」と言い直した。
「ボクはただ、おばあちゃんとずっと一緒にいたいだけにゃ」
「クロちゃん」
老婦人は慈しむようにクロを見つめ、優しく小さな頭をなでた。そしてマルセルを見上げた。
「私は幸せな人生でした。こうしてクロちゃんに出会えて、これ以上望んでは罰が当たります。だからこそ、一つ心残りができました」
「クロですね」
マルセルの言葉に老婦人はうなずいた。
「もう、この子に淋しい思いをさせたくないのです。私があなたに会ってお願いしたかったのは、クロちゃんのこと」
猫又は人には見えない。クロを老婦人の知人に譲るというわけにはいかないのだ。黒猫として忌み嫌われた過去を持ち、長く孤独だったクロを老婦人は心配していた。
「わかりました。クロのことは任せてください」
マルセルは立ち上がった。
「クロ、わたしと来ますか?」
クロは首を横に振る。
「おばあちゃんといるにゃ」
クロは再び老婦人の胸に顔を埋めた。
「では、なにかありましたらあのバーに来てください。待っていますよ。毬瑠子、行きましょう」
クロの涙につられて泣いていた毬瑠子も、マルセルに促されて立ち上がった。
「クロは本当におばあちゃんが大好きなんだね。もっと一緒にいさせてあげたい気もするけど」
歩きながら毬瑠子が言った。
「長く生きるだけが幸せではありません。人生には潮時というものがあります」
「マルセルさんにとって、百年くらいあっという間なんでしょうね」
「そうでもありませんよ。一瞬一瞬が大切なのは人と同じです。取り返しのつかない過ちにさいなまれることも多々あります」
マルセルはどこか遠くを見つめている。懐古しているようだ。
「人生の潮時か」
私もおばあちゃんのように「幸せな人生だった」と最期に言えるように生きたいと毬瑠子は思った。
そのためにはマルセルの言うように、一瞬一瞬で後悔しない選択をしなければならない。人生は、いつ終わりが来るかわからないのだから。
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