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じゅん

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二章 引きこもりの鬼

二章 8

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「本当か?」
 青みがかった瞳が懇願するような色を帯びる。マルセルはうなずいた。
「少し苦しい思いをするかもしれませんが、きっと満足のいく結果になるはずです。覚悟ができたら、今夜ここに来てください。お待ちしています」
 マルセルはショップカードを青藍に渡した。
「わたしが経営する、あやかしの集うバーです」
 青藍はカードに視線を落とした。
「……考えてみる。行かないかもしれない」
 青藍はまだ迷っているようだ。
「マルセルさん。今ここでできることはないんですか?」
 毬瑠子が尋ねた。青藍は店には来ず、このまま山に留まってしまうかもしれない。その可能性のほうが高い気がした。
「少し準備が必要なんです」
 毬瑠子は唇をかんだ。もう充分、鬼は代償を払ったのではないか。そもそも土砂は青藍が起こしたことではないのだ。
「青藍さん」
 毬瑠子は身を乗り出した。
「さっき、私にならなにをされてもいいと言いましたよね」
「ああ、言った」
「だったら、必ずお店に来てください。いいですね?」
 青藍は瞠目して、まばたきを繰り返す。
「いいですよね!」
「……わかった」
 気圧されたように青藍はうなずいた。毬瑠子はホッとする。
「よかった」
 毬瑠子はふわりと微笑む。青藍はその顔を凝視した。
「忍……」
 毬瑠子の姿が、数百年前の忍と重なっているようだ。
「私は忍って名前じゃない。毬瑠子っていうの。よろしくね」
「毬瑠子、か。わかった」
 青藍は噛みしめるように繰り返した。
「店には行くから、一人にしてくれないか」
「毬瑠子、行きましょう」
 マルセルは立ち上がって毬瑠子を促す。毬瑠子は後ろ髪を引かれる思いで立ち上がった。
「青藍さん、あとでね。必ず来てくださいね」
 青藍は小さくうなずいた。
「本当に事情のある鬼が住んでいたんですね。ここにきてよかった」
「そうですね」
 マルセルは手帳を取り出して、なにか書き留めている。
「毬瑠子、料理は得意ですか?」
「得意とは言えないけど、普通だと思います」
「では、今夜は店でこれを作ってください」
 毬瑠子はメモに目を落とす。作ったことはないが問題ないだろう。
「これを作ったら、青藍さんがどうにかなるんですか?」
「わたしの予想が正しければ」
 毬瑠子は不思議そうにメモを眺め、なくさないようにナップザックにしまった。

 その夜、BAR SANGに着流しの青年がやってきた。鬼の青藍だ。物珍しそうにバーの内装を眺めている。
 青藍が現れて毬瑠子はホッとした。入店時刻は夜七時、オープン時間ピッタリだ。青藍は期待して店にやってきたに違いない。
「いらっしゃい。ここに座ってください」
 マルセルがカウンター席の中央をさし示した。カウンターにはもう一人、人型となった猫又のクロがちょこんと座っていて、足としっぽをプラプラとさせている。
「こんばんはにゃ」
 クロに笑顔で話しかけられて、青藍は戸惑いがちに会釈をした。
「甘い匂いがする」
「小豆を炊いたの」
 青藍のつぶやきに毬瑠子が答えた。
 山でマルセルに渡されたメモには、小豆粥とその材料が書いてあった。
 小豆は饅頭やどら焼きなどの和菓子でなじみがあったが、自分で小豆を炊いたのは初めてだ。砂糖を入れなくても、小豆からは甘い匂いがするのは発見だった。
 小豆粥は炊飯器で簡単に作れるが、できるだけ伝統的な作り方をするよう毬瑠子は努めた。
 これで青藍が救われるかもしれないのだから。
「なんだか、気分が悪くなってきた」
 青藍は眉を寄せて胸を押さえた。
「少し我慢してください。小豆の匂いが効いている証拠でしょう」
「効いている?」
 マルセルはうなずいた。
「穀物には魔よけの力があると、あなた自身が言っていましたね」
 小豆粥は祭りなどのハレの日にふるまわれる料理の一つだ。
 日本では邪気払いのために小豆粥を食べる風習があり、江戸時代の随筆『宮川舎漫筆』には「毎月三日に小豆粥を炊けば疫病神が入り込まない」と書かれている。中国でも疫鬼を祓うといわれている。
「どうぞ」
 毬瑠子は青藍とクロの前に、ご飯が赤色に染まった小豆粥をゴマ塩と漬物と共に置いた。箸で挟みやすいように水分は少なめだ。お椀によそわれた粥から湯気が立っている。
「これを、食べるのか」
 青藍は困惑している。
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